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『その一言を言っていけない』奥様が不機嫌な理由
にて
*お互いの大きさを常に意識して尊重している為、夫婦関係が上手くいっている場合が多いと言う。
このキーワード、かなり重要だと私は思っています。
内田樹氏の評論によると、
家事労働が重労働であった為と認識されていた時代、夫婦はお互いの大きさ、その存在に感謝し合えたそうですが、技術の急速な発展により、家事労働が重労働と認識され難くなった事で、女性の家事のみにおける仕事に対する感謝の念が急速に薄まったと説いています。
未だ、家事労働は残りますが、以前と比較にならない程、便利なツールに囲まれています。
男は外、女は内。
その役割分担も労働的に等価であると世間一般的に認識されていた時代は良かったのですが、『お前は良いよなぁ』に代表される男性側の気持ちは、世の奥様に対し、何となく居心地を悪くしいます。(していた。)
それに対抗すべく、世の奥様は私が大変だと主張する為に、精神的な苦衷を夫に訴えかけるようになりました。
所謂、70年代からバブル期にかけての代表的な奥様向けドラマの設定。
妻の精神的苦衷を省みない夫への抗議、別の言い方で家庭を省みない男性への抗議ですね。
内田樹氏は、実労働で重労働と認識されなくなった為、対抗上、世の奥さんが私の仕事の大変さ辛さ、重要度をアピールする為に始めたと解説しています。
そうでもしないと、5分の人間関係を維持できなくなるからだそうです。
この一方的な引け目をドラマで晴らした設定は、ほとんどの場合、サラリーマン家庭でした。
前回記事での引用ですが、
二人で店を切り盛りしている夫婦や、農業を営んでいる夫婦などは、相手がいなければ生活が成り立たないので、お互いの大きさを常に意識して尊重している為、夫婦関係が上手くいっている場合が多いと言う。
ような設定、つまり農家やお店で、旦那さんが家庭を、というか奥さんを省みない設定って存在し難いわけで、70〜80年代のドラマに夫婦の悩み、破綻を題材とした家族ドラマに、上記設定は合わなかったわけです。
内田樹氏はかなりシニカルに当時の専業主婦を評していますが、
実際、夫を支える事で社会とのつながりを認識していた、その時代の専業主婦層にとって、世の男性陣のお前の仕事、楽だなぁ的な視線は耐えがたい苦衷だったと思います。
(この場合、設定は都会で回りは知らない人だらけ)
自らの仕事が否定される苦衷は察して余りあります。
必要時間が絶対的に減ったとは言え、家事労働の重要性は変わりません。
相当、不満があったと思います。
この風潮が最初に変わり始めたのが、雇用機会均等法による女性の社会進出です。
これによって、男性は外、女性は内という役割分担が崩れ始め、なぜ?女性だけが外で働き、かつ内で育児も家事もしなくてはいけないのか?という非常にラジカルな問いかけを女性側が発し始め、徐々に共稼ぎ世帯を中心に家事・育児は分担しするようになりました。
実際、家事労働を支援するのツールの急速な発達により、家事労働に対して特別な技能を必要としなくなっていた事で、男性の家事への参加が1980年代後半から促され始めます。
この結果、フルタイムの共稼ぎ世帯が当たり前になった影響で、専業主婦の悩み、家庭を省みない男性の設定が急速に減って行き、共稼ぎしているのにも関わらず、なぜ、女性だけが家事や育児を担当しなくてはいけない的な悲鳴のようなドラマ設定が目立つようになりました。
上記影響で、70〜80年代に奥様だった世代は働く事への憧れが強く。
80年代後半から90年代に奥様だった世代は、働く事を実現しましたが、育児と家事もこなさなくてはいけない現実に疲れています。
そして、2010年代。
参考記事:高まる専業主婦志向と現実の壁 http://blogs.yahoo.co.jp/k99999five9/24936321.html
就職氷河期を通じ、苦労してもどうにならいけど、頑張ろう的に歯を食いしばっている団塊ジュニア、ロスジェネ世代をしり目に、20代はかつてない程、専業主婦への憧れ、憧憬があります。
