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週刊『エコノミスト』 2010 6/1特大号 より抜粋
著者 高橋みちこ
『なぜだかわからないが、うちの妻はいつもイライラしている』と感じている中年男性は多い。
年齢的に『更年期だからだろう』で済ませてしまいがちだが、妻のイライラの背景には、男性の思考回路を超えた、思いもよらない真実が隠されている。
男女の違いのうち、夫婦関係に影響を及ぼすものの一つに、『要求の仕方』が挙げられる。
たとえば、夫のワイシャツのボタンがとれてしまった。
すると夫は、妻に『ワイシャツのボタンを付けておいてくれ』と頼むだろう。
男性は、自分の要求をストレートな形で妻に依頼する。
ところが、夕食の後片付けをしたくない妻の場合は、夫に『今日はあなたが片付けて』とは言わない。
『なんとなくだるくて、調子が良くないみたいなの』と言い、夫から『じゃあ今日は僕が片付けるから、お前はゆっくりしていなよ』という理想的な一言を引き出そうとするのである。
もし、夫が妻の『体調が良くない』との発言を真に受け、『病院に行ったらどうだ』と言おうものなら、妻は『は?!、そうじゃなくて、お皿洗ってって言っているの!』と心中で叫び、必要以上にガチャガチャと音をさせながら、自ら夕食の後片付けにとりかかる。
女性は、自分の要求を言葉にせずとも察して行動してくれることを男性に求めるのである。
他にも、妻が発する変化球タイプの依頼にはいろいろある。
休日、夕方近くの『今日はイロイロあって大変だった』は、『作るの面倒だから外食したいわ』
夕食後の『ここのところ腰が痛くて・・・』は、『布団敷いて』
連休近くの『子どもがおじいちゃんに会いたいっていっていたわ』は『たまには一人でのんびりしたいから。実家にでも行ってきてよ』、など。
妻が急にムスッとし出したときは、妻が投げた変化球を取り損ねてしまった可能性が高い。
ところがこれが、『うちの妻は常に不機嫌だ』『数年間そんな感じだがら、妻の不機嫌には慣れてしまった』という場合、事態はより深刻だろう。
妻が常に不機嫌だったり、冷やかな視線を送ってきたりするのは、夫に対して『あきらめ』の気持ちが含まれている事が多い。
妻側に『鈍感な夫だけれど、まだ望みはあるわ』という気持ちがあるうちは、夫の悪癖を直すためや、自分の求める事を気付かせる為にサインを発し続ける。
しかし、それが長年続き『もうダメだ、私が何をしてもこの人は変わらないし、私の望む事もわかってくれない』と気付くやいなや、妻は夫に何かを望むのを止めてしまう。
一度あきらめの境地に入ると、妻は夫を『男性』ではなく、『嫌だけどれど仕方なく一緒にいる人』、あるいは『私が面倒をみなくてはいけない、子どもと同じように手がかかる人』と、位置づけ、夫の言動に冷ややかな視線で眺めるようになるのである。
妻が夫に対し不満に思う項目は以下のとおりである。
①妻への接し方
②妊娠、出産、育児
③DV
である。
①の妻への接し方では、妻の愚痴に対する対応も重要だ。
確かに仕事から帰宅し、疲れた状態で妻の小言を聞くのは大変かもしれない。
が、この時、適当に聞き流してはいけないし、まして反論してもいけない、そして『要するに何が言いたいのか』と結論を求めるのなど、自殺行為以外の何物でもない。
この妻の話に対し、耳を傾け、妻の目を見て相槌を打ったり、時に真剣に考え込む素振りを見せたり、同調の意味を込めたコトバを発するだけで、妻は『この人は私の話をきちんと聞いてくれている』と思うのだ。
この時、注意しなくてはいけないのは、相手が求めない限り、アドバイス等の発言、つまりは意見を言ってはいけないのである。
相手はただ、話したいのであり、聞いてほいしいだけなのだと肝に銘じるのだ。
また、夫が、仕事に関わる話を妻に話す事も効果的だろう。
それにより妻は、自分は夫を取り巻く社会の一員であると自負し、満足感を得る事出来るのである。
(専業主婦の場合、特に夫を通じて社会の一員であると認識する場合が多い)
夫婦関係に詳しい専門家は『長年夫婦をしていると、当たり前の事が当たり前でなくなり、他人に出来る事が妻には出来なくなる。
その代表が”あいさつ”だ。
あはよう、おやすみ、あいがとう、ごめんなさい、という日常の一言が大事』と話す。
②の『妊娠、出産、育児』は、男性の気持ち次第だ。
妻は妊娠、出産、育児を通じ、母親になり、これまで夫に注がれていた注意や神経や愛情の多くは子どもに向けられる事が多い。
この時、男性側の多くは自分に対し、子どもが生まれる前と同じ扱いを要求するのだが。。。
