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世界史上最初の日の沈まぬ国と呼ばれたスペイン。
その絶頂は短く100年程度と日本では教わっていると思う。
正しくは突然、日本の世界史の教科書からスペインの存在が無くなるだけなのだが・・・
教科書的な説明で行くと、イスラム勢力をイベリア半島から追い出した1492年(コロンブスのアメリカ大陸発見の年とも重なる)からスペイン(ハプスブルク家)の黄金期が始まり、イギリスのエリザベス女王に負けた( アルマダ海戦)1588年をもって終焉と記憶している方がほとんどと思う。
が、事実はイタミ分けで(スペイン側に有利な和約とはいわれえいるが。。。所感で行くと6分程度)、その勝敗の帰趨は決着が着かなかったのが歴史的事実である。
無敵艦隊を破ったイギリスだったが、追い返すだけで精一杯で、結局の所、広大な海外植民地を持つスペインに太刀打ちできず、消耗戦に耐えきれなかったのが本当のところのようだ。
では、スペインは如何にして歴史の表舞台から退場したのだろう。
基本、有史以来、貿易立国がその富を独占しており、自給自足経済の国(鎖国をしている国)は貿易立国と比較すると貧乏ではある。
ちなみに日本は明治維新まで平均的な一人あたりのGDPだったと言えるようである。
件のスペインが表に記載されていないが、調べてみるとイタリアのルネサンス期が終わりを告げる1500年頃から世界TOPになり1600年ぐらいまでにバーンアウトしているようだる。
その大きな要因の一つが新興勢力オランダのスペイン・ハプスブルク家からの離脱と言われている。
表で見て明らかのように、一時期、経済上の覇権をオランダは握ったのである。
(その後、オランダはイギリスと戦争して敗退、これをもってイギリスが海上貿易の覇権の握る。
所謂、アルマダの海戦での勝利が理由での覇権確立は間違った史観)
世界で最初の株式会社、東インド会社を1602年に設立し、スペインにとって代わり旧世界の貿易(香辛料貿易)をリードしたのである。
(他に世界最初の人間や家畜以外の動力源を用いた工場制機械工業への移行に成功するなど当時最も発達した先進地域だった)
では、なぜ?オランダがスペインから独立出来き、世界貿易の覇権を握ったかと言うと。。。。
これが今回の主題である。
どうも人種排斥の影響で、スペインは自壊したのではないかというのが、近年の研究で明らかになって来ているのだ。
実際、オランダはポルトガル(スペインから1640年独立)からインド貿易の実権を奪いはしたが、新世界における貿易も植民地も依然、スペインのモノであり続けたし、確かに宗教戦争(30年戦争)に負けたとは言え、ポルトガルが独立したとは言え、ヨーロッパ世界で、有力な国ではあったが。。。
その活力はレコンキスタを完成した時とは大きく劣ってしまったようだ。
海外にあれだけの植民地を持っていたのに関わらずだ。
では、なぜ?スペインは自壊したのだろう。
それは彼らが宗教的情熱をもってある階層の方々を国外追放したからである。
ユダヤ人とイスラム教徒をだ。(新教徒の国、オランダも同じ基準で見てとれる)
カトリック(スペイン)は宗教上、金融関連の仕事を忌避する傾向があり、その面で金融業を営み、資金を回していたのは、言わずと知れたユダヤ人の方々である。
そして、750年間もイベリア半島にいたイスラム勢力(日本で言うとろの奈良時代から戦国時代にかけて存在した勢力)の駆逐だ。
当たり前だが経済はガタガタになり、ボロボロ、にも関わらず戦争を続けたモノだから、当然、その戦争が勝てるわけになく。
結局、スペインは世界帝国(海上覇権国家)として、ヨーロッパ大陸にも覇権を確立出来る潜在能力を持っていたのに関わらず、可能性を自らの決断で捨て去り、最期はスペイン継承戦争で完全に歴史の表舞台から退場してしまったのである。
尚、追放したユダヤ人、イスラム教徒が何で生活の糧を得たかと言うと、海賊になりスペインを荒らしまくったのだから、踏んだり蹴ったりの決断をスペインはした事になる。
過去はイロイロと現代を生きる我々に示唆を与えてくれる気がする。
過去を学び未来に活かそう。。。そう思う。
※
ちなみにレパントの海戦で参戦する有名な赤ひげさん(漫画の登場人物じゃありません)はスペイン出身のユダヤ人と言われています。
他にもスペイン出身の海賊(イスラム・ユダヤ人伴に)はきら星のごとくいますが、彼らが情熱をもってイベリア半島を荒らしまくったのは想像に難くないでしょう。
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過去を学び、未来を読み解く
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中国と日本の結び付きは、一般に知られている以上に強いと私、個人は思ってます。
ただし日本側の一方的な片思いかな?