シロガネーゼに代表されるセレブな専業主婦に憧れる世代の台頭ですね。
知らない間に、専業主婦と言うネガティブな状況(離婚を考えると自立をしていない女性は不利という考え方)が、勝ち組の象徴とも言うベキ職業(?)になってしまったようです。
男性も変わったと言うべきか、専業主婦に対するイメージが変わり、逆に奥さんを専業主婦にしてあげる事がステータス的な感覚になりつつあります。
上記背景によって、70〜80年代の奥様方と違い、今のシロガネーゼに代表される方々は如何に、旦那さんに稼いでもらうか、それに集中し、変な愚痴、精神的苦衷を述べなくなって来ています。
同時に旦那さんも、お前の仕事、楽だなぁ的な視線でなく、奥様に楽させているのが男の甲斐性と認識するようになり、視線が柔らかくなってきています。
結局、高度成長期の男性、女性(特に団塊の世代)は、その母親達が如何に苦労して家事をしたのかを知っていたので、それとの比較で楽になったと認識していた事が、上記、お前の仕事、楽だようなぁ的感覚の氾濫に繋がったと思っています。
一方、男性の平均年収(450万円)が下がる中、家事に専念出来る女性の旦那さんは、その多くは年収が多く、世間一般的には勝ち組と言われる方々ですから、その象徴として専業主婦、セレブなシロガネーゼとして専業主婦を世間は捉えるようになりました。
時代は変遷しますね。
大学在学中から婚活する女性も増えているそうですし、確実に時代が、常識が変わりつつあると感じます。
(婚活に失敗し、社会に出ることなく、スキルを持たない女性が出現し始め、その事が社会問題として認識され始めています)
ただ、互いの見栄で専業主婦を認められても、それって真の夫婦関係なんでしょうか?(そうでない関係も多いですが。。。。20代婚活学生のお話を聞くと・・・)
一番大事な
お互いの大きさを常に意識し尊重している状態になるのか疑問を感じてしまいます。
結局、
『今は多くの夫婦が、明日食べるモノに困るわけでなく、逆に満ち足りているからお互いに感謝の気持ちを忘れてしまっている場合が多い』
って識者のコトバが正しいと感じてしまいます。
貧乏だけどココロまで貧しくなかった
的な、ゲゲゲの女房が視聴者に受けいられるのも上記関係と無関係でないかと。
個人的にあ〜だこうだ、時代の変遷を分析してみましたが、正しいかわかりませんし(ある一面は捉えているつもり(笑))、これ違うって言われるのも承知していますが、
夫婦関係の基礎、人間関係の理想は、(国と地方の関係、国と国の関係の基本は)
お互いの大きさを常に意識し尊重している状態を指すのでしょう。
そして、片方が、その大きさを自覚しなくなった時、その関係は破綻しかけるのだと思います。
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ココロ
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週刊『エコノミスト』 2010 6/1特大号 より抜粋
著者 高橋みちこ
『なぜだかわからないが、うちの妻はいつもイライラしている』と感じている中年男性は多い。
年齢的に『更年期だからだろう』で済ませてしまいがちだが、妻のイライラの背景には、男性の思考回路を超えた、思いもよらない真実が隠されている。
男女の違いのうち、夫婦関係に影響を及ぼすものの一つに、『要求の仕方』が挙げられる。
たとえば、夫のワイシャツのボタンがとれてしまった。
すると夫は、妻に『ワイシャツのボタンを付けておいてくれ』と頼むだろう。
男性は、自分の要求をストレートな形で妻に依頼する。
ところが、夕食の後片付けをしたくない妻の場合は、夫に『今日はあなたが片付けて』とは言わない。
『なんとなくだるくて、調子が良くないみたいなの』と言い、夫から『じゃあ今日は僕が片付けるから、お前はゆっくりしていなよ』という理想的な一言を引き出そうとするのである。
もし、夫が妻の『体調が良くない』との発言を真に受け、『病院に行ったらどうだ』と言おうものなら、妻は『は?!、そうじゃなくて、お皿洗ってって言っているの!』と心中で叫び、必要以上にガチャガチャと音をさせながら、自ら夕食の後片付けにとりかかる。
