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ある大学の工学部の学生に品質工学の専門家が講演を行なったそうである。
品質工学とは別名、田口メソッドとも呼ばれ、実験計画法や直行表を駆使して品質改善を行なう学問でもある。
創始者は本田宗一郎、豊田英二に引き続いて米国自動車殿堂入りする等、日本より海外で評価が高い学問でもある。
基本、自動車産業に関連深い学問だが、
その講演の際、その識者が驚愕したそうである。
250人ホドいる工学生の内、車を保有し運転しているのが一人だったと言うのだ。
(信じられなく二回ホド、確認をしたらしい)
如何にも最近の学生と思わなくないが、氏が驚愕したのは、その大学の学生が自動車関連に就職しているからだったとも思う。
そして資金を拠出しても良いから、若者に車を。っと訴えていたが。。。
その危機感はいかばかりだろうか・・・最も車は買い与えるモノ(受け身)でなく買うモノ(自発)だから、本質的な対応にならないのは言うまでもない。
さて、最近、工学部学生の質(純粋な学力でなく)が落ちたような気がするどうなのだろう?
同時に私達もだ。
共通するのは創りたい製品がなく、創りたい製品が設計出来ない事にある。
背景は違うが結果は同じ。
(売りたいモノがなく、売りたくないモノを売っているかもしれない)
つまりは欲しい製品を設計出来ていない。
今の大学生の場合は、文字通り創りたいモノがないように感じる。
根本は欲しいモノ(文字通りモノ)がないからだ。
(これはこれで記事を書けるのだが、、、今の若者は物欲より精神的な充足を重視する傾向が強い。家族、友達を非常に大事にする。)
モノが行き渡った成熟社会ならではの悩み。
そして、それは日本の工学部学生減少の一つの背景でもあるのだろう。
「まず隗より始めよ」を欠く日本
http://blogs.yahoo.co.jp/k99999five9/24258032.html 正直、数値でこう言った性能のモノを作ってというと、おそらく今の学生は作れるのだが(優秀ならば)、欲しいモノを作ってというと創れない気がする。
欲しいモノがないのだから創れないは当然とも言える。
何と恐ろしい事だ。
だから、品質工学の先生は驚愕し、危機感を持って私達に伝えたのだが・・・
その前に、その識者に訴えたいのだが、私達現役がどんなモノを設計開発しているかだ。
私達が設計開発しているのは、私達自身が欲しいモノでない場合がほとんどだ。
確かに安く作る技術課題をクリアするのは面白いのだが、わくわく感は俄然違う。
軽自動車の雄、スズキの今年のキャッチフレーズは
安い、軽い、燃費が良い
だ。
毎年、同じような売り文句が羅列されているが、そろそろ危機感を持って欲しいとも感じる。
確かに安い、軽い、燃費が良いは消費者の欲しいモノとも思うが、本当に技術開発陣の欲しいモノなんだろうか?
東芝とソニーの次世代DVDの規格戦争の時もそうだが、東芝の掲げたコンセプトは安いであった。
画質、性能ではブルーレイに劣る東芝が勝機を見出していた点は、従来施設を使える事で初期投資を抑えられる事だったのだが、実は初めから経営戦略的に安いで開発していたフシがある。
これが日本の製造業の現状だ。
必死に安いで作り、未だ商品が行き渡っていない新興国市場に製品を売りさばく。
もしくはカタログスペックで差別化を図り、必死に既存の市場の、成熟市場の買い替え需要を掘り起こす。
カタログスペック(高機能だが、ごちゃ、ごちゃ。誰もが使うわけでない)である以上、本質的にはブランドに昇華されるわけもなく、安いで作る以上、日本では価格競争力が維持できなくなり、同時に私達技術開発陣のたゆまざる努力によって進展して行く、安く品質の良いモノを作る技術革新によって製品のコモディティ化は益々進み、日本から産業が流出して行く。
確かに今日を生きる為に設計開発する事は大事だが、ここ15年の経営陣は今を稼ぐ事に集中し過ぎて、何かを忘れてしまったような気がする。
現日本の経営陣は日本の明日についてどう考えているだろう?
