|
日本を殺すスキャンダル狂いhttp://blogs.yahoo.co.jp/k99999five9/24907966.html
を読む限り、
日本人は政策より、政治家のクリーン度がをより重視するのでしょう。
それに対し、共同社会の一員として、多少の違和感を感じはしますが、各人の思想の自由であり、その自由に文句を感じて、我慢できない程、不満に思うのなら、連立離脱ないし、日本人を辞めるベキと思います。 ですので、まぁ、しゃないなぁって考えています。 まっ、いいっかです。
おそらく、政治にクリーンを求める人と議論したら、国母君の幼い権利と権利の対決になり、正義と正義の戦いになって収拾がつかないと感じています。 同時に、政治にある程度のクリーン度を求める考え自体は間違っていないと思います。 問題は、その程度差ですね。 で、その程度差、適度なと言う所において議論は白熱し易く、単純化した方が解かり易いので、二元論になり易いのでしょう。 民主主義とは多数決です。(数の理論By小沢、現実に屈し過ぎて今や何を求めているか不明) ですから少数派の意見はどうしても、反映され難いです。 問題は多数派の考えが間違っていた時であり、その時、民主主義は機能不全に陥りのだと思っています。 ちょうど、竹下内閣(中曽根さんも)が少子高齢化に備え、消費税UPを企図した時、民意は反対を唱えました。
小沢氏は過去、何度か少子高齢化に備えて、竹下氏同様、消費税UPを企図していますが、民意の厚い壁に跳ね返されています。
さて、この機能不全、彼これ20年、続いていますが、いつ正常化するのでしょう。
ムダを放置した状態で行おうとした竹下氏や小沢氏の消費税UPの総てを肯定するわけでありませんが、社会保障費の赤字(総計60兆円弱)が税収より20兆円も上回る状態は異常でしょう。 その歪の放置は、そのまま、日本の将来の破綻につながります。
さて、過去、日本は何度か機能不全に陥った時がありますが、
そう言った場合は戦前の論調等を見る限り、少数派の意見を圧殺し弾圧する時に起こる気がします。 意見は意見として、何を思想として取り込むか、思想の咀嚼化ですが、その思想の咀嚼こそが、機能不全を回避する上で大事な事なんでしょう。
全否定からは相手の意見を拾い上げ、思想の咀嚼化は出来ません。 いろいろな考えに対応できるからこそ、その思想に普遍性を持たす事が出来るのであって、ある一方の思いだけでは、普遍性はなく。 その思想は独善になってしまいます。 もっとも総ての思想の取り込みは、ただの八方美人になってしまいますので注意が必要ですが、物事には必ず±があります。 何々だからキライ(間違い)、スキ(正しい)という単純なモノでなく。 この部分は肯定できるけど、この部分は肯定できないって個所があると思いますので、その肯定できる部分を取り込んで対応力を上げて頂ければと思います。 そして、その肯定する部分を広げるのは、相手への理解を深めるのみです。 理解をしなくては共感ではきませんし、相手の思想を取り込む事は不可能です。 自身が成長する為に相手への理解と共感に努めて見る事をお勧めしたいと思います。
それは自身のさらなる成長につながると思いますし。。。
って、このプログに頻繁に出入りしている人は、当たり前の感覚でしょうが。(笑)
また、同時に、他者の好きと言う部分に、えっ〜って疑義を評する事がありますが、それは皆さまの寛容性、私への理解に甘えての行動です。
その深い寛容性と理解に対し、深く感謝いたします。
|
ココロ
[ リスト | 詳細 ]
|
先日、大手回転ずし『かっぱずしチェーン』が2カン86円でサービスするとツイッターでつぶやいたが、
あれは軽い噴火と言うか、何を持ってそんな安くできるんかいなぁ?と想いが原因のつぶやきだった。
噴火友達の彼の方なら、場合によると真意を感じてくれたかもしれないが、いったい何処まで値段が下がるのだろう? 私事で失礼だが、両親が最近、草津に旅行したが、一泊2食、一人5千円、交通費は本来、往復6千円掛る所、お迎えバスが最寄り駅まで来て往復300円だ。
占めて経費は一人5300円。
なんでこんな値段が実現できるか?
