<就職内定率>大学生57.6%「就職氷河期」下回る大学生の就職難が社会問題化している。厚生労働省と文部科学省が16日、正式発表した10月1日現在の内定率は57.6%(前年同月比4.9ポイント減)で、「就職氷河期」と言われた03年(60.2%)を下回り、調査を始めた96年以降最低を更新した。不況などを背景に企業が新卒採用を控え、それに伴い活動の早期化・長期化を余儀なくされる学生は疲弊。企業側は事態の改善に動き始めた。
◇高校生は40.6%
厚生労働省は16日、来春卒業見込みの高校生の就職内定率(9月末現在)を発表した。内定率は40.6%で、過去最悪の減少幅だった前年同期を3.0ポイント上回ったが、有効求人倍率は0.87倍(前年同期比0.02ポイント減)で、依然として厳しい状況が続いている。 昨年に、引き続き日本の雇用情勢は厳しいようです。
(それでも昨年度の新卒の求人倍率は1.6倍)
就職した大学生、60.8%―就職あきらめ進学?に対する違和感
このような社会情勢に対し、
就活くたばれデモ-東京・関西・札幌・愛媛で問題だらけの就活の現状に異議申し立て(11/23)
というデモやるそうですが、、、
何をどう改善したいのか、正直わからないのが本音です。
就職活動が人生に与える影響は大きかったとうのが、経験者の体験を通じた素直な気持です。
その大事な就職活動に対し、デモ参加者はいったいどのような想いで、社会に何を訴えたいのでしょう。
コメント欄にある象徴的なエクスキューズを紹介したいと思います。
『参加者の訴え』に投稿します。
おかしいことにはおかしいと言いたい、というのが実行委員をやるきっかけでした。 人のせい、社会のせいにしたっていいじゃない。10月時点での来春卒内定率は57%です。自己責任じゃないでしょ! 100社落とされてまだ活動できる人もいれば、20社で、5社で、1社で折れる人だっていていいじゃないか! だって新卒至上主義がおかしいんだから。希望が見えないんだから。 今まで苦労してきた会社員のひとも、「自分の頃はこうだった」と価値観を押し付けず、現状を冷静に見つめてみてください。 せっかくの学生生活、のびのびやろうよ!デモに参加して語り会えたら嬉しいな! 自己責任の便利使いは嫌いですが、良い意味で自己責任を問い質したいです。
自己責任です。
何かの所為にするのは構いませんが、何かの所為にして、現状に変化をもたらす事が出来るとは到底思えません。
半ば義務教育と化している高校と違い、大学生活は社会に出る為の準備期間と位置付けられると思います。
実際、同学年の少なからずの人々が働いている現実に対し、認識不足を私などは感じてしまいます。
それを『のびのび』やろうなど、勘違いもいい所です。
20年前と比較し大学進学率は3倍以上にも上り、大学卒という価値は旧来と比較し下がり続けています。
60%を超えユニバーサル化へ、学歴の現在位置と、その未来予想図
大学生の学力低下に想うー内田樹先生記事抜粋
『のんびり』する人としない人には差がついて当たり前と感じます。
そして、自分達が『のんびり』したいから、回りに無理やり『のんびり』させようとしてるとも思ってしまいます。
本人達は違うと言うかも知れませんが、求めるている事はそれに近いと予想します。
自己の可能性を信じない(努力を放棄する)子どもたち
人生の時間の使い方は自由であるべしと私は思っています。
そして自由には自己責任が付随するモノと考えています。
就職活動や勉学以外にも人生の意味はありますし、人生に様々な色どりを与えてくれると思いますが、何処に対して、どのような理由で重要視するかは個々の自由であり、権利と言いたいです。
そして、その自由、自分の時間を決められるという権利に対しては、当然、自己責任という名の責任が付加されます。
もし、その責任が付加されない時、その自由はどうなるでしょう。
おそらく暴走する事になると思います。
自由には責任が付属します。
その自由について彼らはどう思っているんでしょう。
自由の結果に対する通知表として就職活動があると思いますが、その通知表をまずは、受け止めて欲しいと感じます。
誰かの、社会の所為にしても、まずは自己責任で己を見つめ直す機会にしなかったら、おそらく、その方々はずっと何かの所為にし続けると思います。
同様な論法に『親の所得と学力格差』 がありますが・・・
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言いますが、デモ参加者には社会に何かを望むと同時に自分で何が出来るかも考えるベキと言いたいです。
人の『素養』について思う②−日本への提言3
にも記事にしていますが、主体性をもって困難に立ち向かって欲しいと感じます。
そして、主体性を持つカギは、己を軸にモノ事を俯瞰し考える事です。
