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がんばるな日本

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今度の東日本大震災について、日本国内はもとより世界の各地から「がんばれ日本」の声援が
上がっています。それ自体はもちろんうれしいことです。
 
中には「日本は決して負けないだろう」とか「日本はもう雄々しく立ち上がった」と言った論調すら、
欧米の主としてキリスト教国・団体から見られますが、かような論調はイデオロギーが勝手に
独り歩きしていて好きではありません。キリスト教には弱い者をあえてほめることが美徳で
あると言う安っぽい隣人愛の不潔な癖があり、その実「弱者をほめている立派な自分」に酔って
いるだけだからです。
 
私はここであえて、「がんばるな日本」と言いたいです。なぜならばがんばる、すなわち馬車
馬のように働く、これまた欧米キリスト教流の、「人は神の奴隷だ、ただでこき使え」と言う
発想の延長だからです。
 
大震災前の日本全体の気脈を読みますと、実はこれが変に沸き立っていました。もちろん、
不況とか就職氷河期とか、表向きの日本は必ずしも沸き立っていませんでした。にもかかわ
らず気脈は相変わらず沸き立っていて、しかもそれは数十年前の高度成長期のころから基本
的に変わっていませんでした。一言で言えば表向きの日本と内なる日本の気脈は、特にここ
数年相当にかい離していました。
 
そこにドーンと東日本大震災、時を同じくして日本の気脈・水脈は深いところにどっと引いて行き
ました。今ではその流れる音すら聞こえないほど深いです。で、気脈が変わった、これは日本を
根本的に変えるチャンスであります。でももしここで頑張ってしまうと、その結果は良くて「復興」、
つまりまた元に戻るだけです。これではせっかく引いた気脈もまた元に戻ってしまうだけです。
 
今引いている気脈はいずれ早晩浮き上がってくるでしょう。でもその時の気脈の流れ方は
過去とは全く違うものになっていなければなりません。そのためには日本全体がガラッと
変わること、復興ではなく創造にならなければなりません。そのために関係者がやることは
無意味に馬車馬になることではなく、関係者一人ひとりが水脈を感じ取ってそれに自分を合わ
せることです。
 
どうか、力む前に瞑想して下さい。自分の内を清めて、体内の気脈を日本のそれと一体化して
下さい。今望まれている東日本の再生は、成功すれば日本全体のの再生になるのです。日本の
将来は一重に地方の多様な活性化にかかっています。いままでの一極集中はもはや弊害以外の
何物でもありません。地方が引っ張る多様な文化の集合体、これが近未来の日本の理想的なあり
かたです。

転載元転載元: アナログでいこうよ

急激な円安について

円安が急速に進んでいる。
ほんの前に史上最高値(実効レートではない)をつけたと思ったら、わずか半月で10%超の下落である。
 
円安自体は、アメリカの利上げ観測が予想されている為、基本、下落基調なのだが、
やはり、この円安の理由は原発(放射能リスクと言い変えても良い)に関する日本への不信なんだろう。
 
諸外国の日本の原発に関する不信は極めて高い。
ルピーに引き続き、菅直人がタイム紙よりバンブラーという有難くない命名を頂いたようだし(戦略国際問題研究所(CSIS)の日本専門家、マイケル・グリーン氏の発言を引用)、 不信は頂点に達しているようだ。
 

ウォールストリートジャーナルが自衛隊を評して 「大活躍している唯一の組織」と評したが、日本の政治・行政(中央の官僚組織)組織は、諸外国から機能不全に陥っていると見られているようである。
 
 
日本の秩序ある被災者の行動は世界から称賛を受けたが、日本のエリート層には、今、世界から侮蔑と軽蔑のまなざしを受けている。
 
 
それが今の日本売りの真相だろう。
 
 
世界の理想の軍隊とは、兵:日本人、将軍:アメリカ人と言われて久しいが、
戦後65年。
兵は強いが将軍は相変わらず無能と外国から思われているようだ。

 
全国各地で新学期が始まろうとしています。
そして放射線の強いところも新学期に入る学校がほとんどのようです。それは、教育委員会が国の判断をそのまま取り入れて「安全だ」としているからです。

 

でもこの問題は「安全かどうか」ではないのです。

これについてのわたくしの見解をぜひ述べたいと思っています。

・・・・・・・・・

日本の法律では、1時間に0.6マイクロシーベルト(外部被曝と内部被曝の合計)を越えたら、そこを「管理区域」に設定して、掲示をし、一般の場所と違う取り扱いをします。

つまり、幼稚園、小学校、中学校で1時間の放射線が0.6マイクロシーベルトを超えている場合は、次の標識を学校の門に張ってください。

驚くべきことに学校が管理区域に入っているところが多いのです。

この場合、「安全かどうか」ということは議論するべきではないのです。 法律的にある放射線を越えたら、管理区域にする必要があり、「学校に立ち入るには、本人の同意はもちろん必要ですし、みだりに人を立ち入らせてはいけない」のです。

 
 
学者の中には、放射線は害にならないとか、放射線を浴びた方がむしろ健康になるとか、プルトニウムを食べても食塩より安全だという先生がおられるのは事実ですが、それは学説です.学問の自由ですから、何を言ってもかまいません。

 

しかし、次のことはハッキリしています.

