|
武田邦彦 生活と原子力02 1ミリ、100ミリ、「直ちに」の差は? 4月2日・100ミリシーベルトで発ガン率100人に1人は問題ない???
を読んで思った事を綴ります。
あくまでも私の主観に基づく感想です。
渡邉正己教授は 3月20日に
「100ミリシーベルトで健康に害を与えると仮定しても、発がん率はおよそ100人に1人。放射線の被曝がなくても100人のうち50人はガンになるので、あまり影響はないと予想されます。」 っと発言なさっています。 同様に、
渡邊先生と同じ長崎大学の先生は、「100ミリシーベルトで、100人に0.5人しかがんにならないので大したことがない」というふうにも発言なされていました。
この0.5%〜1%、ガンになる確率が上がると言う意味。
放射線を浴びることによってどのくらいガンになるかという「科学的事実」において、その見解は私も同じくします。
違いは「危険」と感じる程度と、 そして感情への配慮の差でしょうか?
渡邉正己教授の発言した数字自体に私は武田教授同様、異論がありません。
ありませんが、私達は教授にとって何なんでしょうか?
人でなく数字のような扱いを渡邊教授はしていませんでしょうか?
まるで製品規格を作る様な感覚です。
私達はモノではありません。
モノを考え、モノを言う人間です。
感情があります。
効率で考えるなら渡邊教授の考え方はあっていると感じます。
健康に影響を与えるにしても将来の1%(数十年レベル)を恐れ、故郷を捨てる判断をするのが妥当かと問われれば多くの人は残る道を選ぶと思います。
動けるのなら動くかもしれませんが、生活基盤を壊してまで移動出来る方は少ないです。
そして1%。
このコトバが重くのしかかります。
「してはいけないことによって出た放射線でガンになる」ということはわたくしには「してはいけない飲酒運転によって犠牲になった」と同じに感じます。
そして、その犠牲者たちに、この程度だから大丈夫でしょうっと大学の先生さんは言う訳です。
こんな程度だから気にしなくて当然。
私の職場の同僚で小さなお子さんがいる家庭は必死になってミネラルウォーターを買い求めています。
そして家庭によっては、小さなお子さんを連れて、親戚を頼り、西に疎開する方もいます。
その親御さんの気持ちは自分達でなく、自分のお子さんに向いています。
その親の情に対し、ほんの少しだから大丈夫と言えますでしょうか?
悲しみを観ると書いて、
悲観と書きますが、その悲観を意図せず否定してしまうような情報が多い事に疑問と感じます。
勇気づけようとしての発信と理解していますが、結果、悲観を否定する。
悲しみ観る。
その悲観を否定するのでなく和らげる方法も必要なのではないでしょうか?
悲しむ事自体を否定するようなバイアスを私は感じますが、その悲しみを観、受け止めてあげるのも必要と感じます。
なぜ悲しむのか、その論拠のなさを数字で語る識者が多いですが、数字でないコトバ、感情で語って欲しいとも感じます。
「してはいけないことによって出た放射線でガンになる」ということは、「してはいけない飲酒運転によって犠牲になる」と同義になると考えています。
その犠牲者に対して数字は無意味と感じます。
ただ、悲しみを知って欲しい。
観て欲しい。
仏の慈悲が、「衆生の悲しみ」を「慈しむ」のとあい通じます。
ですから、「悲観」とは「他者の悲しみを認識すること」 そういう認識にもとづいて、初めて、的確な行動が生まれるのだ、と考えます。 fusion師匠の御言葉です。
私も同意見です。
主観で構成された悲しみに対し、なぜ?そんなに『悲しむ』の?っと問いかける事が、時に残酷に聞こえる事に対し、世の識者は配慮して頂きたいとも思っています。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
渡邉正己教授 3月20日の発言内容。 「人間はガンで死亡するのが人口の約半分なので、放射線の被曝がなくても100人のうち50人はガンになる」 「原発の放射線が100ミリシーベルトで健康に害を与えるとしても、発がん率は100人に1人」 「だから1人だけガンが増えたからといって影響はない」・・・ん・・・??? 下記サイトより転載致します。 ↓ 武田邦彦 (中部大学) http://takedanet.com/ プロフィール http://takedanet.com/2007/06/post_7d91.html 特設スタジオ http://takedanet.com/cat5621932/ 生活と原子力02 1ミリ、100ミリ、「直ちに」の差は? 4月2日 http://takedanet.com/2011/04/1100_863e.html 福島原発で放射性物質が漏れたとき、一般人が1年間に被曝しても大丈夫な量は、 (法律と私) 1ミリシーベルト (解説者) 100ミリシーベルト 参考;(政府)「直ちに健康に影響はない」 と大きく違いました. これでは普通の人が迷うので、「違いの原因」だけ解説をしておきます . ・・・・・・・・・ まず、100ミリシーベルトを支持する専門家は、国立研究所系研究者、京都大学、長崎大学、東芝関係者などに多いようですが、その一人は、かつて長崎大学におられて、今、京都大学の渡邉正己教授です . わたくしは普通このようなことを論じるときに、個人名を挙げません。それは、内容を批判することがあっても、人間を批判したくないからです。 しかし今回の場合ははっきりと発言しておられますことと、ここでは渡邊先生を批判するのではないので、先生のお名前を挙げさしていただきました。 先生が3月20日に発言されたことは次のようなことでした。 「100ミリシーベルトで健康に害を与えると仮定しても、発がん率はおよそ100人に1人。放射線の被曝がなくても100人のうち50人はガンになるので、あまり影響はないと予想されます。」 これは先生のお考えであり、わたくしの考えとは違いますが、だからといって先生のお考えが間違っているというわけではありません。わたくしと違うということです。それでは何が違うかを整理してみたいと思います。 ・・・・・・・・・ 「人間はがんで死亡するのが、人口の約半分なので100人に50人はガンで死ぬ。だから放射線に被曝して100人に1人だけガンが増えたからといって問題ではない」というのが先生の趣旨です。 これに対して、わたくしは次のような例を考えます。 1) 「どうせ人間は100人に100人が死ぬのだから、交通事故で死んでも問題はない。それに、交通事故の死者数はわずか10万人に5人だから、交通事故対策等はやらなくてよい」 2) 「飲酒運転をしても、交通事故死の10分の1にしか過ぎない。ましてその数は100万人に5人だ。だから飲酒運転を取り締まる必要はない」 どうせ人間を100人に100人が死ぬのだから交通事故で死んでも病気で死んで同じであると言えば、それはそうかもしれません。渡邊先生はこのように考えておられると思います。 しかし、社会が交通事故を何とか無くそうとしているのは、人間が自然の中で死んでいくのは仕方がないが、幼い子供や青年が、また、仮にお年を召した人でも、やはり交通事故で亡くなるというのは悲惨なことだと日本社会は判断していると思います。 次に、飲酒運転による交通事故死は、交通事故全体の10%に過ぎません。ですから、飲酒運転で犠牲になる方は年間「たった」50人です。確率的で言えば「100万人に5人」にしかすぎません。100万人に5人しか被害を受けないものをメディアが騒ぐというのも問題かもしれません。 しかし、お酒を飲まなくても運転できるし、お酒を飲めば交通事故が多くなるのです。だからたとえ50人増えるにしても、日本社会は何とかそれを食い止めようとしてきたと私は思っています。 このような通常の社会的だ災害に対して、100ミリシーベルトの放射線を浴びると100人に1人がガンになるわけですから、約1億人の日本人を考えれば、1000万人がガンになるということになります。 現在では福島市の約半分がかなり危険な状態にありますから。放射線を浴びている人たちの数は100万人程度です。従って、福島県だけを考えても、1万人の人が放射線の被曝でガンになるということを渡辺先生はおしゃっています。 確か事故の福島県の100万人の人は、最終的にお亡くなりになる時の原因はガンが50万人ということになりますが、お年を召して自然にガンで死亡されるのと、福島原発から出た放射性物質を浴びてガンになって死ぬというのは大きく違うと私は思います。 まして、「時期の問題」を考えると、放射線による疾病の調査のほとんどは20年間ぐらいなので、現在の赤ちゃんは、仮に1ミリシーベルトの放射線をあびると、20歳ぐらいまでにガンになるということになります。 わたくしは、渡辺先生と考えが違うのはこのように思うからです。 ・・・・・・・・・ もう一つの違いは、飲酒運転というのは「してはいけないことをする」という問題でもあります。 今回の原発事故は、原子力に関係してきたわたくしにとって見れば、原子力が「してははいけないことをしてしまった」と申し訳なく思っています。 「原発を運転すれば必ず放射線が漏れる」ということが最初から判っていて、その上で国民は電気がいるという理由で原発を認めていたというのなら少し違うのですが、原子力の関係者は「今まで原発から放射線が漏れることはない」と言ってきたわけですから、今はせめて付近住民の方に安全な情報を早く伝えることと思います。 