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『始めよければ、終わりよし』
『終わりよければ、全てよし』 この一瞬、真逆に感じるコトバ、実は真逆でも何でもない。
『始めよければ、終わりよし』は 『始めよければ全てよし』としても語られる事も多く、始めさえ良ければ、全て良いのか的な突っ込みを入れたくなる慣用句だったが、 標題のように『始めよければ、終わりよし』が正しい使い方のようだ。 なぜ?間違われたかは、残念ながら不明。
意味は物事の滑り出しがうまくいけば、終わりも良い場合もありますよっ、もしくは多い的なモノであり、
さらには、 始めがうまくいけば、すべてが順調に進み、最後によい結果を得る。 つまり、最初は慎重でなければならないという戒め的な言葉だ。 (類語で『始め半分』がある。) それに対し、 『終わりよければ、全てよし』は 結果がよければ、動機や途中の経過などは問題にならない。 ものごと終わりがすべてと解釈されるが。。。 どうも、
「終わりよければすべてよしだ」と言わざる終えないイタイ状態が想起され、 途中でトラブルがあったり、問題が起きたりでどうにかこうにか結果を出せたという場合を指す場合が多い。
順調に計画通りにいった場合には、わざわざ『終わりよければ全てよし』と、言う必要がないわけで、
『終わりが良ければ、何でも良いでしょ』って威張る為のモノでなく、『終わりよければええじゃないか』って苦労を、前向きに捉える為の慣用句が正解だろう。
って何気に、この両成句、間違って使われ易い注意成句だが、
実は、この上記、2つの成句の語源は同じで、シェイクスピアの戯曲中に出てきた言葉、
「初めよければ半分成功、終わりよければすべてよし」
らしい。 これが、これで意味深く、まぁ、何とも。。。
この劇の標題は『終わりよければ全てよし』であり、通常は喜劇に分類されるのだが、単なるハッピーエンドに終わらないのが、この物語の肝だ。
物語は貴族のバートラムに想いを寄せる孤児、ヘレナを中心に進み、あの手、この手でバーラムにアタックし、最後は観念したバートラムと目出度く結ばれるハッピーエンド?の物語であり、
で、王様が件の「初めよければ半分成功、終わりよければすべてよし」ってエレナの努力を褒めたたえ劇を締めくくるのである。
さて、この後、バートラム君はどんな半生を送ったんだろう?
はっきり嫌いだと告げている女につけまわされ、皆の前で恥を掻かされたうえに陰謀によって既成事実を作られて無理やり結婚させられるという悲しいバッドエンドになるのだが、
この2人、末長く幸せに暮らせたのだろうか? 劇中におけるバートラムの性格を考えても、2人が幸せに末永く暮らしたという保証が作品からは得られない、すっきりしない劇だ。 シニカルだなぁ。ホント。 で、私はシニカルに鳩山総理に上記、お言葉を贈りたいと思います。
『終わりよければ全てよし』を目指して頑張ってください。っと
さて、鳩山総理は日本の慣用句的な意味になるか?
はたまた、シェイクスピアの戯曲のバートラム、もしくはエレナになるのか? 勿論、相方は、その場合、オバマ大統領、それとも小沢一郎?(笑) 個人的にはエレナが鳩山首相だと思うが、どうにも陰険さが氏からはなく、とてもバートラム・オバマをニヤリ出来そうもない。(T_T) 尚、相方が小沢一郎の場合は、鳩山氏は断然、バートラムだろう。
何せ、小沢一郎をはっきり嫌いっと言って、鳩山氏の所属した新党さきがけは連立を離脱したわけだから。
で、今はニヤリ、エレナ・小沢一郎と楽しいハネムーンを過ごしている。
まぁ、ともかくシュールな終わり方だけは止めてね。 日本語に直すと、普通の理屈では説明できない(現実離れした)終わり方だけは止めてねだ。 『シュールだね』で穏便に済ますことができる便利な言葉ですが、日本語に直すと厳しいなぁ〜。
まぁ、一つの『微妙』な、的な使い方である。 まぁ、頑張りぃ〜。 沖縄のコトバ『なんくるないさ』も鳩さんに送ろう。 最も、これは、これで使い方を間違っている(爆)。 続く
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