あいするあいす

どこ行った〜なに食べた〜なにを観た〜な、へっぽこブログ

散文

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

やごじい

昨日

石川県に住む、
父の弟である「おじさん」が
同窓会のついでに私の実家に
遊びに来ました。
 
父とおじは一回り違います。
 
この歳になると
父とおじの思い出話が理解出来るようになります。
 
私の祖父母、父とおじの父母の話が中心です。
 
祖母の実家は愛知県、八事。
祖父の実家は滋賀県、大津市。
 
祖母は銀行員の曽祖父の一人娘で
跡取りでした。
祖父と結婚したために
「K家」の名は途絶えることになったそうです。
 
祖母の父親、は
八事に大きな屋敷を構えており
「やごじい」と呼ばれていました。
 
やごじいは
生涯、祖父をひそかに怨んだそうです。
跡取りの一人娘を
かっさらいやがって!!
ってとこだったのでしょうねえ。
 
戦時中、父は名古屋に住んでいました。
空襲で家が燃えてしまい、
藁をもつかむ気持ちで、
一人娘(祖母)のためなら
なんとかしてくれるだろうと
祖父はやごじいに頼ったところ
説教くらってけんもほろろだったそうです。
 
名古屋は焼け野原でも
八事は無事だったのですね?
 
父とおじは
あの時に八事に転がり込んでいたら
また違う人生になってただろうって
言ってました。
 
私も、もしかしたら愛知県人だったかもです。
 
けれど、
やごじいが株で全財産を食いつぶした暁、
祖父は茨城県に
やごじいを呼び寄せて面倒見たそうです。
 
・・・あてつけ??
 
やごじいはお茶とお花の教室を開きました。
戦後は田舎の農家は豊かだったらしく、
案外、習いにくる人がいたらしいです。。。
 
へええええええ!!!!
 
そしてそして。
祖父は私が生まれる前に
教壇で脳出血で亡くなりましたが、
祖母は祖父にぞっこんだったそうな。。。
祖父も祖母がいないとダメダメだったそうな。。。
 
へええええええ!!!!
 
オトナになって聴くから面白い。。。
 
 
イメージ 1
 
 
 
おじと
父と
母上と
私で、
私の同級生の
お店に
食事に行った先で
聴きました。
 
 
 
 
 
 
イメージ 2
 
父とおじ・・・。
 
やっぱり
似てるんだなあ〜。
 
おじのほうが
面白いけど。。。
 
イメージ 3イメージ 4
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
以前、確か
おじは
北陸の大きな農家に
婿養子に入りました。
 
おじの義母が認知症になり
介護してきた記録を
文章におこし出版しました(今は絶版かな?)。
 
自分のお小遣いを
地元のワイナリーに
気まぐれで寄付したら、
高額寄付者になったらしく
能登ワインの取締役をしていたり。。。
 
婿入り先は
柿を作ってころ柿を
加工しています。
その部会長をしたり。
 
なかなか侮れなくて
文章も上手だし
大好きなおじです。
 
 

実家で観梅

3月9日

レミオロメンの
3月9日、好きです。
 
実家の梅を愛でながら
お好み焼きパーティーと言うことで
行ってきました。
 
イメージ 1
 
水戸は
出生祝いに
梅の苗が配られます。
 
この梅は
妹が生まれたときに頂いた
苗が育った樹です。
 
イメージ 2
 
梅の樹に
鳥の巣がありました。
 
山鳩の巣らしいです。
 
なんだか
いろんな素材が使われていて
どうしたらこんな風に
編みあげられるのかな〜、
しげしげと眺めてしまいました。
 
ひとしきり
梅の花を愛でて
 
まずは
 
イメージ 3
 
 
 
 
 
 
 
梅の花茶。
 
カレー味の
ピクルスと(笑)
 
梅の香りが
上品でした。
 
 
 