良く言われる、『うちには子どもが二人いる』的な状態であり、妻にとっては夫が子どものような存在になる。
そして溜め込まれた不満は子育てが一段落した頃、安堵とともに放たれるのである。
③は特に解説するまでもないだろう。
なお、夫婦間で言ってはいけない事は、以下のフレーズである。
夫の『いいよね、お前は家にずっといて好き勝手やれて』
妻の『仕事、仕事って、本当にそんなに忙しの?、何でこんなに稼ぎが少ないの?』
である。
この相手への思いやりの欠片もない発言をした時、お互いのココロは離れ、夫婦関係にとって何らメリットも無い状態になる。
夫の『いいよね、お前は家にずっといて好き勝手やれて』を『家の仕事は休みがないから大変だろう。いつもありがとう』に言い換えた途端、妻の夫に対する態度は大きく変わるだろう。
『ねぎらい、思いやり』こそが、長年連れ添った夫婦の格好の潤滑油なのである。
『今は多くの夫婦が、明日食べるモノに困るわけでなく、逆に満ち足りているからお互いに感謝の気持ちを忘れてしまっている場合が多い』っと指摘する識者は多い。
例えば、二人で店を切り盛りしている夫婦や、農業を営んでいる夫婦などは、相手がいなければ生活が成り立たないので、お互いの大きさを常に意識して尊重している為、夫婦関係が上手くいっている場合が多いと言う。
もし、妻の機嫌が悪いと気付いているのであれば、関係を立て直すことはそれほど難しくないかもしれない。
夫婦の円熟期をより良いモノとする為に、ちょっとした気遣いが必要だ。
転載終わり
人間関係の基本は思いやりであり、感謝ですね。
社会の最小単位、家族ですら、その原則が崩れている状況は、日本の社会が不機嫌になっている証左であり、これをどう立ち直らせるかが、今後の日本の将来を決めるような気がします。
まずは、身近な回りの人に対してこそ思いやりを示し合いましょう。
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「察して行動してくれることを相手に求める」のは女性だけじゃなく日本人の特徴だとも思えます。
あえて言われなくても察して相手の機嫌を損ねないよう配慮する、しかしこれがとてつもなく難しい。
だけど察してご機嫌とらないとこちらが「悪」です。
超能力者同然の能力が日常生活に求められます。
だけど上司様の気まぐれ察してご機嫌取らないと生活できません。
今みたいに多様化してる中で「普通そうするでしょ?」とか言われてもチンプンカンプンです。
いやはや生きにくい時代に・・・
今日、赤信号だから立ち止まってたら、後ろから突然ぶつかってきた女性に「車来てないんだから普通進むんじゃない?」とか言われました。
あ、もちろん車じゃなくて歩行中ですけど。
2010/6/13(日) 午後 8:19
Yadaさんへ
>日本人の特徴
ホボ、雑誌の書き写しなのですが、私もYadaさんと同様な感想を持ちました。
まぁ、KYを責める国民性ですから、仕方ありません。(苦笑)
私も、どちらを題材に記事を書こうか迷ったのですが、転載記事通り思いやりを軸に書きました。
結局、相手の気持ちを察せなくても『思いやり』があれば、感じれれば此処まで互いにギスギスしないかと。
『普通そうするでしょう』って言葉に何処まで、思いやり、気遣いがあるのでしょう?
最近、当然というコトバが氾濫していますが、自己にとっての常識を察しろと互いに思いやりを感じないコトバを言い合っている気がします。
不毛ですなし、面倒です。
2010/6/13(日) 午後 8:52 [ K9 ]
「思いやり、誠意」それが義務であり権利である社会なんだろうと・・・
息苦しい。。。
「他人を傷つけてはいけない」ようはその一言なんでしょうけど、今みたいな多様性の時代にその基準はちょっと窮屈と感じます。
2010/6/13(日) 午後 11:37
要求は、言えばいいのですよね
これを女性が言わないのは、日本に過度な良妻神話があるからですよ。
三つ指立てて・・まではいかなくとも、主婦たるもの、家事が面倒なんてとんでもない!妻として、女として失格!!みたいな・・
意外に、男性はそこまで思ってないんですけどね(^^;
多くは、女親にそう刷り込まれてきてることが多いかも(^^;
だから、要求をストレートに言えず、相手からの答えを引き出すのでしょう。
「ど〜せ悪妻よ!」と、開き直れればいいんでしょうけどね。
私のように(^▽^)ケラケラ
2010/6/14(月) 午前 2:33
こんばんは、こちらでは初めまして〜です。
夫婦喧嘩は犬も食わないと言いますから、何ともねぇ…
女性を一括りに言われちゃうのもちょっと悔しいので…、
夫への遠慮が婉曲的な言い方になる、と解釈してあげたらどうでしょう?
