|
最近、鳩山首相の事をピヨピヨ鳩と官邸内では呼ばれているらしい。
そのココロは、サービス感覚でモノを言い放つ八方美人ぶりを揶揄したものらしい。
彼の人の巣立ちは何時なんだろうか?的なネーミングである。
勿論、お母様の子供手当も念頭にあるのだろう。
また、自身の発言のぶれに対する批判について自己弁護をして「揺らぎは宇宙の真理」ともコメントしている。
確かに物質は電子レベルで絶えず揺らぎ続けているが、その意味を正しく皆さんは、捉えてくれたのであろうか?
報道を見聞きする限り、宇宙人的な発想と捉えているフシもある。
科学用語で自らの姿勢を弁護するのは良いが、誰もがわかる言葉で語るのが政治家では?って正直、思う。
「揺らぎという弱い部分は民主主義の本質」は鳩山首相の答弁だが、現在、イタミの再分配が求められている中で八方美人を行うと、全階層を敵に回し、自縄自縛になりかねないと、ついぞ心配してしまう。
沖縄が良い例だろう。
鳩山首相は何とか沖縄の負担を軽減しようと努力しているようだが、あっちに配慮、こっちに配慮で、玉虫色の結論になりかけており、結局、関係者総てに不信感をもたれてしまった。
ブレるという意味で前首相の麻生太郎氏を思い浮かべるが、ブレの本質が両氏では違う。
麻生氏は他者の意見を聞き過ぎてブレたが、鳩山首相は他者の気持ちを慮るあまりブレるのである。
さて、どっちが一国の総理として、リーダーとして相応しいか?
私は断然、麻生氏的なブレがマシと判断する。
前首相の発言の軽さ(陽気さとも言えるが)は教養不足から来ている面はあると思う。
その為、何度か発言で失言をしている。
自他ともに認める勉強嫌い。
が、氏の良いところは素直に他者の意見に耳を傾ける点である。
氏の著作、『繁栄の弧』は評価して良いモノである。
が、おそらくブレーンが手伝ったのは間違いないだる。
この自己の能力は低いが他者の意見を素直に聞く人格は上に立つ人のパーソナリティとして相応しいモノであると思う。
別にTOPが優秀である必要もないし、実務能力がある必要もない。
実際、自身が出しゃばらず、部下に任せる事で歴史上成功した例は多々ある。
代表例は漢の高祖劉邦だろ。
彼は民間上がりで、乱暴モノであり、教養(礼儀を重んじた中国社会では異端児)もなかったが、部下を信用し使いこなす事で天下に覇をとなえた。
ライバルの項羽と比較した際、総ての実務能力で劣ったと思うが、その劣っている事を自覚しているが上に、他人の意見に素直に耳を傾け(麻生前首相同様、時に聞き過ぎて何度か失敗している。)、項羽を退けるに至った。
一方、項羽は自身があまりに優秀であるが故に、部下を信任出来ず、終には故郷を前にその生涯を閉じる事となった。
上記、例から見ても、麻生前首相は十分、成功する可能性があったと見ている。
では、なぜ?彼は政権を失ったか?
端的に言えば、劉邦にとっての三傑(韓信、張良、ショウカ)が彼にいなかったのである。
聞く耳をもっても、それを有効に活かす参謀がいなければ、かくも悲しい結果になる。
残念ながら自民党、もしくは官僚に有能な側近と言える人がいなかったんだろう。
唯一の盟友と呼べる中川昭一氏を失ってからは、ブレーンと呼べる方は誰もいなかったようだ。
石波氏も与謝野氏も、鳩弟も結局、麻生氏を見限っている。
負けるべくして負けた総選挙であったと分析している。
もう少し、目鼻の効くブレーンが麻生氏の傍にいれば、あそこまでの大敗はなかったと分析してる。
結局、自民党は人材が枯渇したのである。
この貧弱な人材達が、さらに争いを続けている。
内憂外患で国(党)を保てるわけがない。
外は民主党が自民党の支持層を切り崩し、内は主導権争いである。
去年の総裁選は何だったのだろう?