社会に安く、品質の良いモノを供給するのは意義深く大切な事だが、一方で作り手の使いたい、乗りたいモノを創るのも大事だろうと感じる。
食べ物屋で食べるのなら、俄然、店主が食べたい食品を出している食べ物屋の方が面白いし美味しい。
一方、儲けたいで安く作る商品は何か無機質で、作り手の情熱が伝わってこない。
(チェーン店の安く作るの情熱はマニュアルに昇華され易く、そこには情熱を感じる。しかし、彼らはそれを本当に食べたいのだろうか?安いにフォーカスし過ぎているかもしれない。消費者ニーズとしてはあるが。。。)
早い、安い、効率の良いは消費者の求めるモノの一つかもしれないが、作り手の求めるモノと乖離している場合が多い。
この辺り、バランスなのだが、最近の商品には情熱、パッションを感じない。
感じるのは早い、安い、効率の良いという無機質な情熱。
もしくは儲けたいという資本主義のパッションだろうか?
過度なマーケティングの成果とも言えるが、今や市場が求めるモノ以外のモノを日本の企業は開発させない偏狭さがある。
中国人がわざわざ、日本の秋葉原に来て買っていくモノは彼の地で売っていないモノであり、その代表格は日本の高級炊飯器だ。(日本製なら何もかもを買う訳でない)
その高級炊飯器市場を開拓したのは、一技術者の美味しいお米を食べたいとの情念だけで作られた製品である事を多くの日本人は知らない。
過度にマーケティングが発達した商品企画会議では、余りに高過ぎると跳ねられ続けたそうだが、執念で商品企画を通し、生産を渋る工場を説得すべく開発から現場に移籍してまで実現した商品。
その想いは自分が、その炊飯器を使って美味しいお米を炊いて食べたいからだった。
私は情念、情熱の感じる記事が好きだし、どのようなモノにも情念が宿ると感じている。
魂を感じると言っても良い。
そして、その魂こそがブランドに通じるのだが・・・
今、私達の多くは欲しいモノを創っていない。(売ってもいないかもしれない)
同時に若者は成熟社会故に欲しいモノがない。
このまま行くと確実に日本の技術力、魂が失われるような気がする。
(但し、モノ作りの面)
製造立国以外の道を探す時が来たのかも知れない。
未だ私達の世代は経営方針さえ変えれば対応出来る可能性があるのだが、成熟社会の申し子達には、方針だけでは対応出来ない可能性がある。
欲しいモノを刺激するような仕事を若者に準備しないと、日本の製造立国の根幹に関わる何かが消失する事になるかもしれない。
そんな危機感を品質工学の識者のコトバから感じると伴に、私達自体が欲しいモノを作っていない現実がもたらす魂の低下を感じてしまった。
尚、
私事だが今年、わが社の事業本部長(常務)の目標は新製品の開発だが、付属で顧客が付いた必ず売れる新製品の開発だった。
それは既存の市場ニーズに沿うモノを開発して欲しい、つまりは直ぐカネになるモノの開発の要請である。
そして、確かな顧客のいる商品を、開発で企画しろと言う。
それを開発に探して来いとも言う。
商品企画や営業は何をしているのだろう。
まぁ、商品性能を理解せず営業をしているからだろうが・・・彼らも売りたいモノを売っているわけでないし、売りたいモノを企画しているわけでないからなんだろう。
新たな市場を開拓するとは文字通り市場要求がない世界なのだが。。。、その意味と既存がないまぜになっているかもしれない。
日本企業の現経営陣の多くが、日本の指導層(エリート)の多くが何か根源的な間違い犯しているような気がしてならない。
公共投資で内需を維持し、バランスシート不況脱出(バランスシート不況でもないのだが)を目指す識者に、現場のこの危機感を伝えたいが、彼らは現場にいないし、ましてモノ作りをしていない。
知らないにも関わらず産業立国を目指しインフラ整備を行なう。
無常だ。
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市場満足型商品の開発は、既存商品に改良や改善を加える事で利便性が増して、市場競争力を得るものなので、企業は利潤を生み出し易く熱心になります。一方、市場開拓型商品の開発は、市場を新たに生み出せるか如何かも分からず、市場への投入時期によって当たり外れも有るもの、当然、利潤が得られるどころか、研究啓発費の回収さえ怪しく、企業は腰が引けてしまいます。日本企業の多くはサラリーマン社長、最近は株主の追及も厳しく(彼等も目先のカネ目当てですから。)、思い切った方針も取り難いのでしょう。
市場開拓型商品の開発には、経営陣を始めとする会社組織の寛容さが求められます。そして研究陣の独創的発想力、これが今の日本に欠けているかもしれませんね。
2011/1/23(日) 午前 1:14 [ 憂国烈士 ]
この問題、非常に深刻で、大きな問題です。
単に工業製品だけが落ち込んでいるワナではないのです。