付け焼刃的な思いやりは見透かされますよ。
逆に言葉にしなくても、心の籠もった思いは感じられるもの。
お互い相手を認め、感謝する心があれば関係は違ったものに…なんて机上の空論ですかね…(^^;
2010/6/14(月) 午前 3:26
日本人は「空気を読む」とか「雰囲気を察する」とかを要求しますからね^^;
夫婦など余計、「言わなくても判って欲しい」願望が出るのかなぁって思います
そうえいば自分も両親に対してストレートに要求したことは無いかも^^
2010/6/14(月) 午後 2:38 [ - ]
Yadaさんへ
>「思いやり、誠意」それが義務であり権利である社会なんだろうと・・・、息苦しい。。。
おっ、この記事に足りない点を適確に指摘しましたね。
素晴らしいです。
互いに思いやり、誠意を見せろではタダの権利対権利の戦いです。
実はスパイスが必要なんですよね。
私はそれを寛容性、古代ローマの理想で「クレメンティア」だと思っています。
古代ローマの将軍ユリウス・カエサル(英語名:ジュリアス・シーザー)の政治信条で、「寛容」ですな。
その寛容とは、他者の価値観を認め、受け入れることです。
その上で、『思いやり、誠意』を求め合うのは理想の人間関係と思います。
もし、寛容性がなく、相手に一方的に『思いやり、誠意』を要求したら、それはクレイマーですね。
>多様性の時代にその基準はちょっと窮屈と感じます。
だからこそ、寛容性が必要かと。
これに『思いやり、相手への気遣い』があれば、日本社会は鬼に金棒です。
2010/6/14(月) 午後 10:17 [ K9 ]
今は寛容性がなく、『思いやり、相手への気遣い』を要求し合っていますので、息苦しく感じるのだと解釈しています。
その象徴が過度なKYですね。
その内に記事にする予定でしたが、先回りされてしまいました。(笑)
2010/6/14(月) 午後 10:38 [ K9 ]
あいさんへ
日本の場合、謙譲の美徳がありまして、要求を直接、相手に伝えない事を美学としていました。
代表的な日本語が『つまらないモノですが・・・』です。
このコトバをペリーさんに使った時、相当、先方さん激怒したそうです。(笑)
で、そんな日本人の奥さんは当然、さらにシャイでして、夫の影を踏まない事を美学する程の、日本人男性を上回る超謙譲な方々でした。ですから、その影響は今も色濃く残ります。
女性の変化球、男性の背中で語る・・・
これって互いに止めようよって言っていますが、中々、直りませんね。
愛しているを恥ずかしがらずに言おうって新関白宣言の方々が活動していますが、これって大事と思っています。
>私のように(^▽^)ケラケラ
私も(^▽^)ケラケラ です。人生開き直った先に新たな境地が待っています。おいでなさいませ、ニヤリ。
2010/6/14(月) 午後 10:39 [ K9 ]
やつがたけ さんへ
>逆に言葉にしなくても、心の籠もった思いは感じられるもの。
お互い相手を認め、感謝する心があれば関係は違ったものに…なんて机上の空論ですかね…(^^;
いえいえ、 お互いの大きさを常に意識し尊重している事が、より良い夫婦関係の秘訣ですって記事でも言っていました。
2010/6/14(月) 午後 10:44 [ K9 ]
媛さんへ
>日本人は「空気を読む」とか「雰囲気を察する」とかを要求しますからね^^;
夫婦など余計、「言わなくても判って欲しい」願望が出るのかなぁって思います
世界で何かをお任せで頼むのは、おそらく日本人ぐらいです。
ある種、我儘かも(笑)。
だから、外国人が日本に来て感動するんでしょうね。
我儘な日本人消費者に鍛えられていますからね。
…(^^;
2010/6/14(月) 午後 10:47 [ K9 ]
もう最初から最後まで笑いっぱなしでしたwww
特に
『要するに何が言いたいのか』と結論を求めるのなど、自殺行為以外の何物でもない。
ら辺www
男性と女性は根本的に思考回路が違います。
お互いにその違いを理解して思いやりのある言葉を選ぶのが大人ですよね。
夫婦間が冷め切っても女性は子供が独り立ちするまでは。。など割り切って一緒に暮らしていることが多い。これっぽっちの愛情さえなくなっても鈍感な旦那に外食に誘われれば一緒に出かける。プレゼントも受け取るし、2人で散歩にさえ出かけたりする。旦那は
「お?まだ大丈夫か?」
なんて思ったりしますが、女性は断ったら気の毒かしら。。って思っているだけ。普段の生活がこれ以上ギクシャクするのが嫌なだけ。愛情が残っているわけではありません。
そこまで心が離れてしまったらもう終わりですが、えてして男性側はそこまでになっても気づかない。。。
以上は私の体験ではありませんw
「わたしが見る離婚まで秒読み夫婦の心理状態」
ですww
ところでこの記事は女性と男性どちらが書かれたのでしょうか?
ポチ☆
2010/6/16(水) 午前 6:47
あ!
失礼しました。
女性でしたね!
2010/6/16(水) 午前 6:49
ASKAママさんへ
>ところでこの記事は女性と男性どちらが書かれたのでしょうか?
その違和感の理由は私です。
実は、それなりに加筆しています。
笑える表現は、私がシニカルに表現を変換しているからかな?だと思います。
多分。
『要するに何が言いたいのか』と結論を求めるのなど、自殺行為以外の何物でもない。
は私が加筆しました。
素直に嬉しかったです。
ポチありがとうございます。
2010/6/18(金) 午後 10:29 [ K9 ]