理由はイロイロあるが、サービス業の場合、固定費を如何に削るかで勝負が決まるわけだから、それを最小にしているのだろう。 当然、サービス業なので人件費は大きなウェイトを占める。
限界まで削っていると見て妥当だ。 最近、地方の温泉宿では、外国人研修生が働いている場合が多いが、彼らは研修生なので当然のように安い人件費で働いている。
結果、人件費はドンドン下がってゆく。 民間の平均人件費は終に500万円(450万円弱)を切ってしまった。
給与が下がらないのは公務員ぐらいだろう。(平均給与750万円、デフレ圧力関係なし) で、稼ぎが減った人は、その生活を維持する為に、マスマス働き、結果、労働単価が下がる事で、マスマス給与が下がってゆく。
で、また働くと。。。 池袋の弁当戦争のお話をご存じだろうか?
南池袋激安お弁当戦争! http://ikebukuro.areablog.jp/page.asp?idx=1000002163&post_idx_sel=10131786 こんな立派な中身で350円、これが今や270円との話もある。
最早、生きる為に弁当業者は下げざるおえず、その割引が割引を呼び込む環境。
経済用語で俗に言うレッドオーシャンな状態。
誰もが血の海でもがき苦しんでいる。 ちなみに冒頭の温泉旅館の値段のからくりは既存施設の低い稼働率も関係している。
何せ、日本の宿泊施設は値段が高かったので、非常に稼働率が低かったからだ。 だから、値段を下げて稼働率を上げようというビジネスモデルで彼らは成功を今のところ納めている。 日本、全ての宿泊施設(ビジネスホテル含む)の平均稼働率は46%(2007年)。
地方の温泉旅館など30%前後がざらだから、その分を吸収する形で休日の値段を上げたり、宿泊客の値段を上げていたわけだから、その競争力は既存組織に対し一頭抜けた存在だ。 だから、上記、5000円の宿は盛況なわけだが。。。(稼働率を上げる事で利益を確保。)
この発想自体、別に否定はしないが、結局、この方法論だけでは特に何の独創性もなく、結局の所、真似され易く、何処かしくも同じことを始めている。 後は弁当屋や回転ずしと同じ道だ。 池袋の弁当屋は卸を出来る限り絡ませない事と大量仕入れで値段を下げてきているが、もっと大きなバーィングパワーを持つスーパーが同じ事を始めたら、おそらく太刀打ちできないだろう。
約束された破綻。 が、他に稼ぐ手段がないので働き続ける。
なんて世の中だ・・・
ブルーオーシャンの時期は短い、方法論(マニュアル)でなく、新しいモノを生み出す力の源泉、人(ソフト)に投資しない限り、成長は続かず、後は単純な体力勝負だろう。
勝ち残った先に何が待っているのか? それって幸せなんだろうか? ふっと疑問に思ってしまう。
働いている人が幸せになり難い職業が増え始め、仕事に対するモチベーションが下がり始めている。 だから、これまで当然だった客に対する感謝も、仕事も、全力を尽くさなくなっている。
アメリカ型の契約社会にもなりつつあるので、この対価に対し仕事はここまでと決めて仕事をする業者が増え始めている。 そうでもしないと値段を下げられないからだろう。 今の時代、競合会社は五萬といる。
競合他社がいて、差別化が出来ない場合、会社が生き残る為には、値段を下げざるおえず、その為に何かが削られてゆく。
以前の日本は対価に関係なくある程度の均一なサービスが受けられていたが、そのような時代は終わったんだろう。 要は、対価で受けられるサービスが決まるのだ。
経済利潤で安い商品と高級商品を差別化する以上、当たり前と言えば、当たり前なのだが・・・(代表例が保険の類、電化商品の保障期間も保守点検も値段次第、未だ顕在化していないが命の値段も。。。) 仕事も感謝もコストだ。
トヨタ生産方式は、手の動きだけでなく、目の動きも数値化して、あらゆ時間を削る人間の機械化を行っている。 そのノウハウは確実に日本のサービス業に活かされている。 テレビ等で民間企業、特に飲食店が声を張り上げて研修を受けるシーンがあるが、あれは総てトヨタ生産方式の影響だろう。