ソフト関連あるいは文化商品(アニメ、ゲーム、コマーシャル、小説、映画)といった分野でも、同じような問題に直面している。
ヒット商品Aが生まれると、その少し変形させたA´商品を次々に発売して、二匹目のドジョウを狙っている。
結局、この傾向が発生する原因は、日本の企業が大きくなり、冒険をしなくなったことにあると思っている。
組織の肥大化で、果たしてものになるかどうか分からない分野への投資より、今までの路線上の延長で事なかれ主義を実践。
安全パイに逃げている。
2011/1/23(日) 午前 5:34
もう自分は現役ではありませんので、大きなこと言える立場ではありませんが、自分の生活の中でも同じことが発生しようとしているのが分かる。
それをどうやって壊して、新しいものを見つけるか、自分の課題だと思っています。
実戦を離れた今となっては、思考実験となっていますが、それでも挑戦を続けています。
そういう気持ちでブログを毎日書いています。
若い人たちが読んで、少しでも得るところがあればうれしい。
ブログも一つの「製品」です。
誰もが参加できる市場の中で、いかにしてイノベーションをやるか、どれだけ魅力的なブログを作り出すか、問われています。
2011/1/23(日) 午前 5:40
憂国烈士さんへ
市場満足型商品の開発は開発で必要と私も思います。
が、一方で市場創造型の商品開発も必要と感じます。
その両輪が壊れ、日本の企業は市場満足型に特化しています。
しかも、市場の要請は早い、安い、効率の良いです。
これではブランドの構築は難しいと感じます。
アップルのi-phoneを企画した日本の企業は何社かあったそうですが、市場の要請はないとの事で高機能携帯に開発リソースを集中しています。
i-phoneって高機能でないんですよ。(笑)
過度なマーケティング重視が企業の大事な何かを奪っているかもしれません。
独創性があっても開発が出来ない事で本当に独創性がなくなって来ているような危機感を最近、抱いています。
2011/1/23(日) 午前 8:51 [ K9 ]
水がめ座さんへ
ハリウッドがそんな感じですね。
過度なマーケティング至上主義で作られた映画の何と面白くない事か。。。
面白いモノって存外、一握りの個性により形作られるのかもしれません。
モノ作りを創りと直しているのは創造するを念頭に使っています。
当然、ソフト産業も念頭にこの記事を書いてます。
00年に世界市場のシェア7割を誇ったゲームソフトの市場の日本企業占有率が急速に低下して3割を切り欠けています。
根本は同じでしょうね。
2011/1/23(日) 午前 8:56 [ K9 ]
水がめ座さんは私にとって十分現役です。
この辺の感覚は働いてる、働いていないでないと感じています。
課題をもって挑戦している時点で現役と感じます。
課題が無くなった時、人は違った世界。
場合による水がめ座さんが求めて止まない心境の一つに至るのかもしれませんが、それはそれで面白くないかもしれませんね。
2011/1/23(日) 午前 9:13 [ K9 ]
AKB48を作ったプロデューサーの人の番組を見た。
「ガイアの夜明け」か「ソロモン流」だったか、、、
彼は一切、市場調査をしないのを信条としている。
所詮、市場調査からでは亜流しか作れない。市場が気づいていないようなところでしか、本格的ヒットは取れないからだ。
AKB48は従来の商品とは異なる狙いがあって、それが成功した。
自分が普段考えていることの、正反対のことをワザと考えてみるとか、思考のワナから突破する秘術がいる。
まあ自分なりに実践していることはあります。
2011/1/23(日) 午後 7:12
まあ、私が普段実践していることを参考に書きますと、
任意に思いついた言葉を、グーグル検索にほうりこんで、出てくる記事を読む。
まったくデタラメに思いつく言葉です。それをやってわかるのは、なかなか突拍子も無い言葉は思いつかないという事実だ。
BBC放送のインターネットラジオ、これはかなり面白い。日本では絶対に聞けない話が一杯出てくる。
それとヤフーアメリカのコラム、多くの有名コラムニストが競争している。面白そうな題を見つけると、読んで見る。かなり凝った英語で書かれていて、ある種ナゾ解きのような興味も満たしてくれる。
それから図書館では、できるだけ興味の無い分野の本を取り出してみる。その中で面白そうなものがあれば、飛ばし読みする。
また数年前の総合月刊誌を書庫から出してもらって、読み直したりする。
最新号の文芸春秋よりも、5年前のものが興味深いのだ。
最近読んだ本では、ペンギン社から出ている、世界スピーチ集、なかなかおもしろいスピーチがある。
2011/1/23(日) 午後 7:24
>AKB48は従来の商品とは異なる狙いがあって、それが成功した。
そうだったんですか?