中国人の多くは知らないようですが、日本の公教育は中国文化を日本の一般教養として教育してます。 そして、その教育は、大いに日本文化に影響と恩恵を過去、与え、現在も与え続けています。
実際、中国は、ある時期まで世界TOPであり続けた偉大な大国でした。
西洋の発明(ルネンサンスの三大発明、ちなみに最近の教科書は三大改良と表記し始めているらしい)と言われてる火薬や、活版印刷術、羅針盤も中国初の発明であり、そして最も世界に影響を与え貢献したのは、何といっても紙の発明でしょう。
この紙の発明は、知識の保存を容易せしめ、後世における科学技術の加速度的な発展に寄与したのはご存知の通りです。
しかし、中国の歴史的成功は徐々に、徐々に陰ってゆきます。
宋代までは、あらゆる面で世界のTOPと言えましだが、遼にやられ、金に苛められ、モンゴルに征服され、再度、漢民族の明王朝が設立し、清に征服された後、長い停滞期を迎えるのですから、歴史は面白いです。 (常にTOPであり続けるのは難しい) 結局、中国は国家的極道組織、麻薬公売人(普通は密売人)である所のイギリスに負ける事で世界TOPから転落します。
それまで世界のGDP30%を占めており、世界の中心は中国にあったと言っても過言でありませんでした。 一方、我らが日本は10%。
何気に豊かな国でした。
ちなみに、開国で身ぐるみ剥がされかけど。。。、無知につけこむアメリカは今も昔も恐ろしい二面性を持った国です。
(国際的な金と銀の交換比率を知らない幕府を詐欺る。オランダはええ、国でした。)
基本、外に出ていかない王朝(国)は文化的には成熟(所謂、独自文化というモノ、ガラパゴス的パラダイス)しますが、科学技術の発達に不向きであり、特に清の鎖国政策以降、中国の技術的発達はほぼ止まってしまいました。
これは鎖国時代の日本も同様で、外と活発に交流している時は大いに科学技術が発達するのですが、交流を断った瞬間、技術発達の速度が遅くなったのは歴史が示す通りです。 結局、異文化、異なる技術との交流こそが技術の発達に一番貢献する要素なんでしょう。 近代(大航海時代以降)におけるグローバル化(均一化)の波は西洋において大いに科学技術の発達を進め、近年のインターネット(日本語不明)の登場はさらなる技術革新を促していますが、それも故無き事ではないようですね。
尚、中国が日本に与える強い影響(経済以外の政治、思想、技術面)は残念ながら、宋代までで、その時代の哲学である朱子学と陽明学は後代における日本の政治に大いに影響を与えましたが、宋代以降、ほとんど政治的つながりはなくなってしまいます。
(唐に入貢しなくなった遣唐使廃止が一般的な政治交流の途絶と言われていますが、朱子学、陽明学の影響を鑑み、宋代にしました)
私、個人は日本と中国(他の文化圏も)を比較しながら歴史を楽しむのが常でして、個人的印象ですが、元朝設立以降、その政治的影響はぷっつり切れるていると感じてます。
精々、中国による能動的、最後の影響は元寇により、鎌倉幕府が滅ぶ影響を与えたぐらいでしょうか?、その後はむしろ、日本の方こそが逆に中国へ能動的な影響を与え始めています。 ちょっとした影響は一休さんの将軍様が天皇にとって変わろうと明を利用したぐらいでしょう。 (個人的にですが室町以降の歴史は日本、西洋史の方が動きがあって断然、面白いです。) 秀吉君の朝鮮出兵は明王朝の滅亡の遠因にもなりましたし、ご存知、日本の明治維新の成功は東アジア全体に大きな政治変動も巻き起こしてます。
場合によると世界に様々な影響を与えたと思われる明治維新の成功は、わずか60年かそこらで東アジアの覇権を掛け、日本がビックリした黒船の国とケンカするぐらいだったのですから、 その発展の速度と発達は凄まじい事だったと思います。 アメリカ人もビックリしたようです。
さて、近年、イタイ国であった中国は、日本の影響(プラス、マイナス含む)もあって一時の停滞期を脱し、本来のポテンシャル(潜在的な力、本来あるベキ能力)、世界のGDPの30%を占めてた超大国に成長しようとしています。
願わくは、勃興する超大国、中国には斉の桓公のような堂々たる覇者を目指して欲しいと思います。
古代中国の覇者桓公は諸侯との約束を良く守り、労力を惜しむことなく他の為に働いた事で大いに信望を集め、その声望は他を圧倒し、春秋の五覇の最初の一人になってます。 また、余談ですが『牛耳る』の故事は、覇を唱える盟約の際、牛の耳を切り取ってその血を会盟者全員が飲んで誓約とした事からです。
ところで、今、中国のやっている事は、他国の信望を集めるような事を果たして、しているのでしょうか?