上記、デモ参加者の方々の中心軸は何処にあるのでしょう。
社会に何かを求めている点で、思考の中心軸に己れでなく社会を感じてしまいます。
グローバル社会に生き残る『素養』を得るために③−未来への提言6
に記載していますが、失敗を含む、様々な経験に対し如何に考えるかが未来を切り開く境目とも感じます。
個人的な経験ですが、失敗の原因のほとんどは、主体的に考え・行動しなかった場合です。
分析の結果、あの時、積極的にこう考え、行動していれば良かったという結論になるかと思います。 『失敗』を繰り返さない人は物事を主体的に捉え努力している方と、私は考えます。 記事引用しますが
『失敗』を繰り返す方とはどんな人でしょう? それは、『失敗』の原因を他者、環境にし、自分は悪くないと考える人に多いと感じています。 折角、天があなたの気づかなかった足りない部分を教えようとしているのに、他者のせいにしていたら気づくわけがありません。 また、他者、環境のせいにする人は、如何に自分が悪くないかをアピールする必要がある為、一般に愚痴が多く、回りに多大な迷惑を与えます。 これは間違ない事実でしょう。
失敗は成功の母ですが、母にするには、その為の心構えが必要と感じます。
そこに大なり小なりあれど、何かの責任に問い続けている限り自己の成長はないと感じます。
厳しい言い方でしたが、デモ参加を呼び掛ける実行委員会さん達は、主体的に行動を起こそうと企図した方々ですので、そこについては好感を抱いています。
が、その動機が何かというと点に疑問を感じてしまいます。
動機が
『私達は苦しいです。』とどしても感じてしまいます。
私には言わせれば皆、苦しいです。
高校卒の内定率は大学卒より遥かに厳しく感じますが、その点について彼らはどう考えているんでしょう。
個人的には今の雇用情勢が何によってもたらされているのか考え行動して欲しいと思います。
その何かを見つけデモで是非、主張して下さい。
その何か(原因)でなく、結果である就職のみを問題にし主張した時、それは誰かの所為にした事になると考えます。
デモ参加者、及び関係者にはパネルディスカッション等を通して、己の世代のみでなく既卒者、高校生も含めた雇用状況の深耕を図って頂きたいと切に望みたいと思います。
さて、一方、我々、大人世代はどうなんでしょう?(大学生を子どもと言いたくありませんが。。。)
共同社会の一員として自己責任の名の基に彼らの苦境を放置するのは、あまりに安易とも感じます。
彼らが苦境にあえぐ理由に、我々が既得権益者として、その上に坐している事も影響が大きいと感じます。
雇用延長の名の基に多くの高齢者がそのまま企業で働き続け、カネを稼ぎ続けています。
経済的理由で高齢者(65歳以上)になっても働きたい団塊の世代
私達は現在を未来につなぐモノ達です。
次のバトン走者である若者が挫けようとしている時、それを放置するのは間違いと思います。
今日も、一部の識者が、昨今の就職事情に絡み、大企業中心の希望を出す若者に対し、なぜ?中小企業に入社しないかと批判していましたが、非常に安易で考えの浅い発言と感じます。
テレビ等で発言する識者は中小の辛さを、悲しさを実際体験した事があるのでしょうか?
製造立国を主張し、実際は技術音痴で日本の現状を知らない経済評論家に通じますが、非常に残念に感じます。
「まず隗より始めよ」を欠く日本
http://blogs.yahoo.co.jp/k99999five9/24258032.html なぜ?若者が中小を選択しなのか?
それを若者の草食主義的な保守性のみにしている点で非常に浅慮であると感じます。
日本の中小企業は減り続けています。
その理由を、テレビで若者のチャレンジ精神の希薄性を詰る識者は知っているのでしょうか?
そして何より日本では起業も減り続けています。
つまり、日本は統計的にチャレンジして成功している例が少なくなっているとも言えるのではないでしょうか?
端的に言って日本では中小での成功が企図し難くなっていると感じます。
社会で働く皆さまは如何に考えていますか?
これはこれから社会に出る若者の責任でなく、私達、大人に大きな責任があると感じます。
その観点抜きに社会に出ようとしている若者の悩みを自己責任名の基に切り捨てるのは、日本のさらなる衰退を招くと感じます。
いろいろ考えましょう。
私達の未来の為に。。。
現在でなく未来を考える事こそが私達の責務です。
そして、その責務について一緒に考えて行きたいと、私は多くの方々に呼びかけたいです。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2010年11月21日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