私は過去の焼き直し的なイメージが強く。。。
詳細は存じませんが、夕焼けにゃんにゃんを思い浮かべてしまいます。
思うに細分化、多様化した消費者ニーズに合わせて、多種多様な女の子を準備し、かつ、自分で決めるのでなく投票方式で集団のトップ、つまりは方向性を決めさせる時点で、逆説的に常に市場調査してるようなユニットっと思っています。
どうにも。。。
基本、新たなモノって0からでなく、何かと何かを混ぜて参考にしたら、まったく新しいモノになった場合が多いですから、イロイロな価値観に触れられる事は良い事と思っています。
最近、雑誌からプログで取捨選択するようになっていますね。
皆さん、誰かに読んで貰いたくて記事を創りますが、まず、そこに自分がいます。
ある意味、この記事の世界とは逆な世界でもありますね。
2011/1/23(日) 午後 9:11 [ K9 ]
「作り手の意思」これ、確かに減ってますね。
私がよくやるゲームとかでもそうです、石橋を叩いたような「売れたゲームの変わり映えしない続編」ばかり。
かつての、「気持ちはわかるけどなんでこうなっちゃったかな〜」的クソゲーは見当たらず、無難とやる気なしばかりで「やる気溢れる駄作」が見えません。
これは経済の肥大化もあるかも知れませんね。
車やゲームが2.3人で手作業で作れるうちは、いろんなのが出てきます。
だけど、車なら百億、ゲームですら数億必要な状況になれば、挑戦以前にとにかく失敗できません。
成熟が保守化につながるのは、あながち意識の問題だけともいえない部分があるかも知れません。
私が車会社の社長になったとして、一台の失敗が破綻につながるとすればやっぱり「無難に、望まれるものを」としかいえないと思います、いくら個人的に好きでも「スポーツカー作れ、受け入れられなくても好きなもの作れ」とはいえないと思います、やっぱり。
2011/1/23(日) 午後 9:27
なかなか深い問題デスね。
私の会社など既に30年近く新製品がありませんがグローバルでの
シェアは30パーセントを占めています。自動車の主要部品で独立系
ですが相変わらずシェアはそんなもんです。
面白みはありませんが、日本以外での車を多く作っている国で生産を
することで国内の我々が生きているという感じ。
まっ、そんなんですから失敗は「許されない」のかな・・・
面白みとしては、子会社なので本業とは関係ないビジネスを展開
している点でしょうか。
それにしても健全な「欲」ってある気がしますけど、うちの子供達
をみていると豊かになりすぎちゃったのかな・・・とか思わざるを
得ない。。
2011/1/24(月) 午後 10:09
↑の方と同意見です。
我が家の子供たちを見ていると、生まれたときからすべて欲しいものがある環境で育っていますので、この上、何を作ったら喜ばれるのか、製造業の現場にいる方の悩み分かります。
思い返せば、団塊の世代は、仕合せな時代を生きたといえるでしょう。
少なくとも目標には事欠かなかったのだから、おかげで自分で考える力はなくしというマイナスはあったが、それを上回る成功があった。
ここから何を作り、何でメシを喰っていくのか、
物から視点をはずして、理念とか、こころ、とかそういった抽象的な世界へ入っていかないと、答えが無いように思えるのだ。
手探りですけど、コロンブスだって海図のない航海に出たわけですから、われわれだって、、、、の気分だわ。
2011/1/25(火) 午前 7:04
ジータさんへ
>それにしても健全な「欲」ってある気がしますけど、うちの子供達
をみていると豊かになりすぎちゃったのかな・・・とか思わざるを
得ない。。
モノに関しては最初から在る程度ありますから。。。、むしろないモノに対し欲求が強いとも感じます。