法律解釈をその都度、その都度の都合により変え、人によって法律の適用を変える人治国家中国。
(日本も小沢事件で見られるように法治国家でなく人治国家になりつつありますが、その危機を、その意味を報道しない大手マスコミ(報道各社)には呆れるしかありませんなぁ。あっはっっ) 他国の領海、領空を頻繁に伺い、隙あらば奪おうと言う危険な国。
最近も日米関係の緊張具合を確かめるように近海で大規模な軍事演習を行う嫌らしい国。 井戸を掘った人を大事にする国だが、一方で油断の出来ない国と言うか。。。 アメリカとケンカする兆候を見せるや、毒餃子の表面的な解決を図り(メンツを巡りかなり紛糾したらしい)、万博PRソングでの表面的な謝罪モドキを行う中国。
まぁ、韓国のように感情論
(井戸を掘った人も忘れる人達、金融危機における日本の貢献を韓国は知らないようです。
大手新聞(中央日報)でこれだからねぇ、素晴らしいよ韓国クン。
http://blogs.yahoo.co.jp/x_men_go_go/25677587.html、http://blogs.yahoo.co.jp/x_men_go_go/25691485.html)
だけで行動しないだけ、まだマシだし、自身の輝かしい過去の歴史、特に春秋時代を振り返り、是非、世界の主要国として相応しい国、可能ならば虎狼の国、アメリカ(米国)に対抗できる徳治政策こそを行って欲しいと切に願う所です。
その為にはまず、国内の各種矛盾を解決せねばならないでしょうが。。。 まぁ、頑張れ、頑張れ。 しかし、日本で何気に使っている言葉の語源が中国経由である事がなんと多い事か!!
バカもアホも古代中国が語源です。
皮肉を言えば、近代中国でない事が中国の苦境を表していますなぁ。 (日本人は勢いのある文化に弱いです。) ちなみに今の日本語で氾濫している和製英語、モメンタム(勢い)、リテラシー(解析能力)、イノベーション(技術で世の中を変える造語)、ソリューション(解決、ちなみにソリューションビジネスがIT関連と同義語になっておりややこしい)は総て日本語に直せるですが、直さない所に日本人らしさがでています。(笑)
この節操のなさが日本人の長所であり短所でしょうか? 漢字で書くと、その言葉を初めて聞いた場合も大よその意味がわかります。
これこそが漢字文化素晴らし長所です。
ところが、西洋のカニ文字、カタカナは意味を知らないと成立しません。
(一方、研究者や医者等の専門家は意味を知っているので、使い易いし、安易に使っちゃう) その利点をもう少し、世の識者は考えて欲しいのですが、私も使っています。(爆)
皆さん漢字を使いましょう。(私も)
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会社員とかやってるとなかなか自分の思った通りに出来ないもの、小さくとも一国一城の主を目指す人も多い。 かと言って牛後の安定感も捨てがたく、信頼の置ける牛を見つければ安定した生活送れたりもする。 鶏口か?それとも牛後か?これ大いに難しいところだ。 ちなみにこの「鶏口牛後」、元はこんな話だったりする。 昔々、紀元前の中国のお話。 当時の中国には主に7つの国がありましたとさ。 そのうちの秦という国がとても強く、しばしば他国を侵略しては小国を悩ませていました。 秦は小国に対して武力侵攻や恫喝を繰り返しましたが、小国もなんとか自国を守ろうと必死。 どの国も、秦の要求を受け入れるかそれとも敵対するか、決断を迫られていました。 そんな中、ある政治家が「寧ろ鶏口となるとも牛後となるなかれ」と言って六カ国連合を説いて回りました。 その声に動かされて六国は対秦同盟を結び、秦の足元に下る変わりに合従協力して立ち向かう道を選んだのでした。 