女性は、自分の要求を言葉にせずとも察して行動してくれることを男性に求めるのである。
他にも、妻が発する変化球タイプの依頼にはいろいろある。
休日、夕方近くの『今日はイロイロあって大変だった』は、『作るの面倒だから外食したいわ』
夕食後の『ここのところ腰が痛くて・・・』は、『布団敷いて』
連休近くの『子どもがおじいちゃんに会いたいっていっていたわ』は『たまには一人でのんびりしたいから。実家にでも行ってきてよ』、など。
妻が急にムスッとし出したときは、妻が投げた変化球を取り損ねてしまった可能性が高い。
ところがこれが、『うちの妻は常に不機嫌だ』『数年間そんな感じだがら、妻の不機嫌には慣れてしまった』という場合、事態はより深刻だろう。
妻が常に不機嫌だったり、冷やかな視線を送ってきたりするのは、夫に対して『あきらめ』の気持ちが含まれている事が多い。
妻側に『鈍感な夫だけれど、まだ望みはあるわ』という気持ちがあるうちは、夫の悪癖を直すためや、自分の求める事を気付かせる為にサインを発し続ける。
しかし、それが長年続き『もうダメだ、私が何をしてもこの人は変わらないし、私の望む事もわかってくれない』と気付くやいなや、妻は夫に何かを望むのを止めてしまう。
一度あきらめの境地に入ると、妻は夫を『男性』ではなく、『嫌だけどれど仕方なく一緒にいる人』、あるいは『私が面倒をみなくてはいけない、子どもと同じように手がかかる人』と、位置づけ、夫の言動に冷ややかな視線で眺めるようになるのである。
妻が夫に対し不満に思う項目は以下のとおりである。
①妻への接し方
②妊娠、出産、育児
③DV
である。
①の妻への接し方では、妻の愚痴に対する対応も重要だ。
確かに仕事から帰宅し、疲れた状態で妻の小言を聞くのは大変かもしれない。
が、この時、適当に聞き流してはいけないし、まして反論してもいけない、そして『要するに何が言いたいのか』と結論を求めるのなど、自殺行為以外の何物でもない。
この妻の話に対し、耳を傾け、妻の目を見て相槌を打ったり、時に真剣に考え込む素振りを見せたり、同調の意味を込めたコトバを発するだけで、妻は『この人は私の話をきちんと聞いてくれている』と思うのだ。
この時、注意しなくてはいけないのは、相手が求めない限り、アドバイス等の発言、つまりは意見を言ってはいけないのである。
相手はただ、話したいのであり、聞いてほいしいだけなのだと肝に銘じるのだ。
また、夫が、仕事に関わる話を妻に話す事も効果的だろう。
それにより妻は、自分は夫を取り巻く社会の一員であると自負し、満足感を得る事出来るのである。
(専業主婦の場合、特に夫を通じて社会の一員であると認識する場合が多い)
夫婦関係に詳しい専門家は『長年夫婦をしていると、当たり前の事が当たり前でなくなり、他人に出来る事が妻には出来なくなる。
その代表が”あいさつ”だ。
あはよう、おやすみ、あいがとう、ごめんなさい、という日常の一言が大事』と話す。
②の『妊娠、出産、育児』は、男性の気持ち次第だ。
妻は妊娠、出産、育児を通じ、母親になり、これまで夫に注がれていた注意や神経や愛情の多くは子どもに向けられる事が多い。
この時、男性側の多くは自分に対し、子どもが生まれる前と同じ扱いを要求するのだが。。。
良く言われる、『うちには子どもが二人いる』的な状態であり、妻にとっては夫が子どものような存在になる。
そして溜め込まれた不満は子育てが一段落した頃、安堵とともに放たれるのである。
③は特に解説するまでもないだろう。
なお、夫婦間で言ってはいけない事は、以下のフレーズである。
夫の『いいよね、お前は家にずっといて好き勝手やれて』
妻の『仕事、仕事って、本当にそんなに忙しの?、何でこんなに稼ぎが少ないの?』
である。
この相手への思いやりの欠片もない発言をした時、お互いのココロは離れ、夫婦関係にとって何らメリットも無い状態になる。
夫の『いいよね、お前は家にずっといて好き勝手やれて』を『家の仕事は休みがないから大変だろう。いつもありがとう』に言い換えた途端、妻の夫に対する態度は大きく変わるだろう。
『ねぎらい、思いやり』こそが、長年連れ添った夫婦の格好の潤滑油なのである。
