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年が明けて間もない日の深夜、「、、、ちょっと小腹が空いたかなぁ?」な私は、キッチンで何か食べる物がないか探していたのであるよ。寝る前に、ほんの少しだけ食べておきたい。妙にやるせない空腹感、皆さんにもご経験があると思う。
すると、だ。 即座に出て来た、頼もしいヤツ。あんドーナツ!、、、でも、自分で買ったのかどうか、記憶に無い。コンビニには行ったけど、その時に一緒に買ったっけ?
でも、いいや。食べるだけだし(笑)。 いそいそと包装を開けると、美味しそうなキツネ色の本体が姿を現した。、、、こういう感じ、嬉しいねえ。ちょっと幸せな気分になる。一日マジメに仕事した自分に、小さなご褒美が与えられたような。
気がつくと、いつの間にか熱いお茶まで入れていた!あんドーナツを食べるには、万全な体制と言える。無意識のまま、美味しく食べる準備を整えてしまった私。こういう時に限ってマメになる自分が、少々テレ臭い気もするぞ。
そして、ちょっと居住まいを正した上で、一口かじってみた。 あぁ、甘さがやさしい。 そして、美味い。先ほどまでの空腹が嘘のように、柔らかく満たされてゆく。自分の口がかじった跡ですら、ナニゲに柔和な微笑みをたたえているように見える(見えるか?)。
やはり、お茶が合う。 一日の終わりに、「おつかれさん!」と軽く肩を叩かれるような味わいじゃないか。明日も短気を起こさずに、地道にコツコツ働こう。静かに決意しつつ、私は食べ終えたのであったよ。 |
和菓子
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見れば、神戸の本高砂屋の「金銅鑼(きんどら?)」という名の一品。拙宅の前の山には、金毘羅(こんぴら)さんが鎮座まします。そこはかとない親しみを覚えた私は、一つ食べてみる事にしたのであったよ。
袋から出して驚いたことに、このどら焼きは限りなく真円に近い丸さだった。「これほど丸いどら焼きは、今まで見た事が無い!普通なら、少しイビツな所があるもんだが」軽いめまいを感じつつ、おもむろにどら焼きにかぶりついたのであったよ。
シットリしておりながらさくさくした食感の生地。そこにほんのりとした甘み。粒あんはあっさりと軽め。全体に甘さが軽く、サッパリとした上品な味。
けれど、味わいに独特の潤いがある。
大きさが絶妙で、大き過ぎず小さ過ぎず、ちょうど良い。
「夕食後に食べるどら焼きがこんなに旨いなんて、、、。ちょっとオトナゲないんじゃないか?」微かな不安がよぎったものの、旨いものは旨い。
しかも、である。
ちょっと濃いめに入れた、熱い日本茶とよく合う。
私は声を大にして言いたい。
和菓子は、お茶と一緒に出て来てこその和菓子である、と!
お茶とのマリアージュなしに、何が「和の心」なのか!?と!!
、、、え〜、総選挙が近いせいか、何となくテンションが上がってしまいましたけど、このどら焼きは美味しかったです、ホンマに。こういうの食べるの、久しぶりだったせいもあるんだろうか?
年を経るにつけ感じるようになったんだけど、例えば自分の場合、ショートケーキの類はもう、この先食べなくてもOK!っていう気がするんだ。
全く困らないし、「はぁ、さようですか」なんて、うす〜いレスポンスしか返さないと思う。生クリームやカスタードなんか、殆ど興味ないし。
けれど、和菓子を禁止されてしまうと、「それは困ります!」と断固立ち上がるであろうよ。のみならず、同好の士と共同戦線を張り、国会前をデモして通るかも知れない。
数寄屋橋交差点をご通行中の皆さんに、「我々日本人は、はたしてこれで良いのだろうか!?」とバス・バリトンの美声で呼びかけるかも知れない。
初冬の夜半、そんな静かな決意を胸に秘めつつ、私は美味しいどら焼きを食べたのであったよ。、、、実はさぁ、関東と関西のどら焼きって、似て非なるモンのような気がするんだけど、その話は難しくなりそうだからまた今度。どっちせよ、美味しかったらいいんだけど。 |
何のかんの言いながら合唱の練習が終わって、ボロボロに疲れて帰宅した私。帰る途中で立ち寄ったコンビニの袋から牛乳やお茶を出していると、ポロリと草大福が転がり落ちた。 こんなもん、買ったっけ? いつの間にカゴに入れたんだろう? 、、、夢遊病だろうか?
訝しく感じながら草大福を眺めておったのだけど、ま、有るんだから、袋から出してみるか。そう思って、手にとってみた。
何の変哲もない草大福である。 思いの他ヨモギがふんだんに使われているようだ。 大き過ぎず小さ過ぎず、私の指によく馴染む。 、、、オーダーメイドの草大福だろうか?あり得んな、そんな事は。コンビニで自分用のオーダーメイドの草大福売ってたら、気持ち悪いし。
ジ〜ッと眺めていても仕方がない。 ちょっと食べてみよう。 一口齧ってみた。
、、、しみじみと美味かった。 合唱の練習で疲れた私の体に、やさしく染み通ってゆくような甘さだった。ありがとう、草大福。こんなおっさんの体を癒すため、自分からカゴに入ってくれたんだね?和菓子ならではの献身的な姿勢に、私は胸がアツくなった。
こういうケナゲな感じは、洋菓子には求め得ない。 プリンやショートケーキが、自らを犠牲にしてかくなる奉仕を行う事が有るだろうか?、、、ない。皆無だと思う。 和菓子ならではのいじらしさである。 草大福、可愛いヤツよ。 これからも、ヒイキにさせてもらうからね。 私は深夜のキッチンで、心から草大福に語りかけたのであるよ。沈澱する疲労が、椅子の脚を伝って抜け落ちてゆくように思えたのだよ。
ただ、自分は豆大福はキライなんである。 小豆のツブツブが透けて見えるのが、何となく水疱瘡のような皮膚病を連想させるから。ジッと見つめていると、冷たい汗が流れて来る。 豆大福には、草大福の朴訥さがない。一途に相手を思いやる、濃やかな心遣いがない。
やはり草大福である。 、、、今気づいたんだけど、この辺じゃ草大福っていう言い方はしないなぁ。草餅って呼びます。実体は同じモノだけどね。 |
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、、、自分が抹茶系のお菓子に取り憑かれてしまったようで怖い。 |
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GW明けのとある夕方、長女と一緒に近所のスーパーへと向かったのであるよ。夕飯のオカズが足りないような気がしたので、ちょこっとお惣菜etc.を買おうかと思って。 |