だいたいだけどこんなお話。 で・・・ 歴史を顧みるにその後どうなったのかっていうと・・・ 歴史は今の私に鶏口を勧めるのかそれとも牛後を勧めるのかというと・・・ そのようにして成立した六国合従もすぐに足並みが乱れ秦に与する国なども現れ、この同盟はその後まもなく消滅しました。 足並みの乱れを突いて秦は敵対国を滅ぼし、続いて同盟国をも次々に滅ぼし、ついに紀元前221年、始皇帝が初の中国統一を成し遂げたのでした。 結局鶏口も牛後も滅びてんでやんの。残ったの牛口だけかよ。 しかしその秦も始皇帝の没後は内部から崩壊し、過酷な専制政治は各地で反乱を招き、史上初の中国統一から僅か15年後には滅亡したのでした。 で、結局牛口もすぐに滅びちゃったと。 鶏口となるか?それとも牛後となるか? まああれだね、このあたりの歴史から見ると、あれだね。 ・鶏口も牛後も滅びて牛口だけが一人勝ち。 →驕り高ぶってるといつの間にか新しい鶏口がたくさん出てきて牛口も滅びる。 →数多くの鶏口の中から牛になるものが現れ(以下繰り返し) そんなことをずっと繰り返してるのかも? 牛が丈夫なら頼ったほうがちょっとは長生き、牛が弱ってれば鶏頭に立って次の牛を目指すって所なのかな? 力強く育つ牛に立ち向かう鶏の姿は悲しい。 しかし衰え行く牛にしがみ付く姿は哀れだ。 あなたの「牛」はどう?
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日本は産業立国と呼ばれて久しいが、その基盤は残念ながらガタガタだ。
なぜなら産業立国を支える人材、開発・研究者の数を担保する理工系学生が減少し続けているからである。
特に工学系における学生数の減少は急激だ。
19992年に比べ、2004年の工学部系の志願者数は60%も減っている。
団塊ジュニア世代の頂点、もっとも子どもの多い世代と2004年のデータを比較している点で恣意的なデータに感じるかもしれないが、大学進学率が92年の26%から46%になった事により、大学進学に対する実数で2004年の方が学生数で6万人(92年の1.1倍)多い事を鑑みると、理系離れは事実と捉えて間違いないだろう。
まぁ、深刻な状態なんでしょう。
「理工系学生の製造業離れが、製造業の空洞化を招く」
これは今から20年ほどさかのぼった1989年、通産省が指摘した言葉である。 つまり国として、日本を支えていたと思われる産業競争力に対し、20年以上前から疑念を抱いていたわけである。
疑念を抱いていたにも関わらず、結果的に学生数は減り続けているので、当然の帰結として、日本の製造業における産業競争力は落ち続けた。
派遣解雇で問題になったキヤノン宇都宮工場は本業が振るわず、一部、更地になってしまった。
(ってなわけで社員化を希望した仕事自体が今はない)
しかも、擦り合わせ産業(部品と部品を組み合わせても正常に機械が動作しない世界)の粋、半導体の露光装置での敗退である。
強いと言われていた産業機械装置産業でも外国企業との競争に負けるほど、日本の技術力は落ちているのだ。
素材産業等も大分、落ち目になり始めているので、そろそろ貿易赤字国へ転落だろうと思う。
キヤノンの装置産業における敗退は、日本が、日本の力の背景である産業競争力低下を放置し続けた結果の一つの結実であり、端緒と理解している。
非常に笑える話だ。
にも関わらず、テレビで出演する識者は相変わらず日本のストロングポイントは製造業と言っている。
まさに喜劇だ。
ところで、なぜ?こうも理工系学生が減ってしまったのだろう?
上記事象を説明する時、給与面での待遇格差が原因であると言われるが本当であろうか?
