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GDPとは仕事の量(労力)と定義する事が出来ます。
そして、その労力に見合った給与を貰う事で経済が回っています。
GDPを増やすとは仕事を増やす事です。
ところで仕事を増やすとは私達にとって本当に仕合せなんでしょうか?
元来、日本人は必要な量だけしか働きませんし、その仕事を極める事に喜びを見出して来ました。
が、明治維新以来、必要以上に稼ぐと言うキリストなる異物の思想により、仕事に関する考え方が歪み、いつの間にかに義務と考える人が多くなって来ています。
キリスト的には仕事とは苦行と捉えています。
宗教上、キリストものにとって仕事とは義務であり、神にささげる供物とされています。
その供物とは苦しいホド、良いとされますので、、、。
ですので一般にWorkとつく単語は苦しいです。hardworkが代表例でしょうか?
一方、日本は仕事を道となし、精神修行の一種とし、喜びを見いだしています。いました。
極める事は楽しいです。
道を愉しみ、道を究める。
その道とは苦行なんでしょうか?
現在、日々の生産革新によってGDPを構成する仕事の絶対量、労力が減って来ています。
にも拘らず、
我々はキリスト教的、欧米思想に取りつかれ仕事(労力)を、GDPを増やそうとしています。
いったい私達は誰にその苦行を捧げるのでしょう。
(おそらく欧米の金持ちに対してなんでしょうけど。)
生きるために仕事は必要ですが、その仕事の量が皮肉にも技術革新により社会全体(マクロ)で減ってきています。
しかし、仕事をしないと個人(ミクロ)は生きて行けません。
さて。。。
その仕事とは無理に増やすモノなんでしょうか?
GDPが減ったからGDPを増やすというのも一つの解決方法とは思いますが一度、別の視点で一考するのも良いかと個人的にお勧めしたい所です。
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2011年05月29日
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ところで私、
良くデジタル思考と言われるのですが、当人にはまっく、その自覚がありません。 むしろ、デジタル思考と指摘する方の方がよほどデジタルに見え不思議に思ってもしまう事が多々あります。 デジタルとはご承知の通り事象を数字で表す事を意味します。
しかし、現象とは数字で表せるほど、簡単でなく、基準によって容易にその全容が変わります。
私は職業上、数字を扱う世界にいますが、基準によって全貌が変わり、判断を間違える事を見て来ましたし、そして、自分も何度か失敗を経験しています。
その失敗を犯す理由とは、基準によって数字が変わるという事もありますが、それ以上に基準となる軸が、変数が多数あるからです。(正義もそうですよね)
ある現象を見た時、その現象を構成する要因は多々あり、そして、その要因の原因となり得るものはさらに。。。
そして、それらは複雑に関係し合い、何々を直せば何々が上手く行くと言うホド簡単ではありません。
そして、それは関係するモノが多いほど難しいです。
ですので、一般の方が考えているほど、数字に携わる人達(実績を残す科学系の人はその傾向が強いです。一方、経理関係の人は場合によるとカネでしか判断しませんので実にデジタルです。)はデジタルでなく、むしろアナログで全体を俯瞰し、対処しますし、その方が実績を残しています。
人にプレゼンする時、判断する時に数字は使いますが、逆に言うと基準が多極である事を知っていますので数字に対し絶対の信用を持ちません。
ですので、多極で構成されている世界を、絶対の普遍性をもって幼稚にも科学や経済、人を語り、言い切るような場合に、私は強い違和感を持つタイプです。
ここ最近、日本経済をGDPという観点で捉え語っていますが、現象面でGDPを捉えた場合、その解決方法は実に簡単です。
GDPが少なければGDPを増やせです。
この意味わかりますでしょうか?
GDPを構成する要因は多々あり、その要因をおりなす原因は無数。
これを一々、言及しますと多くの場合、情報過多になり何がなんだかわからなくなる為、人に何かを話す場合、ある一面に集中し、事象を語る事で分かり易さ追求する方法があります。
経済合成の誤謬等、イロイロな指標がありますが、基本ある一面でしか経済を語ってなく、その一面に拘り過ぎると大きな間違いを犯します。
GDPも同じです。
仕事もそう。
パラダイムシフトをする事でいくらでも、その捉え方が変わり、善が悪に悪が善に変わります。
そのような事象をあーだ、こーだ、デジタルで語る場合、そしてそれらの多くは複雑に関連し合っている為、数式のようなデジタルで表しますと多元、多重関数で語る事になります。
そして、それを理解するには相当な知識量と情報処理能力が求められ事と思います。
当たり前ですが誰もがそうようなモノを持ち合わせていると思いませんし、持ち合わせていません。
ある事象を完璧に表すには、グラフでいうところの軸が何十と必要(おそらく、この感覚が理解し辛いかな?)ですが、世の経済活動、人の思想などおそらく何百(無数)になるのは容易に想像がつくと思います。
そして何より軸が無数にあるという事は、その組み合わせ、相互作用は無限大です。
その無限大を理解できるほど、人は完璧でありませんし、おそらくミスを犯します。
にも関わらず、人は、数百でなく、場合によると一つの軸だけで、その現象を、人を判断しようとします。
無常です。
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