|
ケインズを否定したサッチャーとトニー・ブレア
にて、公共投資を費用対効果で評しましたら、
>何が必要で無かったとか予算対効果で考える事も人間の生とか考えてゆく中で意味がないと思いますよ
っとのコメントを頂きました。
確かにあらゆるモノを費用対効果で語るのは馬鹿げていますし、その間違いによってサッチャーの保守党は政権から脱落し、ブレア労働党に政権を奪取されてもいます。
そして、サッチャーによって傷ついた公共をブレアが修正、修復した事で、サッチャーの名声を確立したのは前記事で述べた通りです。
その意味する所は、
費用対効果で語れない面が公共投資(雇用維持を目的としたケインズ的な経済政策)にあったと言う事です。
そう言った意味も込めているから、サッチャーとブレアを比較し記事にしたのですが、ふっと別の論旨。
公共投資って、必要なムダなんだろうか?
っと思ってしまいまいました。
別に、そのムダ、公共投資でなくても良いハズっと思うのですが、どうなんでしょう?
最初に、
公共投資に携わっている方々は不必要と思ってインフラ整備しているのでしょうか?
ある種、アリさんが一生懸命働いているのに、それムダだけど、仕事ないと、あなたがた大変だから働いてねっと非常に失礼なコメントにも聞こえ、なんだか疑問に思ってしまった。
勿論、コメントした人はそんな意図はなく、費用対効果で語れない公共投資等にも財政出動に意味があるという事を問い掛けたかったと思うのですが、、、。
地方経済を維持する事のメリットは大きいと私も思いますし、その効用を知っているから補足的にサッチャーとブレアを論じもしました。
が、公共投資でそれを行なう必然性はどれだけあるのでしょう?
他の代替手段は一杯あると私は思っています。
一つに菅ちゃんのブレーンが提唱する最小不幸社会実現の為に、福祉に増資するのも一つの手でしょう。
(但し、富は増えません。その意味で費用対効果の低い公共投資と同じ。
その福祉を支える経済があれば、それ自体はOK=費用対効果の低い公共投資も。
最も、過剰な福祉って家族を壊しますからね。ただ、一方で人々に安心を与える。
つまるところ、安心だから家族が壊れるといのも皮肉な話です。)
もしくは、漫画文化に投資し、日本のソフト力を強化する事で世界を席巻するのも一つの手でしょうか?
(でも、関われる人が限られるので受け皿としては小さいです。)
が、どうせなら楽しく経済が伸びるかもしれない分野に投資するのも一興と思うのですが如何でしょう?
日本は、どの分野に投資すべきなんだろうか?
にも記載しましたが、実はその辺を念頭に記載しています。
体験学習とは趣味の世界。
日本各地の芸能文化、風習、虫取り、スポーツ、おたく文化。
個々の趣味を活かした体験学習をして貰う事で、子どもたちの判断力。
自分の幸せを基準とした判断力(人生の羅針盤、GPS)を獲得する教育を行なう事を念頭に書いています。
つまりは、アリさんよりキリギリスです。
同じ経済を回すなら、キリギリスが良いでしょう。
では、なぜ?それが出来るのか?
一つにあらゆる面における生産技術革新によって、我々が必要な生産活動、つまりは仕事に関われる人員の数が劇的に減っている事が背景に考えられます。
日本の製造業(厳密にいうと世界のあらゆる産業)は毎年、その生産効率を上げていますが、その生産効率の源は=省人です。
本当は省人化された人が別の仕事を覚えられば、良いのですが、今、企業が求めている人財とは知識集約的な人財です。
それは誰もがなれない世界でもあります。
結果、省人化された人は這い上がれず、同様に企業もそう思っていますので、正社員ではなく派遣社員として彼らを雇うとしています。
そして省人化の波はますます激しくなると予想しています。
つまりは誰もが働けない世界が現出しようとしています。
ある種、夢の世界なのですが、働かない限り生きる糧が得られなければ、皆、働くしかなく、結果、誰もが働ける産業障壁の低い業種に人が集まり、結果、給与が下がる。。。
これがベーシックインカムの背景であったり、ワークシェアリングの背景でもあり、大本を辿るのならデフレの原因(遠因)の一つでもあると私は思っています。
以下、ホリエモンのコメントですが、
農業革命で人々は飢えることからある程度開放された。
産業革命で人々は労働時間からある程度開放され、余暇の時間を持つことができるようになった。 実は、多くの人はもう働かなくてもよくなった状態にあるのかもしれない。 でも働かないといけないという古い倫理観は残り、実は社会全体の富を増やす労働ではなく、社会全体の富を食いつぶしている負の労働があるのではないか、と思っている。 月20万の給料を貰って、実は社会全体は、その労働を作り出すのに月30万のコストをかけている、というような。だったら、ダイレクトに20万渡せば10万円セーブできるんじゃないかと思う。例を挙げるのはここでは控えるが、いくらでもあると思う。 ベーシックインカムを行なうのかどうかともかく、この『月20万の給料を貰って、実は社会全体は、その労働を作り出すのに月30万のコストをかけている』というのが費用対効果で意味のない公共投資なのかもしれません。 私は、基本、その説に立っていると思います。
なぜなら、公共投資の闇を、やというホド、見聞きしてますし、また、農業自由化対策費で作られた各種箱モノ、そして土地改良した後に建つマンションや商業施設。
まさに、膨大なコストを掛けて仕事を増やし、アリさんのように汗水たらしてムダなモノを作る。
なんか、もっと有効に、日本社会が産み出した余力を使っても良いかと思うのですが、どうでしょう?