『今は多くの夫婦が、明日食べるモノに困るわけでなく、逆に満ち足りているからお互いに感謝の気持ちを忘れてしまっている場合が多い』っと指摘する識者は多い。
例えば、二人で店を切り盛りしている夫婦や、農業を営んでいる夫婦などは、相手がいなければ生活が成り立たないので、お互いの大きさを常に意識して尊重している為、夫婦関係が上手くいっている場合が多いと言う。
もし、妻の機嫌が悪いと気付いているのであれば、関係を立て直すことはそれほど難しくないかもしれない。
夫婦の円熟期をより良いモノとする為に、ちょっとした気遣いが必要だ。
転載終わり
人間関係の基本は思いやりであり、感謝ですね。
社会の最小単位、家族ですら、その原則が崩れている状況は、日本の社会が不機嫌になっている証左であり、これをどう立ち直らせるかが、今後の日本の将来を決めるような気がします。
まずは、身近な回りの人に対してこそ思いやりを示し合いましょう。
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苦しい時に自分を勇気づける魔法のコトバ。
他に『まっいいっか』、『どうにかなるさ』もあるが、異国情緒あふれる『なんくるないさ』の魅力には負けるだろう。 私は『まっいいっか』が好きなので左記コトバを愛用しているが、世間一般的な人気は断然、『なんくるないさ』が上回るようだ。 この『なんくるないさ』的な発想は、大自然と伴に暮らす農耕民族に共通する感覚で、古くは『モノは哀れ』に通じるかもしれないが、
結局、人間は大自然には勝てないから、まぁ、台風来ても、津波来ても『なんくるないさ』=『なんとかなるよ』と考えたのがはじまりらしい。 確かに、台風て畑がダメになってしょげても、それも当り前の日常であり、『なんとかなるよ』っと頭を切り替えるのが賢明であるのは言うまでもないだろう。
さて、この魔法のコトバも万能ではない。
で、どんな時にダメかと言うと、全力を尽くしていない結果に対し、『なんくるさいさ』では何の意味がないからだ。 人事を尽くして天命を待つと同じ意味で、努力をしないモノは報われない事が多く、適当にやった結果に対して『なんくるないさ』は、ただの問題の先送りである。 そして、このコトバは個人を、特に自分自身を慰めるのに有効なのであり、多数の人達に影響を与える人達が、頻繁に、この『コトバ』を使ったら最悪だ。
立場がある人は、例え、人事を尽くしても言ってはならないコトバが『なんくるないさ』である。
もし、使ったら反感を買う事、必至の情勢だろう。 同時に家族の家長も使いづらいかな?
もし、使うとしたら回りの人、特に奥さんや子どもさんが『なんくるないさ』って思いやりを示すのが、正しい使い方と感じる。 世の奥様、頑張っている旦那さんに『なんくるないさ』って声を掛けてあげてくださいませ。
旦那さんもキット全力を尽くしているハズですよ。 |
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鳩山首相の友愛宜しく、家庭に友愛を示す事を是とした団体がある。
その名は『全国亭主関白協会』だ。
略して全亭協である。 全国亭主関白協会設立理由は、
全ての社会問題は家庭崩壊から。 生じると断じ、その家庭崩壊の危機から家庭を守る事で、
日本はもとより、世界中に、愛と平和を発信していく事を目的とする。 団体だ、そうです。
まぁ、友愛ですわなぁ。
そして理念は以下の通りである。
(ホームページより転載)
関白の語源をひも解けば、時の権力者の2番目が関白である。
つまり、亭主関白も家庭ではカミさん(神)に頭のあがらない2番目の位置いるのだ。 考えれば、すぐわかる。 もし、愛妻が神でなければ、毎日毎日、次から次へと亭主に試練を与えるはずがない(笑)。 古い亭主関白達の歴史認識は甘かった。 亭主関白が一番エライと勘違いして「風呂、メシ、寝る」で事を済ませていたのは大いなる間違いだ。 時代は変わった。 亭主も変わった。 全国亭主関白協会の会員達の言う「私はかなり強いし、亭主関白ですヨ、ワッハッハ」 は、「いかに上手に尻に敷かれるかを研究している男です」と同義語なのだ。 そう、ネーミングは九州男児の最後のミエでした(笑) 。 こんなに情けない団体は、どこを探してもないだろう。