ちなみに製造業におけるトヨタ生産方式の研修はもっと過酷だ。 定型業務の効率化は人間の尊厳を奪い、ロボット化を促す。
当然、客に対する挨拶も定型業務(定型業務化で、マニュアル化でコスト削減するから)になるわけだから、応用などあるわけがない。 一方で、それに不満を持つ客もいるが、結局、安さで、サービスを選んでいる以上、その事に不満を述べる事が出来るかどうか・・・ 日本人はみんなで合成の誤謬に陥っている気がするが、それは私だけの感想ではないだろう。
自分が安いモノを買う事で、自分の首が締まってゆく、そんな錯覚を覚える時がある。
ユニクロは中国の業者に委託して安い商品を生産させているが、その実態は現代の蟹工船だ。
ユニクロは委託業者の責任を第一に挙げ、自分たちは関係ないと言い張るが、それは正しい姿なのだろうか? 当然、その歪みは我々、日本人の給与に跳ね返り、マスマス貧しくなって行く。
合成の誤謬に対し、私は対策を持たない。
出来るとしたら、政治の力だろうが、その対応は得するモノと損するモノ別れ、子ども手当等の論壇見られた権利、対権利の苦しい主張を互いにし合うような気がする。
ちょうど沖縄に対する徳之島、もしくは本州のような関係だ。 大阪の橋下府知事が普天間のヘリ部隊を誘致しようとした際、大阪の住民、市長の多くは反対を表明した。 ならばなぜ?彼らは海外と主張しないのか? 私はその点に対し非常に疑問である。
結局、誰も誰かの為に負担を負いたくないのだろう。
全体最適化をする際、誰かが犠牲にならなければならない事が多いが、
その犠牲に対し、政治は、日本人(私も)は応えてくれるのだろうか? 政治の責任者たる鳩山首相は、沖縄の犠牲に対し、善意から行動したが、結果はご承知の通りである。
『抑止力』等という定義不明のコトバに踊らされ、沖縄の位置は最適だから、我慢しろと多くの国民が連呼している気がするがどうなのだろうか? 鈴木宗雄議員を逮捕する為に処罰された佐藤 優氏は沖縄の苛立ちを懸念している。
この我慢しろの連呼に対し、沖縄は相当苛立っている。 八ッ場ダムの住民と同じ気持ちなんだろう。 彼らのココロを鎮める方法はあるのだろうか? だから、辺野古移転を容認していた県知事が移転に反対に回っているだろう。
この結果を見る限り、日本人が選びとった合成の誤謬は当分、続くのだろうが、
私はどうしたら良いのかわからない。
私が出来る事は回りに対し、思いやりを示すことだけだ。 それしか直ぐできる事が思いつかない。
せめてもの行動だが、そんな無力な自分が情けない。
|
|
この『ゲゲゲ』、歴代朝の連ドラ史上において、初回視聴率のワースト1位のとなった悲しいドラマだが、評判はすこぶる良い。
http://tv.yahoo.co.jp/review/230295/において5点満点で満点回答支持率は85%を超えており平均4.79。 ちなみに参考で『竜馬伝』は平均3.86。 『天地人』は平均1.86。 その前の『連続テレビ小説 ウェルかめ』は1.88だから、非常に評価の高いドラマと言えるかもしれない。 ところで、最近、NHKは民法と違い良い番組を作る印象がある
特にBSデジタル放送は素晴らしい。 毎週は見ないが、たまたま見ると引き込まれる番組が多い。 ちなみに、私は一日のテレビ視聴率が30分を切るので、ほとんどテレビを見ない。 インターネットも時間泥棒かもしれないが、ネットは自分で選べるメディア媒体なのに対して、テレビは選べない。(以前は番組録画をする事で選択的に情報を見ていた時代はあるが・・・) ってわけで、ほとんど見ないのだが、NHKは私のツボに嵌る時が多く、つい想定以上の時間を過ごしてしまう時がある。 今日も、ついぞ私の時間はNHKに奪われてしまった。 特に休日は、特に決まった事をやる予定がない為に嵌る事が多い。 FIFAワールドカップ 記憶に残る名勝負'70メキシコ 決勝「ブラジル」対「イタリア」は思わず見入ってしまった。 これは、当時の映像を基に現代に生きるサッカー解説者が、その試合模様を解説する番組なのだが、 この番組の肝は現代サッカーと過去の比較だろう。 つまりはモノの見方を変えるわけだが、これが面白かった。