特にカネで手に入らない精神的なモノに対する欲求はかなり強く感じます。
時代は変わりますね。
成長が前提でないから、それ以外に価値を見出だしつつあると感じます。
最近、人見知りする子どもさんが少なくなりましたが、私など、その因果を考えてしまいます。
2011/1/26(水) 午後 9:44 [ K9 ]
Yadaさんへ
>無難とやる気なしばかりで「やる気溢れる駄作」が見えません。
『やる気溢れる駄作』が名作を産むと私も思います。
何か、無難な方向、無難な方向と行く間に縮こまって行くような感覚を覚えます。
個人的には無難と、挑戦の二本柱で事を為して欲しいと感じます。
無難は今を生きられますが、無難だけでは未来を切り開く事はできないと思っています。
2011/1/26(水) 午後 9:48 [ K9 ]
水がめ座さんへ
>物から視点をはずして、理念とか、こころ、とかそういった抽象的な世界へ入っていかないと、答えが無いように思えるのだ。
手探りですけど、コロンブスだって海図のない航海に出たわけですから、われわれだって、、、、の気分だわ。
御趣旨に賛成です。
モノの豊かさで語れなくなったのが成熟社会ですから、次は精神の世界でしょう。
生産技術の進歩は私達に苦役を与えていますが、別の可能性も示していると感じます。
技術の進歩に振り回されるのでなく、技術を使いこなすべしと思います。
その点で言うと、今の日本の指導層の対策のほとんどが従来思想の延長線上でしかなく、その思想の貧弱性に情けなさを感じます。
(未だケインズが幅を効かせていますから。そんなに仕事、増やしてどうするんって思わなくもないです。)
そう言った意味で、目標を見つける事に関して、目標が次から次に現れた世代の政治指導者は苦手かもしれないと感じています。
2011/1/26(水) 午後 9:59 [ K9 ]
形あるものを作り提供するのが製造業です。
形のないものを作って提供するのがサービス業。
音楽、映画、ソフト、漫画、アニメ、その他、形のない物作りが盛んになっているだけでしょう。
物作りが、形あるものから、形のないものに移行しているのでしょう。
2011/1/26(水) 午後 11:23
それと、自動車、家電製品などは基本がほぼ確立されてしまっていて、若い人たちにとっては面白味が薄れてきたのでしょう。
ですから、何か新しい商品分野が誕生すればまた面白がってその分野へ進もうとする人も増えると思います。
あまり心配することでもないような・・・
2011/1/26(水) 午後 11:28
こかげ さんへ
>物作りが、形あるものから、形のないものに移行しているのでしょう。
それが、そうでもないようです。
ソフト面のパワーも落ちて来ています。
欲しいモノを最初から持っている世代ですので、
その範疇に音楽や映画、漫画、アニメが入っている可能性を考えてしまいます。
また、日本の根幹は製造業で成り立っている面もありますから、その面での衰退の影響、結構、大きいと思いますよ。
>何か新しい商品分野が誕生
ちなみに、その何か新しいがないのですよ。
同時に、その分野に進もうとうする人、結構少ないと感じています。
産業分野より文系に進学する若者が増えていますが、モノ作り以外の道を本気で模索した方が良いような気がします。
創るというより、何かもっと別な精神世界に日本の若者は興味があるようにも感じていますね。
身近なモノ、かつて私達が失ったモノを、もしかしたら再構築してくれるかもしれません。
何かをなくせば、何かを得られる。
その逆も真なり。
禅問答みたいです。
2011/1/27(木) 午後 9:22 [ K9 ]