誰もがアリになって働く必要がないのなら、アリさんを皆で支援、もしくは特別なアリさんを作るべく、キリギリスになるのも良いのではないかと思います。
アリさんという表現は悪いですが、アリさんを癒すキリギリス。
そんな感じ。
特別な人達が集まる環境とは、どんな環境なんでしょうね。
一つに、おカネもありますでしょうけど。
別の世界もありますよね。
今の日本社会。
社会に出たくない子どもたちが多くいる理由は、苦しそうに働く私達にあると思いませんか?
公共投資の業界も経済用語で言う所のレッドオーシャン。
無理して仕事して、かつ苦しいなんて。。。
どうせなら、キリギリスさんが多数いる社会を作って見るのも、生き生きしている社会になると思いませんか?
それを見て子どもたちは、どんな仕合せを描くんでしょうね。
要、体験学習ですけど、私は生きたムダになると思っています。
|
全体表示
[ リスト ]





お笑いタレントも、毎日キビシイ修行に明け暮れているのだ
2011/5/26(木) 午前 5:20
誰もが望むスターの道は当たり前に厳しく、誰もがなれませんから。
厳しいのは致し方なしかと。
この記事の趣旨は公共投資で仕事を準備するか、趣味の面で仕事を準備するかです。
で、その仕事の増やし方としては、人に教えるという意味の増やし方で行なう。
ですので希望者多数の場合、競争自体は阻害出来きません。
ただし、自称なんちゃらが生き易い生活環境の整備に主眼は置かれていますけどね。
ちょっとコトバが足りないので、帰宅して以降、補足コメント記載します。
推測ですが親方の希望ですと、ベーシックインカムになるかもです。
皆、年金、楽しく遊びまっせ。
2011/5/26(木) 午前 7:04 [ K9 ]
あの、真逆ですけど。私はそういう理由もプラスするから公共投資がムダとかいう人が大キライですね。物や労力を大事にする感覚がないから、平気でダムや道路のインフラをムダなんて怒るんでしょ。感謝が無いなーって思いますよ。もちろん個人的な感想ですが。
2011/5/26(木) 午前 10:28 [ -- ]
社会に出たくない子供は、親に甘えられる余地があるから甘えているだけでしょう。本気で稼がないといけなければ、うだうだ言わずに働かざるを得ません。
生活保護に関しては本当に税金の無駄ですから、制限とか審査を厳重にすべきです。
子供がひきこもるのが社会の責任だとか、過保護すぎて甘えた発想だと思います。本来、親の背中を見て育って、苦労かけたな・自分も子供を育てて社会のために駒になって働いて、そうやってご飯を食べるんだなと、そう考えるのが人の道です。で、ロボットじゃないから、余暇は自分のために使いたいと思うものです。生きたムダになるとか本当に最低ですね。
2011/5/26(木) 午前 10:56 [ -- ]
「雇用創設」という言葉もあるくらいですからね、今はむしろ「雇用捻出」くらいになってますがw本当に、仕事のための人材なのか、ヒトのための仕事なのかわからないということはありますね。
やはり賃金は労働対価であるべきで、たとえその雇用がないほうが社会コスト的にいいとしても、やはり働かない人にむやみにお金を与えるべきではないですね。もっとも、ホリえもんのそれは、単なる皮肉なんでしょうが(^^;
しかし、こういっては失礼ですが、世の中には確かに能力に問題のある人も多いんですよね。ウチは最近小規模で清掃業を立ち上げようとしてるのですが、要の人材は元左官の半・ホームレス。腕は確かですが、時間にルーズだったり、かけ算もいまひとつできなかったりします。
ウチ規模ではこういった方をフォローしつつ能力を生かしていくことも考えますが、大手では切り捨てでしょうね。腕も頭脳も確かな人はいくらでもいます。
2011/5/26(木) 午後 1:43
彼らは、ウチに来る前は日雇いです。それこそ、「無駄な公共事業」でも、それがなければ、飢え死にするのもまた、事実。それ以外を考えたりする能力があれば最初から苦労しない・・・。それでも、生活保護よりは立派です。仕事柄生保生活者とはよく遭遇しますが、人間性が違いますもん・・