記事:文系理系の生涯賃金格差は5000万円」〜さらば工学部
確かに、文系と理系を比較した際、その待遇面で差があるのは事実だし、理工系離れの理由の一つだと思う。
が、これらは昔から存在した事実である。
むしろ過去においてこそ、能力に見合わない待遇格差(年収格差)がされていただろう。
やはり、日本の産業競争力低下(学力低下と同じ)の背景は日本人の気質の変化が一番影響があるのだろうと感じる今日、この頃だ。
緊急医療の現場での人員不足が叫ばれているが、おそらく同じ背景だ。
産科や小児科の先生が減る一方、美容整形の先生が増えるのも同じ理由。
記事:日本人の仕事に関する意識調査
日本人の意識調査を見る限り、近年、重視する項目で増え続けているのは余暇だ。
まぁ、要は働きたくないのである。
本当は非常に大事な事なのだが・・・。
何だかねぇ。。。
正直、理系と文系の職場を比べた場合、金融、不動産、弁護士、税理士とわずかな時間(?)で、たくさんの給与を貰える職業が目白おしだ。
一方、理系、特に工学系の開発者は、その職種の重要度に関わらず、就業時間は長く、給与は低く抑えられている。(若干変化が見られているが・・・)
その就業時間は多くの場合、べらぼうだ。
一カ月の超過勤務は平気で100時間を超えるし、朝は神奈川、昼は青森、夕方は群馬で夜は神奈川の研究所で朝まで実験なんて日程を平気でこなす。
もちろん次の日もいつも通りだ。
給与面でも悪く、余暇も少ないのでは、選ばれる理由がないと言うか・・・。
理工系の特に工学系の学生数減少は、日本人が賢く自分の進路を選択した結果なのであろう。
正直、昔堅気の開発者は自らの着想の現実化、製品化だけを夢見て頑張れたのだが、今の日本人はそれだけでは頑張れない時代になったのだ。
今の日本人はヤリガイでなく余暇と年収をバランス良く見て判断しているのだろう。
賢い、賢い。
さて、現実として日本は、どう将来像を描くのか?
モノづくりの世界において早晩、日本は退場だ。
人材供給が細り続ける以上、仕方あるまい。
工場は海外、研究所は日本なんて言うのはあり得ない。(非常に難しい)
日本の製造業の強みは垂直統合の分野で発揮されて来た事実を鑑みると、水平分業の世界はかなりキツイ世界だと感じる。
工学系が現場と離れ、その強みが発揮出来るかと言うと、現実は限りなく難しいと思う。
まぁ、海外駐在、ないし人材の海外移転だろう。
実際、工学系開発者の海外滞在日数は増える一方だ。
基礎研究の世界ではあり得るが、工場が海外に流出した時、工学系の開発者もいつか日本からいなくなる。
(工場の海外流出が確定的である以上、その意味で日本の研究開発分野は質的変更を求められているのかもしれない。)
将来にわたり、日本が産業立国である事を目指すのなら、給与、余暇を含む総合面での待遇改善が工学系開発者に必要だと個人的に思うのだが、最早、間に合わないだろう。
実に残念な事だ。(笑)
中国の春秋戦国時代、燕の昭王は、国力強化の為に家臣の郭隗にその策を問うた。
郭隗の返答は「まず私を優遇してください。さすれば郭隗程度でもあのようにしてくれるのだから、もっと優れた人物はもっと優遇してくれるに違いないと思って人材が集まってきます。」と答え、昭王はこれを容れて郭隗を師と仰ぎ、特別に宮殿を造って郭隗に与えたという。
これが後世に「まず隗より始めよ」として有名な逸話になった話である。
日本の現状は春秋時代の燕と逆である。
日本の最優秀な工学系の開発者はアメリカを志す。(アメリカの力の源泉、世界中から人材をかき集める)
なぜなら待遇がいいからだ。
終身雇用も壊れ、過度な成果が求められる以上、待遇の良い世界を目指し、人は移動して行く。
ただでさえ、工学系の人材が細っている時に最優秀の人材の海外流出だから、どうやって日本は成り立つのか皆目見当がつかない。
まぁ、モノづくりで日本は成り立つ必要もないので、他に外貨を獲得できる手段を目指すのも一つの方策だが、何かあるのであろうか?
「まず隗より始めよ」を欠く日本の将来は暗い。
って感じるが、まぁ、悪くても中国人と同じ給与になるのだから、it's take easyだ。
キットどうにかなるだろう。
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昨年、アメリカが中国の事を、世界でもっとも重要な二国間関係と評しましたが、これは中国に対する警戒感の発露だと思います。 |




