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いったい、あの関係者情報は何だったのであろう? |

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こんにちは、ゲストさん
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いったい、あの関係者情報は何だったのであろう? |
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毎週のように検察批判の記事を大きく掲載している「週刊朝日」(朝日新聞出版)の記事をめぐり、東京地検が編集部側に抗議するという異例の事態に発展している。掲載された記事を執筆したジャーナリストの上杉隆さんが、ツイッターで「東京地検特捜部から編集部に出頭要請がきた」と書き、出頭方法を募集するなどしたため、ツイッター上では騒ぎが広がっている。 |
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朝青竜と小沢氏、この二氏の問題は非常に類似性が強い気がするがどうなであろうか? |
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●ポイントはここでしょう。
社民党(旧社会党)と組んだ後の姿勢が180度違う。 1995年 韓国や中国に『政治的意図で反日教育をしておいて、何が将来の友好だ。 ↓ 2003年 ノムヒョンとの会談。 「僕が以前から心に抱いていた夢、頭で考えていた構想と同じものを、韓国の大統領の口から聞くとは思わなかった。驚いたとともに大いに感銘を受けた。」 「(構想実現のため)永住外国人への地方参政権付与は認めるべきだろう」 あろうことか、 ノムヒョンと理想を共有ですか……… orz ポリシー編(社民党と組む前) ---------------------------------------------------------------------- 1986年 憲法運用・解釈論は必要だが、すべてをそれでやると非常に危険。ある程度のもの をきちんと合意してつくっていくことが必要で、その意味では改憲論者かもしれない。 1989年 「野党がなぜ万年野党なのか。それは国の存立にかかわる外交、防衛、治安など根本の政策が野党に欠けているから」 1986年 「社会党のような感覚では、これからの地域開発も政治もだめ。社会党が強いところほど後進、後発地域が多い」 1994年 マスコミの意識は今でも自民党政権下の55年体制の中。自民党の批判をしていればよかった。日本社会に問われていることはマスコミにも問われている。時代の流れの中で、オリジナルな主張を打ち出していくべきだと思う。 1994年 朝日新聞は『アカ新聞』か『ブラックジャーナリズム』かと思った。私はこうしたペンの暴力を断じて許してはならない、こういう信念で戦っている。 1994年 政治は所詮、権力闘争。もちろん、権力の源泉は国民。国民主権なんだから。最高の権力者たる国民の信頼をどちらがより多く得られるかで、政権を行使することになる。 1995年 「私は韓国や中国に『政治的意図で反日教育をしておいて、何が将来の友好だ。いつまでも憎悪を忘れさせず、残るのは憎しみだけだ』などといつも言っている。そのようなことをきちんと面と向かって言うことが大切だ」 1995年 自衛隊の指揮権を国連にすべて預けるという考え。主権の一部委譲になってもいい。 1999年 本当の日米関係を築くなら、日本は同盟国、友人としてやれるだけの責任と役割を果たさないとダメだ。英国は労働党でさえ最後は米国と行動をともにする。国家としての威信とプライドをきちんと持って同盟国として存立している。 2000年 「戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の占領政策は、日本を二度と国際政治の場に登場させないように、民族の力を弱体化させるのが目的だったが、戦後経済の復興だけは、一生懸命やってくれという姿勢だった。衣食住、経済を復興させることだけは許されていたから、当時の吉田茂首相は、まずこれに全力を傾けた。吉田首相自身が後に、こんなことではダメだと日記に書いている」 2000年 「僕は、(永住外国人に)地方参政権を付与することによって彼らのわだかまりを解き、帰化を促進させられると考えている。(中略)地方参政権を付与して帰化を促進することは、朝鮮半島有事における日本の混乱状況を防ぐことにもつながる」 2000年 中国の朱鎔基首相の来日時に会談を断る。「特に中国首脳の場合、迎賓館に各党党首が出向いて次々に会談していく。まるで君主に臣下が拝謁するように。こんなやり方は米国大統領だってやらない。中国首脳だけ」 ---------------------------------------------------------------------- ポリシー反転(社民党と協調後) ---------------------------------------------------------------------- 2001年 「土井さんと憲法理念は一緒。前文と9条は変えないでいこうと思っている。前文については、基本的に私が今までも主張してきたことだ」 2001年 靖国神社には二つの問題点。(中略)戦犯として処刑された者までも『戦争で倒れた』という解釈で合祀しているということだ。」 2001年 自衛隊を全部国連に預けるべきだ。国内には、ほんの応戦部隊と訓練部隊でいい。 2002年 講演にて。中国共産党の情報部の人が来たので『あまりいい気になると日本人はヒステリーを起こす。核兵器をつくるなんて簡単。一朝にして何千発の核弾頭を保有できる。日本はそういうことになれば軍事力だって負けない』と言ってやった。 2002年 福田官房長官の非核三原則見直し発言について 核兵器の保有とは、国家の存立にかかわる重大な問題。それについて政府のトップが無責任に発言することが、どれだけ国益を損ねるのか分からないのか。 2002年 世間から、野党は安全保障論が一致しないとか言われるが、全然大丈夫。共産党でさえ国連中心。平和を乱すものがあれば、最終的に武力行使もやむを得ないと言っている。社民党の大勢も同様だ。ましてや民主党はだ。 2003年 ノムヒョンとの会談。 「僕が以前から心に抱いていた夢、頭で考えていた構想と同じものを、韓国の大統領の口から聞くとは思わなかった。驚いたとともに大いに感銘を受けた。(中略)こうした構想を日韓両国で実現していくためにも、永住外国人への地方参政権付与は認めるべきだろう」 ---------------------------------------------------------------------- あまりの変貌振りに、ツッコミどころ満載すぎるのですが… とりあえず、 「ノムヒョンのように日本を壊すな!!」と思う方は、ここをクリック。^o^ ↓ https://blog.with2.net/in.php?756992
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2の続きです。 |
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