 
イメージ 4
 
 
ウッドデッキで
砂遊び。
 
イメージ 5
 
 
お好み焼きを
どんどん
焼きました。
 
私が
焼く、係です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 6
 
ホットプレートの
向こうに見える
水筒は姪っ子のもの。
 
保育園に持っていくのに
買ったそうです。
 
それがね〜。
なぜか
プラレールの絵の水筒なの。
姪っ子本人が選んだんだって。
 
「新幹線、カッコいいね!」
って言ったら、
「買ったの!買ったの!」
ご満悦でした。
 
イメージ 7
 
〆は
もんじゃ。。。
 
ああ、
しばらく
炭水化物は
いらないかも。
 
イメージ 8
 
実家に行くのは
私の役目です。
 
私は
常に自分に罪悪感があります。
 
その罪滅ぼしの意味もあります。
でも、親に対しての罪滅ぼしは
ほんの僅かです。
 
それ以外に
私は一生抱えて行かなければならない
罪がいくつかあります。
 
姪っ子の姿を
観ながら
涙が出そうになりました。
 
向田邦子さんの
『思い出トランプ』という本に
「大根の月」という
作品があります。
 
「・・・
 小学校一年生の姿を見るのが辛かった。
特に男の子がいけない。真新しい学帽とランドセル・・・」
 
「よく晴れた昼下がりである。英子はゆっくりと街を歩いた。
戻ろうか、どうしようか。
一番大切なものも、一番おぞましいものもあるあの場所である。」
 
私は
こうして
自分の犯してきた
間違いを
反芻して
そして
逃げずに正面から
受け止め生きて行かなくては。。。
 

不思議な出来事

足利にあるお友だちのお店

パワーストーンのお店。
 
今日は
チャンスがあったので
お友だちに会うのを
目的に行ってみました。
 
女性、二人でやっているお店です。
 
なんとなく寄ったというのが
本音。
今日、パワーストーンを買うとか
買わないとか、
全く念頭になく。
 
そうして、
気になる石を
「これ好きだな〜。」
って言ったら、お友だちが
「生まれた年と月を教えて。」と。
 
すると
「あ!やっぱり!
この石の生まれ星よ。」
と。
 
えええ。
 
そこから
真剣に石を見ました。
 
で、並べてもらっていたら
オーナーさんが
「私の勧める石を見で欲しい。」
と、並べてくれました。
 
そして「いろいろ、環境が変わって
大変なことがあるだろうけど、負けないで。」
って言われた途端。
ぶわあと涙が出て来ました。
 
あ、これはホンモノだ。
と思って自分のものにすることにしました。
 
イメージ 1
 
ゴールデンの石と
タイガーアイ。
 
タイガーアイは
名前の通り生き物を飼うのと
一緒で、お互いが慣れるまで時間が
かかったりするそうです。
 
でもね、
私、作ってもらったブレスレットしたら
ものすごくドキドキした。
なんか、初対面の人と知り合ったみたいな。
 
手首が暖かくなったの。
 
私、このところずっと猫を飼いたいと
思っていたんだ〜。
って言ったら、
オーナーさんもお友だちも驚いていました。
 
他にも
いくつか不思議な話を聴きました。
 
出会うべきして出会う運命だったようです。
 
 

初めてのお別れ

その日は萎れていたシクラメンが

やっと水をもらえたのか
すくっと天を仰いでいました。
 
イメージ 1
 
昨日の16時に
彼女のリハビリをしに
彼女の居室を訪ねました。
 
「こんにちは、リハビリに来ました」
彼女はうとうととしていましたが、気が付いて
『ありがとう、よろしくね。』
と、応えてくれました。
 
彼女は、幼いころに足の障害を負いながらも
結婚をし、子どもを育て戦争を経験してきました。
私の勤める施設に入所した時は
状態が悪く、看取り入所で入ってきた方でした。
施設に入所して、すぐに、ぐんぐん元気になり
一ヶ月も経たずに看取りが解除されました。
 
私自身もリハビリで関わって行く中、
最初は覚醒もはっきりしていなった彼女が
元気になり、しっかりと受け答えされ動作もしっかりされてきて
いつかは退所出来るのではないかなと思っていました。
 
彼女は幼いころからの
足の障害のため、足が痛くてだるくなります。
マッサージ中心に関節を動かすのが
リハビリです。
 
ふと、彼女が言った言葉。
『ご飯が食べられないの・・・。』
 
元気になって今まで、
食べることが好きだった彼女にしては
珍しい発言だな、と思いました。
 
いつも通りにリハビリを終えて
部屋を後にしました。
 
イメージ 2
 
今日の午前中でした。
同僚から
「彼女が昨日の夕方から急変して
本当に危ないらしいよ」と
言われました。
 
え?だって、夕方、私、リハビリしたよ?
ちゃんといろんな話もしたよ?
 