前はカタイ番組だらけだったが、非常に好奇心をそそる番組、力作が多い気がする。 そして、表題の『ゲゲゲ』だが、これも、みんなの感想を読む限り、今の日本に必要かもしれない要素を取り込んだ意欲的な番組のようである。 こいったドラマを作る事で問題提起してくれるメディアが日本に未だある事に感謝したいと思う。 |

- >
- エンターテインメント
- >
- テレビ
- >
- ドラマ番組
|
何でも、安らぎの場であるはずの自宅でくつろぐことができない事を『自宅難民』と言うらしい。
気になり由来を調べたが検索に引っかからなかった。 おそらく最近出来た造語なんだろう。 調査会社アイシェアは2010年5月17日、http://release.center.jp/2010/05/1702.html
「自宅でのライフスタイルに関する調査」の結果を発表しており、 回答者は、既婚・子あり・有職・年収300万円以上の条件を満たす東京・神奈川・埼玉・千葉在住の40〜50代男性450人である。 そして自宅難民のお父さんの理由は以下の通りであり、2人に1人が自宅難民だとの事である。
①自宅で自分の趣味を楽しむ時間がない 57.0%
②ひとりになれる場所・時間がない 40.4% ③見たい番組が見られない 31.9% ④妻子がうるさい 26.4% ⑤自宅に居場所が無い 19.6% ⑥リビングが占領されている 19.1% ⑦家族とコミュニケーションが。。。 16.2% ⑧帰宅しても夕飯がない 4.7% ?な結果だ。 このアンケートになんの意味があるのだろう。 そもそも、家族と言う集団生活において軋轢あるのはあって当たり前であり、何だか良くわからないアンケートだ。 記事中、
“自宅難民”は、自宅での時間の過ごし方の大半を占めるテレビにおいても、4割の人がテレビを自由に見ることができず、見たい番組を見られる時間帯は深夜に及び、6割の人が時間帯重複やHDD録画機器の容量不足で録画できなかったことがある、という状況が明らかになりました。 っと問題提起をしているが、これってそんな大問題なのか?
ニュース番組における朝刊斜め読みコナーで、この『自宅難民』なるコトバと、特にその理由を見聞きし、奇異に感じたが。。。
一般的に難民と言うと、相当強い意味があると思うが、上記アンケートの内容は難民に相応しい設問なんだろうか?
介護難民、医療難民、ネットカフェ難民等は居場所(定まった場所)がなく、転々と彷徨い歩くのだが、さて、上記アンケートで
自宅難民と認定された世のお父さんは居場所を求めて彷徨い歩くのだろうか?
設問の⑤、⑦、⑧は精神的にキツク、難民と言うコトバに相応しいかもしれないが、他の設問は時々不満に想う程度であり、難民という強い言葉を使うことに強い違和感を感じてしまう。
(⑧はネグレクトモドキだ。
もっとも、⑧に関して詳細な状況がアンケートから読み取れず、肝心な、なぜ?夕飯が準備されないのかがなく強い不満が残る。
そもそも、アンケート内容の多くがテレビ等の視聴状況における詳細調査に割かれており、そのこと自体が、どれ程、お父さんの安らぎに関与するのか私は疑問である。)
個人的に衝撃的だったのが、家庭で『ひとりになれる場所・時間がない』事に不満を持つ、お父さんの多い事だ。
都会のお父さん、精神的に疲れていないか?これって軽い鬱だろう?
ココロがイッパイ、イッパイで、ココロを空にしたい。
だから一人になりたいし、何も考えない時間が欲しい。 これは家庭と言うより、社会の問題とも感じ、そのような、ある種の鬱状態の原因を家庭に押し付ける印象のある『自宅難民』という造語に喝であり、このアンケートのセンスのなさにも喝だ。
同時に、こんなショボイ内容で、さも大変そうに報道する朝のニュース番組に渇だ(怒)!!