しかし、ウチの長男が最近よく小学校でいじめられるのですが(苦笑 生物学的に見れば、弱い男は子孫を残せず、強いモノだけが子孫を残し、そしてその生物は繁栄して行くわけで・・弱者を保護してるニンゲンという生物は、種族の滅亡に向かっているのかもしれません。
弱者を保護する以上、雇用の捻出は必要なんでしょうね。でも、もっと必要な分野に割り振って欲しいのですが。それを監督できる指導者がいないのでしょうね。
イチ消費者として、明らかに雇用のための掘り起こしとわかってる工事で渋滞することは、若干イラっとしますっw
2011/5/26(木) 午後 1:43
投資とは生産力を増やすことにより将来の消費を増加させることに意味があり、それは現在の消費、未来の消費に関わる投資を足し合わせたものであるという一点においてGDP統計に意味があります。無駄な労働機会を発生させる橋や道路(ウチの近所にもあります。そもそも通行量が少ない道路なのにさらにそれにバイパスしている道路が。年末になるとそれに道路工事やってます(笑))や穴を掘って埋めるだけの生産性ゼロの公共事業では、GDPの数字自体は増加させるけど、現在の消費も将来の消費も直接には増やさないという点において全く望ましくない。所得再分配により低所得者層の消費が増えるから意味があるという主張もありますが、限界効用逓減は全体としての所得には正当に適用できないし、なにより所得再分配前の相対的な純所得の関係において、たんなる額面上の消費の多寡だけにこだわることと、長期的な経済成長を可能にする潜在成長率は全く別問題ですし。
ここまで日本の病が進んだ原因は、田中角栄の日本列島改造でしょうね。地方に対する富の再分配、それが労働力と資本投資の分散、レントシーキングの発端かと。
2011/5/27(金) 午前 5:15 [ フレディ ]
「最小不幸社会」とは随分と立ち入ったビジョンだと思いましたが、
幸せか不幸せかというのはもともと本人の気持ちの問題、深いハナシ
です。
社会全体の空気、社会構造、教育、経済などなどが個人の「幸せ感」
を規定していくんじゃないでしょうか。
まっ、そんなビジョンが掲げられ背景には当事者が「不幸」だと
思っているからこそで・・・かなり、暗い人たちと思わざるを
得ませんが、個人的には無駄遣いラインよりはいいと思ったんです
・・・
2011/5/28(土) 午前 11:51
公共性とは、判り難いもんですね。
今まで最大の無駄は「自衛隊」と思っていた方々も多かったのでは
ないでしょうか・・・今回の大震災で、彼らの「価値」というのが
歴然としましたでしょ。。公共性とはそういう側面もあるとは思います。
ワークシェアリングと云うとかっこいいですが、インドで体験した
ことです。
私がお邪魔した先輩の自宅にはコック、給仕、ガードマン、秘書、
掃除する人、下手をすると洗濯する人も居ました。
見事に家事がシェアされ、インドではれっきとした職業な訳です。
現地の社長は、社会通念上自宅にそのくらい置いとかないとダメ
ということでした。
別に雇わなければならない訳ではないが雇用を生み出していた訳
ですね・・・
家の前にも、デイサービス施設が最近完成してそこでちゃんとした
新しいかたちの雇用も生まれる訳で、不謹慎かもしれませんが今回の大震災は日本がリボーンする絶好の機会かもしれません。
2011/5/28(土) 午前 11:52
私はK999999さんの考え方に賛成です。
私の仕事関係でも1万円のコストを削減するために月給20万円や30万円の公務員が
1日を空費していたりします。
単純労働から解放された労働力が創造的な方に向けられるか、手薄な市場に向か
うようにするかですが、日本のハコモノ政治にはそこまでの大きな方向転換は難
しいのでしょうね。
2011/5/29(日) 午前 2:34 [ comuen ]
実は仕事の半分以上が単に組織内の自己満足、ムダなんですけど、ここは一歩下がって、「仕事=価値、余暇=ムダ」と図式化して見ましょう。この上で言いますが、ムダのない社会は味気ない。そしてそれ以上に、ムダする余裕のないような社会は早晩衰亡します。
2011/6/18(土) 午後 4:13