混乱しました。
 
けれど、仕事優先。
とにかく仕事をして
午後に時間が出来たときに
彼女の部屋を訪れると、息子さん夫婦が付き添っていました。
昨夜から泊りがけだったようです。
朝まではいくらか意識もはっきりしていたらしい彼女は、
もうその時間には
下顎呼吸の走りのような状態だったのです。
 
息子さんにお礼を言われました。
そこで、
昨日の夕方の話をしました。
「ものが食べられないって、初めて聴きました」と
伝えました。
 
息子さんが
「今朝はもう少し意識があったんです。
声をかけるとね『もう十分だよ』
と言ったんです」
と。
 
我慢していた涙の堤防が決壊しました。
 
何もかもわかっていたんですね、彼女は。
 
涙が止まりませんでした。
 
彼女は
何度か体調を崩して入院の経験もありましたが
私たちの施設で元気になったのです。
看取りで入所したはずなのに
普通にご飯を食べて
普通に行事に参加して・・・。
 
考えられないくらいの回復を見せました。
 
この、いまわの際に
彼女は彼女の道を自分で選んだそうです。
 
『病院には行きたくない』
 
 
綺麗な顔でした。
 
 
昨日までリハビリで話していていたのに。
でも、ご飯が食べられないって
それは、自分のことを知っていて話してくれたんですね。
 
 
息を引き取る前もお会いできました。
きっと、また前みたいに
元気になるって思いました。
 
亡くなってすぐに、お会いしました。
もう、全然わからないです。
だって、昨日、リハビリしたじゃない?
 
そして湯灌のあと、お化粧した彼女に会った時には
もう、まったくもって何も声をかけられませんでした。
何か、話しかけたら泣き崩れてしまう。。。。
 
 
 
施設から帰る彼女の
黒い車の前で、それまで微笑みで過ごされていた息子さんが
嗚咽しながら
「母が、このように穏やかな最期を迎えられてありがとうございました」
詰まる声でやっと挨拶しました。
 
 
最後のサヨナラの時に
あのシクラメンは
小灯台で生き生きと天を仰いでました。

いろいろ書く暇がなくて

今日は
なんとなく
風が変わった気がします。
 
夏もそろそろ
お暇を考えているのでしょうか?
 
この夏、あったこと。。。
 
私は地元に戻って久しぶりの夏。
 
地元に居たときには
あまりやらなかったこと、
なかなかできなかったことを
して見ることにしました。
 
8月2日の金曜日。
水戸のお祭りの花火大会でした。
イメージ 1
近くまで行くと人ごみなので
穴場検索で
ちょっと離れた場所の
大型スーパーの屋上へ。
 
イメージ 2イメージ 4
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
写真では
金網越しで
小さいですが
肉眼なら全然綺麗に見えました。
 
この日は
とても寒い夜でした。
 
イメージ 5
 
 
その後
独り祭り気分で
ちょっと
飲みに。。。
 
近所の
気になっていた
お好み焼き屋さん。
独りだから
お好みは食べず。。。
 
 
 
 
8月3日の土曜日。
 
雑用を済ませて
言ったのは
『水戸黄門まつり』
のパレード。
 
イメージ 6
 
京さま。。。
 
後ろの方の
おばさまが
「きゃあ〜〜京さまあ〜
・・・・白すぎる・・・(ぼそっ)」
 
この日は随分暑くなって
梅雨明けから
肌寒かった天候が
やっと夏挽回!
 
イメージ 7
 
出店で
ビール、つい飲んでしまいました
 
 
8月4日 日曜日。
毎年、隣町で開かれている
「ROCK IN JAPAN」
イメージ 8
 
お目当ては
『グループ魂』
 
そしてそして
 
イメージ 9
 
ロッキンで
必ず行くのが出店の「みなと屋」。
 
地元の
食べモノと飲み物。
 
イメージ 10
 
 
そこで頼むのは
地ビールの
ネストビールと
常陸牛コロッケ。
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 11
 
 
 
 
今回は
下妻地ビールも
頂きました〜。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3
 
ただ飲んでるだけやん!!!
 
 

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
きい♪
きい♪
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事