ニュースもアンケートもお父さんが、なぜ?『ひとりになれる場所・時間が欲しい』のか?、その事にこそ焦点をあてて欲しいと思う。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
昨日のブロ友のティーポットさんの記事を読んで思ったこと。 「人生の意味」 という記事で、お知り合いの女性が乳がんになり人生について考えていたという事が書かれています。 「人生とは何ぞや」 。。なんて哲学的なんでしょうね^^ こういう議論、大好きだった頃がありました。 多分誰でもこういう議論、友達としたり本を読み漁った経験がありますよね。 私も人生で計3回、真面目に考えました。 たった3回って思われますか?それとも懲りずに3回も?って思われますか? 皆さんがどう感じるのか見当もつきませんけど、1回目は哲学書を読み漁っていた頃。 2回目は親が自己破産した頃。 3回目は結婚するかどうか決めかねていた頃。 ま、結局流れにのって(?)結婚し出産し。。という道を辿るわけですが、この結婚と出産、出来ちゃった婚ですから3回目の悩みはかなり深刻だったわけです。 できちゃってから悩むなんてアホ。。って今なら思いますけどね^^; 結婚したって結構大変で。。国際結婚ですからね。 で、最近この6日間、主人と超冷戦状態だったりした訳で。。。 離婚の危機なんて11年の結婚生活で何度もあって、その度に 「もう駄目!我慢できないっ!」 って思うわけです。 お互いすぐカッ!と来るほうですから、喧嘩も超険悪になるわけです。 子供の前では決して言い合いませんが、普段めっちゃおしゃべりな2人が一言も口聞かないんですからバレバレです^^; でもね、やっぱりこの人しかいないんだなぁ。。って落ち着くわけです。 やっと昨日の朝仲直りしました。 で、引越し前に行っていた The church on the way という教会に久々に行ってきました。 いつもは今の家の近くの新しい教会に行っているんですけど、昨日はそちらの方面で買い物したかったので。。 久々に顔を見たパスターのメッセージが妙にツボでして。。。やっぱ私この人好きだわ♥ 人生には紆余曲折があるのは当然。 でも”目標”を持ったら最後の最後、要のところは間違えちゃいけない。 ってメッセージでした^^ 他にもいろいろあったんですが、とにかくココがグサッと来ましたね、今日は。。 昨日まで険悪なムードだった主人と肩抱き合ってメッセージ聞いていました。 私ね、当然ですが沢山間違えもします。 するんですが「ココッ!」って所は間違えちゃいけないなぁって思うんですよ。 で、最初の話につながるんですが、(←強引w) 「ココッ!」ってツボを間違えないでどうにか今まで人生渡って来たわけです。 転機はもちろん結婚と渡米。 コレやらなかったら私今頃日本で何してただろう? まだパソコンに向かって文章組んだりデザインしたりしてたのかな? 「営業の山崎、ムカつくっ!」なんて言ってたのかなw 他にも当然細かい選択が一杯あったわけですが、初めはね、ちょっとくらい間違ったって迷子になったって大丈夫。 目的地(例えば自宅)まではまだまだ遠いから。 でもね、目的地5キロ手前で迷子になっても3キロ手前で迷子になってもカーナビで方向修正できますが、目的地の目の前の角を反対にばっかり曲がってたら一生目的の建物(家)の中には入れないわけでして。。 分かるかな、この例え。。 分かりにくいかなぁw 一応これまで何度かあった最後の最後の角は曲がり間違えなかったつもり。 だから結局は今が自分にとって一番いい状態。 過去より今が一番。 過去に戻りたいとは思わない。 私ね、 「あぁ。。あの頃は良かったのに。。」 なんて思ったことがないんです。 困難があってもこれを乗り越えたらさらにワンステップ上に行くってのが分かっているから、苦労って思えないんですよね。 「あ!今私の力を試されてるんだ!」って思う。 「自分がどう這い上がるか見られてる」って思う。 挫折して絶望すりゃ自殺もするかもしれない。 でもそれじゃ終わりなわけだし。。。 「このまま死んだら化けて出ちゃうだろうな。。私。。」ぐらいに思っているわけですw まだまだやりたいことが山ほどある^^ それに夢が必ず実現するって自信がある! 「あんたさぁ。。その自信、一体何処からくるの?」 って聞かれても困るけど。。あるんだから仕方ないw ということで、私は10年前より今の方が楽しい。 昨日より今日の方が楽しい。 主人との喧嘩が終わったからだけじゃなくてねw このままなら私年取らない気がする。それくらい後ろ向かない。 (一応後悔という内省作業はするんですけどねww) ただ無茶、無鉄砲、何も考えてないバカな奴って言う人も実は身内にさえいるわけなんだけど、そんなん気にしない。 だって私は自分の人生が好きで、そのゴタゴタ言う人間を羨ましいと思った事なんてないんだから。 ちょっとでも羨ましいって思える生き方してるんならともかく。。だよね。 ま、また例によって言いたい放題書いていますが、これって私の日記では実は子供の頃から当たり前。 書きながら気持ちを纏めたり、落ち着かせたり、進路を探したり。。。 今では日記代わりのこのブログが精神安定剤的な役割を果たしています^^ 私の記事を読んでそれに対するコメント頂くのって普通の日記より数倍楽しいし実りある経験だと思う。 このままブログずっと続けられたら嬉しいな。。
|