1)   安全かどうかは別にして、1時間に外部被曝と内部被曝の合計が0.6マイクロシーベルトを越えたら、標識をつける、

2)   学校にみだりに児童、生徒を立ち入らせてはいけない(もちろん、幼稚園、保育園、高等学校、大学も)、

3)   教育委員会は政府と独立であり、それでこそ児童生徒を守ることができる。

・・・・・・・・・

もう一つの問題を指摘します.

 

人間は「自分で選択できるもの」はある程度危険なことも許されます。しかし「強制的に全員が行うもの」については、一人残らず、全員が危険を冒すことについて同意する必要があります。

学校では、児童、生徒は先生の命令のままに行動しなければなりません。従って、教育委員会も先生も、管理区域に入るところでは、児童、生徒を強制的に校舎に入れることはできないのです.権限はないのです.

保護者の方も、ご自分でご判断できることではありません。お子さんの健康はお子さんのものであり、お子さんを勝手に管理区域に入れることは保護者でもできないと私は思います。

 

一体、誰のための教育なのでしょうか。教育は児童、生徒のためであって、教育委員会のためではありません。

人間には、命令できることの限度があります。児童、生徒は「物」でしょうか?

(平成2346日 午後6時 執筆)


武田邦彦
 

 
石原知事“花見禁止令” 「連帯感は美しい
  「桜が咲いたからといって、一杯飲んで歓談するような状況じゃない」
 「同胞の痛みを分かち合うことで初めて連帯感ができてくる」
「戦争の時はみんな自分を抑え、こらえた。戦には敗れたが、あの時の日本人の連帯感は美しい」
 
 上野恩賜公園では、すでに「うえの桜まつり」の中止を発表。園内の至るところに宴会の自粛を呼び掛ける看板を設置。恒例のぼんぼりは点灯せず、ごみ置き場や仮設トイレもない。
 上野恩賜公園管理所の渡辺裕チーフは「来園者の反応は、『こういう時だからこそ、盛り上がりたかった』という声と、自粛は当然という意見の半々。
 上野公園をはじめとする都立公園では、飲食を伴う花見自体は禁止しないが、アルコールが入り、過度に盛り上がっている団体には、ガードマンが自粛協力をお願いするという。千鳥ヶ淵緑道のライトアップや、国立劇場や靖国神社などのお花見イベントも中止が決まっている。
 
 
 
 
っというわけで、自粛宜しく。
関西も頼むよ。
特に、関西の方釣りに行っちゃ、ダメよっ(藁)
お外、危ないから。
先生が許しても、石原君が許しませんから。
 
テレビも自粛ジャー
 
 
CMは、ぽっぽんーん。のみ流しましょう。
 
こんな日本に誰がした。
 
 
美しい東京を御作りになられる為にも東京都知事選は当選だよねぇー。
 
 
っと言うわけで、宴会を自粛する為にも写真をUPします。
春の気分を少しでも味わって下さい。
 
 
 
千代田区の千鳥ケ淵の桜=6日午後

理と情念、思いやり

4/5の記事をテイストを変えて論じます。
 
1%と感情、悲しみを観る。
 
 
数字の認識について、私は渡邉正己教授や武田教授と同じくしています。
記事中専門家達は数十年先のリスクとして1%を議論していますが、おそらく、あっても1%っと私は認識はしています。(但し、現在の数字です。)
ところで、数十年先のリスクを議論するとしたら、他の諸リスクも並列で考える必要が出来て来ます。
 
上記、識者達の説明に対し、
自分の一生であっても1%のリスクが増えることを、恐怖と思うか問題なしと感じるかと問いかけられたとしましたら、

そう思う方もいると思いますが(感情的には理解できます。)、

私の場合、
恐怖で説明しましたら、自動車事故や他のリスクの方がおそらく高いと理解していますので、合理において比較になりませんと判ずると思います。
もし、恐怖で説明するならば、自動車事故等のリスクをより恐れないと論理的に矛盾すると感じるからです。
 
 
単純な差し引き。
プラスとマイナスです。

その意味で恐怖を引き合いに出し、現在の被ばく量によって高まるリスクを考えるのは、理において間違っていると個人的に感じてはいます。
 
ただし、感情は別と考えています。
ですから悲観、親の情念を引き合いに出しています。
 
理では非効率ですが、感情では理解出来る事が世の中には多々あります。
 
是非、一度、思い起こして下さい。
 
 
沖縄や八ツ場ダム、、、etc、理と情念が衝突した事を思い起こしても良いのでは?っと個人的に提言したいです。
 
 
理と情念が衝突してしまった時、その衝突を緩和できるモノがあるとしたら、それは他者を思いやる気持ちではないかと私は思っています。
 
効率と感情、情念は時に衝突する事を私達は経験的に知っていると思いますが、その時の所作も、また、知っていると思います。
 
現象を理解する意味で数字は必要ですが、
悲観、悲しみを認識し、その感情を和らげる方法として数字以外のモノも必要でないかと最近、感じています。
 
 

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