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イロイロ物議をかもしました京大カンニング事件ですが、相も変わらず現象面でしか報道できないマスメディアの知の劣化は興味深いモノでありましたし、何よりその報道の結果、私的には間違った方向にいっているようで何とも言えない気分にさせられた事件でもありました。
以下、私なりに想ったポイントを何点か挙げたいと思います。
異論反論がおありと思いますが、
今回、大学側がとった『偽計業務妨害』というカンニングの刑事事件化に賛意を示す人がいる一方、少なからずの人が疑問に思ったようでもあります。
実際、京大には抗議の電話が殺到しました。
偽計業務妨害の法律的な意味ですが、文字通り業務の妨害です。
大相撲の八百長問題も協会が対象者を訴えれば『偽計業務妨害』で刑事事件化出来ると思います。(八百長の当事者たる協会はしないでしょうが。。。)
つまりは、限りなく民事に近い内容であり、民間で対応できないから警察で、その捜査をお願いしますという内容の趣旨でもあります。(検察に対応されたくない事は訴えない)
では、なぜ?学校側は今回、警察の力を借りたのでしょう。
残念ですがカンニング自体は大なり小なり、試験と名のついたモノにはついて回るモノと考えています。
忌避すべき行為ですが、人間は弱い生き物です。
その誘惑に勝てずカンニングする人は多数に上ると思います。
本質的には今回の事例と平等を期す事を志向するならカンニングをした人、総てを、大学側は刑事事件化すべきだったと思いますが、現実にはそうなっていません。
その意味でカンニングという行為自体は刑事事件化に相応しい重大な話ではないと感じます。
本来なら、警察のような外部組織が関わる様な重大事件でなく、大学自治の範囲内に任せられる類の事例だったと私個人は考えています。
その意味で大相撲の八百長と同じ程度の問題と同じ。
では、そんな些事を大学はなぜ?刑事事件化したのでしょうか?
一つに現行犯でカンニグの現場を抑えられなかった以上、他の機関、例えば通信会社のデータ等の調査が必要でもあり、つまり学外の協力が必要だった点も大きかったと思います。
そして、メディアの過熱報道の影響も大きいでしょう。
事件発覚から一週間、メディアは緊迫を増すリビア情勢、国会の解散含みの予算審議、ニュージランド地震等、本来、より重要度が高いニュースの報道をせず、ひたすら一私人のスキャンダルを報道し続けました。
何か情報の軽重が狂っているとも感じます。
報道の趣旨も当該受験生への糾弾一辺倒であり、バランスを欠く報道でもありました。
メディアのアンテナの感度が壊れ、そのメディア報道に無批判に食いつく私達に危機感を覚えます。
その糾弾の圧力に対応して大学側は厳正な受験システムの構築をしようとしていますが。。。
私はそれが間違っているとしか思えません。
この種の話は科挙の時代があるから事です。
受験監視システムの強化が相応しい対応とは思えないのです。
単純に新種(新しくもも何でもない行為であり十分予見できる範囲の犯行)のカンニングシステムに大学側が、世論が右往左往しただけとも感じます。
では、なぜ?私達が右往左往するとするならば、その答えは過度な学歴信仰にあるのでしょう。
つまり、どの大学に入学したかを重視する風潮にあるのではないかと考えます。
何を学んだのかでなく、何処に入ったか?
その私達が重要視する入るという行為の正当性に疑念を投げかけるような行為だったので世間は大いに反応したのだと思います。
しかし、一方でカンニング行為自体は些事です。
そのギャップがマスメディア報道の過熱という現象に現れ、本来、私達が関心と興味を持たなくてはいけない情報から遠ざけたと感じてます。
受験が人生の成否を決める様な幻想を抱かせる事で、受験生が狂い、回りも狂う。
ならば、その対応は簡単で、単純に受験に対する人生の重要度を下げれば済むと私は考えます。
つまり、入試は簡単にし、卒業を難しくすれば良いと思います。
入学でなく、卒業に重きを置く教育改革をしない限り、この種の問題はなくならないでしょう。
子どもの数は20年前と比較し約半数。
大学全入時代ですし、学びたいと意欲の持つ学生の門戸を閉める必要性を私は感じません。
確かに学んだと言う許可を出す行為にこそ付加価値を、難易度を持たせるべきと思います。
そうすれば、不正行為をして大学に入学しても卒業出来ませんし、自然淘汰されると考えます。
今回の事例で最も問題な事は、
大学に不正合格した学生が自然淘汰されず無事卒業できると、多くの日本人が考えている点にあります。
それは不正合格した学生の学力が例え足りなくても大学の授業が実に簡単で安易に卒業出来ると世間が考えている証左でもあります。
そして、その卒業という資格が就職というモノに有利という認識。
この認識を改めるような事をせず、単純に受験監視体制を強化して未然に防ごうとしても、不正な手段で入学する事による利益が将来にわたり過大であると受験生が、日本人が考え続ける以上、この種の話は終わりがないと感じますし、その事実は受験にさえ受かれば良いという実に間違った認識を私達に抱け続けさせる結果にもなります。
冒頭のコトバを繰り返しますが、間違った方向にいっているようで何とも言えない気分にさせられます。
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