「してはいけないことによって出た放射線でガンになる」ということはわたくしには「してはいけない飲酒運転をした犠牲者」と同じと考えるからです . ・・・・・・・・・ また、わたくしは、「100人に1人」という数はかなり高いように思います。親の気持ちなれば、1000人に1人でも危ないと思い、1万人に1人ぐらいになれば、何とか防いであげることができると思うのではないでしょうか。 渡邊先生と同じ長崎大学の先生は、「100ミリシーベルトで、100人に0.5人しかがんにならないので大したことがない」というふうに発言されていました。渡邊先生とほぼ同じ数値です . わたくしは交通事故が「1万人に0.5人」ということを考えれば、これも100倍の危険ですから、非常に大きな値ではないかと思います。 ちなみに、福島県全体のことを考えると、すでに汚染が開始されてから1ヶ月になろうとしていますが、空間の放射線量が1時間あたり2マイクロシーベルトぐらいのところは、1ヶ月経ったところで、空間放射線から1.5ミリ、内部被曝が1.5ミリ、水から1.5ミリ、食品から1.5ミリで合計6ミリシーベルトぐらいになっています . それに、自然放射線0.12ミリ、胃のレントゲン0.6を足して約7ミリシーベルトが1ヶ月後に放射線がゼロになったとしての被曝量です。 被曝によるガンの発生が受ける放射線の量によるとしますと、100万人あたり7万人のガンがでることになります(渡邊先生の予想を比例計算)。 ・・・・・・・・・ このように整理していくと、渡辺先生とわたくしとは、放射線を浴びることによってどのくらいガンになるかという「科学的事実」については見解はほぼ同じです。 違いは「危険」と感じる程度が違います . おそらく、渡辺先生は100人が50人とか100人がガンになるような場合が「危険領域」とご判断されていると思いますが、私は100人中1人でもガンになるというのは「大変なことだ」と考えているという感覚の問題かもしれません。 この判断は、読者の人がご自分のお考えに合わせて判断するべきものと思います。政府やメディアは「1万人に1人ぐらいで騒ぐのは風評だ」と言っていますが、騒がない方が風評のように思います。 ・・・・・・・・・ さて、このことで二つ考えるべきことがあります。 一つは、一見して科学者の間で、科学的事実の解釈に差があるように見えても、よくよく見ると科学的事実は一致していても、「人生、健康、思想、政治的立場」で差がある場合があります。 このようなときに専門家はお互いに非難することなく「どこに考えの差があるのか」ということをはっきり言ったほうが聞いている方はよくわかると思います。 もう一つは政治の問題です。 かつては、日本に資本主義を支持する人と社会主義を支持するグループがあって、国会では与党と野党を形成していました。 こんどのような時には、資本主義を支持する与党の人はどちらかというと原発推進の立場から「このくらいの放射線なら大丈夫だ」という発言をし、それに対して、社会主義で野党の人は庶民を守ると言う見地から「危険だ、政府は隠している」と追及して、それがあるバランスになっていたように思います。 またメディアの中でも政府に批判的なメディアがあり、国民が放射線を浴びるのは良くないということを基本に、紙面を作り、それが政府を動かしたりしました。 しかし最近ではメディアも含めてオール与党のようになったので、今回の件でも政府の発表等を鋭く追及する力が弱かったようにも思います。 特にわたくしは、発電所周辺の海で基準値の3355倍の放射性ヨウ素が見つかった時に、保安院は「直ちに健康に影響はない」と記者会見で言っていました。政府は明らかに不適切なことでも言うこともあります。 それに対して、もし、わたくしがそこにたら、 1) それならば何万倍になれば危険になるのですか? 2) 健康に影響がないということは原発の近くの海で子供を海水浴させてもいいのですか? という質問をしたと思います。これを考えても政府発表に対しての記者の方の追及の力が弱いように思います。わたくしはそれこそがメディアや学者の役割と考えています。 (平成23年4月2日 午前9時 執筆) 武田邦彦 ・ 転載は以上です。
「淡交 You Tube」 http://www.youtube.com/user/tankou2008 青山繁晴氏の情報は「淡交」 非公開サイトをご覧下さい。 http://www.geocities.jp/tankou_2008/ 真実の情報が、より多くの人たちに伝わりますように・・・ワンクリック お願い致します。 にほんブログ村 政治ブログへ(文字をクリック) ![]()
|

- >
- 政治
- >
- 政界と政治活動
- >
- その他政界と政治活動
全1ページ
[1]