が、何はともあれ「妻害対策」はばっちり。 どんな試練も乗り越えられるノウハウを 蓄積している。
亭主関白とは「いかに妻を愛するか」なの・・・だ。 世の亭主族よ、ともにたちあがろう。
子供たちに男の背中を見せてやろう。
男たちよ、女を恐れてはいけません。
女はかわいい生き物です。 機嫌のいい時は・・・ 全国亭主関白協会 会長 天野周一
そして、会長の天野氏は日本の平和憲法宜しく、非勝三原則も掲げており、
勝たない、勝てない、勝ちたくない。
で非戦主義を貫いている。、
また、友愛宜しく、愛の三原則は
ありがとうをためらわずに言おう
ごめんなさいを恐れず言おう 愛しているを照れずに言おう だ。
この効果は格別だそうで、家庭崩壊に陥った幾多の家庭を救ったとか。。。何とやら。。。 さて、この妻への愛情、もしくは思いやりにあふれた情念って友愛と同じ精神である。 友愛とは、愛であり、思いやりであり、他を許す寛容性と私は考える。
まぁ、結局、愛や思いやり、寛容性があると、家庭が、世の中がギスギスしないのだろうし、
きっと非勝三原則、愛の三原則を実践している家庭は平和なんだろう、多分。。。 勿論、例外もあると思うが・・・
まぁ、どっちにしろ、互いに相手を気遣い、思いやりを見せ合う事こそが、破綻回避の道に繋がると感じる。
皆さん『思いやり』、『寛容性』、『友愛』そして、『愛』を大事にする事で社会のギスギス感を緩和させましょう。
えい、えい、おっ〜です。
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http://mainichi.jp/image/null.gif 厚労省調査:「女は家庭」派の妻増加 20代中心に変化
2010年5月31日 18時16分 更新:5月31日 18時31分 「夫は外で働き、妻は主婦業に専念すべきだ」「母親は育児に専念した方がよい」といった伝統的価値観に賛成する既婚女性の割合が、これまでの低下傾向から一転し、20代を中心に増加していることが31日、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所の「第4回全国家庭動向調査」で分かった。
調査は5年ごとで、今回は2008年7月に全国の約1万3000世帯を対象に実施。回答が得られた69歳までの結婚している女性6870人を分析した。
調査結果によると、「夫は外で働き、妻は主婦業に専念すべきだ」に賛成は全体で45%で、1993年の第1回調査時(53.6%)から前回の03年調査(41.1%)まで続いていた減少が初めて増加に転じた。
年齢別では、29歳以下が47.9%で前回調査より12.2ポイントの大幅上昇。30代が7.6ポイント上昇の41.7%、40代も6.6ポイント上昇の39.8%。一方、50代は2.5ポイント低下の42.3%、60代は4ポイント低下の57.2%と低下傾向が続いたまま。
妻の就業形態別の賛成割合は専業主婦が55.3%で最も高い。 現在、日本人夫婦の内、専業主婦(パートなし)は40%程12、1300万人いるが、近年、低下し続けた女性の専業主婦志向が底を打ち、逆に希望者が増えているそうだ。
特に今の20代は約50%が専業主婦を希望しているとの事。
さて、この希望に対し我々、男性陣は応えられるか?
ちなみに彼女らの希望は最低600万以上を希望していると思われる。
おそらくもっとか?
300〜500だと共稼ぎ年収だろう。多分
で、当該男性陣の比率はこんな感じ、理想と希望のギャップですな。
都会の女性の約40%が男性パートナーに600万以上の稼ぎを希望するが、実際に結婚適齢期を迎えた未婚男性で600万円をクリアしているのはわずか3.5%。
同時に就業者のほとんどを占める民間非上場企業の年収平均は430万円。
総ての年代による合算ですから、当然20代、30代など、もっと低いでしょう。
年収データ
なかなか理想と現実は一致しないようだ。
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