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地位が人を作るという格言がある一方、その地位に相応しい能力、素養を持たない人がTOPになった場合、その組織は大変な苦労を背負う事になる。
上記、相反する状況は、苦難に対し思考錯誤するかしないかの差だと私、個人は理解している。
二度ある事は三度ある
三度目の正直
この諺と上記、地位は人を作る云々は同じである。
前者は同じ思考、同じ論法で同じ行動をしたら、単純に同じ結果を招く事が多くいという話であり、
後者は失敗を参考に思考錯誤を繰り返している場合、いつかは正解に辿りつくという至極簡単な話だ。
思考錯誤の伴わない努力、仕事、勉強は苦しく、我慢が強いられる。
一方、思考錯誤の伴なう努力、仕事、勉強はやっていて楽しい。
(だから、日本の教育は我慢大会になるんですね。
継続は力であり、それは素晴らしい事だが、もうちょっと思考錯誤こそを刺激して欲しいです。
ただ、一方で基礎体力、基礎学力は単純作業の繰り返しだから、それを否定しては、その上に登れないのは明白です。
ただ、日本の場合、基礎重視過ぎて、日本の悪しき部活動のように練習の為の練習になり易く、社会に実社会につながり難い勉強方法に対して私は疑問を強く持っています。
ってこれ、練習の為の練習って未来提言シリーズのネタなので、その内書きますね。
って去年から放置(笑)。)
この思考錯誤こそが人間の成長の源泉であり、仕合せの根源とも考えている。
どんな困難でも無邪気に明日を信じられる人は、思考錯誤を繰り返しているからだろう。
大阪の道頓堀の回りで、並んでタコ焼きを食べた時、そのタコ焼きが
不味かった時、
その結果(ショック、涙)に対し、どう行動するかで、その人の幸福度は変わるんだろう。
一般的に人が絶望的な気持ちになるのは、思考錯誤をする余地が少なくなったと感じる時だ。
閉塞感とはやり様が無くなった時とも言えるので、その意味で行くと、思考錯誤を伴なわない活動、出来ない、難い活動が日本に増えたのかもしれない。
もし、日本に活力を取り戻すのなら、思考錯誤が出来る余地を社会にもたせ、考えさせる事こそが重要と感じる時がある。
そして、上記格言は、地位が人を作るのでなく、その地位に就いた事で起きる苦難こそが人を作る事を指しているのだろう。
これは何も地位だけの話しでなく、受験、恋愛、結婚、子育て、就職、タコ焼き、、、これら環境変化、困難にどう対応するかで、その人の仕合せ度合いの総量が変わってくると思っている。
この苦難、困難にどうアプローチするか?
その方法論で、その人の人生が変わり、人格、幸福度が変わってくるのであろう。
不透明で、閉塞感の漂う日本社会だからこそ、
この苦難に対する対処法、思考錯誤を社会全体で支援する体制こそが、日本再生につながるハズだと信じているし、そうしたシステムの構築こそを求めているかもしれない。
閑話休題
やはり、タコ焼きは美味しいのだ。
不味いタコ焼き屋で挫折するのでなく、思考錯誤をする事で大阪B級グルメを食す。
って自分で作って食べれば、いいじゃん、って事になるのだが、料理を作る事に思考錯誤をしない私に、その世界での仕合せはありまへん。
実にもったいないことですなぁ(爆)。
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大阪へ来られるときはご一報を、たこ焼きで良かったら奢りますぜ。
高い店は、割り勘で!!
もっともたこ焼きの発祥の地は、明石であったそうだ。
その当時、「ラジヲ焼き」と呼んでいたと言う・・理由不明。
たぶんハイカラな事を表現するために、「ラジヲ」「ラヂヲ」と書いたのだろう。
小麦粉・・・ハイカラ のイメージだ。
ちなみに、「ハイカラ」は横浜で出来た言葉らしい。
2010/7/18(日) 午後 1:06
調べてみると、やっぱり「ラヂヲ焼き」は大正時代に出来たらしく、小麦を焼いて、様々なものを具材として入れた。
その当時、高価でハイカラの象徴が・・・ラヂヲであったため、その名をあやかって、「ラヂヲ焼き」と命名した。
それが戦後、明石でタコを入れて焼いていたのを、大阪の商人が真似て、「タコ焼き」として売ったところ、ヒットした。
それ以後、たこ焼き・・大阪名物、となった。
2010/7/18(日) 午後 1:13
水がめ座さんへ
>大阪へ来られるときはご一報を、たこ焼きで良かったら奢りますぜ。
それは楽しみです。その時は気楽にゴチになります(笑)。
大阪粉モン文化万歳です。
まぁ、私は食べモノ、思想に好き嫌いがないので、何でもござれです。
出来れば、グルメな息子さんのご意見も教えて下さい。
その時は勿論、割り勘で!!(大笑)
2010/7/19(月) 午前 11:05 [ K9 ]
「地位が人を作る」
「地位のある人はできていると言う仮定」
これ違うと思います。
後者の場合、地位が人を作ることは少ないと思います。
地位のある人の発言や行動は、その人に「地位があるというだけで」正しいとされてしまうのですから。
それでは思考錯誤は生まれません。
だんだん、そうなりつつあるように思えます。
2010/7/20(火) 午後 7:55
Yadaさんへ
>だんだん、そうなりつつあるように思えます。
私は逆の見解ですね。
日本は地位が昇れば昇るほど、責任が少なく、権限が大きく、そして給与も多かったですが、徐々に責任と権限、給与が一致して来ています。
正直、40代の一部は?方が役職についていますが、30代は完全実力主義。
地位に相応しい素養を示さないと降格されますから、良い刺激になっていると感じます。
もし、地位が高ければ高いほど、それに見合う苦難に合わず、傲慢になっているようでしたら、今の激変する社会情勢には対応できず、遠からず、その組織もろともポシャんになりかねません。
出世すれば、するほど、大変な会社、上場企業を中心に多いですよ。
だから、最近の若者は出世を尻込みするんですかね。
2010/7/23(金) 午後 11:36 [ K9 ]
あ、あるかもしれません。
私の会社で言うと、係長、課長は40歳代まで、その辺りは見て流石だと思います。
で、その上になると、とたんに上に行けば行くほど・・・まあ、なんていうか・・・アレな感じに。
これが、変化の兆しであればいいのですが。
ただ、最終的なトップが開放されない限り、根本的な解決にはならないような気がします。
だけど、最終的なトップはいまだアンタッチャブルな世界におかれている面も多い感じがします。
そして、せっかく実力で浮上した層もそこに頭を押されて力を発揮できないような局面も・・・
2010/7/24(土) 午後 6:43
Yadaさんへ
今の50代、60代は年功序列世代ですし、能力が?方が役員になられる事も多々あります。
後は、90年代入社組が組織のTOPに立った時、どう変わるかですね。
まだまだ、完全に年功序列は解放されていませんが、徐々に良い意味で無くなって来ています。
精神論で何とかしろ喚く上司は大分、淘汰されました。
営業しか出来ない方が社長だった時代は過去になりそうです。
これからはポリバレントな万能社員がTOPに立つのでしょう。
多分?
2010/7/24(土) 午後 10:48 [ K9 ]
そうなれない会社が「ちゃんと」淘汰されるかどうか、でしょうか。
2010/7/25(日) 午前 2:53
Yadaさんへ
淘汰されないかもしれません。競争がない世界でしたら存続可能です。
公共関係はそうでしょうね。
ただ、競争の激しいグローバル企業は淘汰間違いなしです。
2010/7/25(日) 午前 8:11 [ K9 ]