まったく愚かしい限りである。
失策続きの民主党が追い詰められたのでなく、自民党が先に四部五裂しそうな勢いである。
さて、ピヨピヨ鳩さんのブレについての説明だが、彼も素直に人の意見を聞く、いや聞き過ぎるのである。
麻生氏と鳩山氏で決定的に違うのは、麻生氏が政策の丸抱えに対し(部下に放任)、鳩山氏は自己で判断して政策を立案する為、情報を聞くのだが、この際、他者の気持ちを慮り過ぎるのである。
麻生氏は政策の良し悪しで判断するが、鳩山首相は良し悪し+皆が納得出来る、損をしない政策立案を目指すのである。
その思想の表れが友愛思想であり、ガンジーの思想面での共感に通じるのだろう。
が、残念ながら政治の本質は利害調整である。
時にある階層に、一方的に負担させる判断が必要になるのだが、果たして鳩山首相にその決断はできるのであろうか?
彼は日本歴代首相最高の知性と教養をもった人物である。
(東大+スタンフォード大のドクター、特にこのドクターは普通の人はとれない世界である。選らばれた人の世界であり、東大とは重みが違う。)
おそらく世界で見てもトップクラスの知性の持ち主であろう。
ちなみに彼の研究テーマは適切な判断を適切な時期に行う為の研究である。
数字で上記課題を証明したらしい。
今の経済学のトレンドは感情の数式化なので、いわば、その走りの研究だろう。
が、その知性が適切に使われず、判断ができないでいる。
無論、その理由は高い教養によってもたらされる他者への思いやりである。
結局、国民新党の下地国体委員長が悩んで結論出したような回答を鳩山首相は、優し過ぎるが故に出せないのである。
鳩山首相は、まず、間違いなく苦悩していると思う。
が、国民は苦悩でなく、結論を知りたいのである。
その意味で対極にいるのが、小沢氏、小泉氏だ。
小沢氏は自身の意思を優先する。
小泉氏もそうだ。
しかも、小泉氏の場合、他者への共感はすこぶる低かったと思う。
『イタミに耐えて』って一方的にイタミを押し付け、その結果責任は我関せずである。
おそらくリーダーは多少、鈍感で冷酷の方が良いのであろう。(劉邦も処断はした)
その点、その冷酷さで言うなら、小沢、小泉両氏は近年、まれにみる政治家である。
無論、冷酷になれる理由は自身の掲げる政策実行を優先するからだ。
鳩山氏は共感性が強過ぎるが故に、判断、結論が出せないでいる。
個人的には谷垣氏についてコメントしたように、政治の苦悩を存分に味わってなお、非常な決断こそを鳩山氏には求めたい。
今の世は明らかに富の再分配から、イタミの再分配に政治の力点が移りつつある。
同じイタミを受けるなら、そのイタミのわかる政治家の決断の基で行って欲しいと思う。
イタミのわからない政治家の小泉氏はイタミを押し付ける一方、イタミに対するケアはほとんど行わなかった。
が、谷垣氏や鳩山氏なら、イタミの一方的な押し付けはせず、何らかの対策を期待する事が出来る。
両氏には苦しい立場になると思うが、政治家は現実と理想との狭間で苦しむモノであるし、苦しむベキであると思う。
小泉氏にはまったく、その政治の懊悩は感じられなかった。
ただ、自己の信じる道を他者に配慮せず、突き進むのみである。
小沢氏も近いモノがあるが、彼は自身の一番大事なモノを実現させる為に妥協する柔軟性を持ち合わせている。
だから、敵対者にも和解すために平気で土下座できるのである。
(知っている限りで連合、旧社会党グループ等に膝を屈している)
小泉氏はその意味で一切の妥協はしない。
彼の人があの時期、必要とされたのも歴史の必然と考えるならば、あの時、必要だったのは他者を省みない改革だったのかも知れない。
もっとも、あの時の改革は総て中途で終わってしまった。
残ったのは社会への大きなキズ痕である。
(社会の絆がズタズタにされた)
このキズ痕の補修も政治課題の一つだと思うが、今の所、優先順位は低いように見える。
が、鳩山首相の友愛は、他者への思いやりの発露である。
その思いやりの重要性を見直しても良いのでは?と思う。
思いやりのない社会は性悪説の社会になり易く、行きつく先はアメリカ型社会である。
共同社会の一員同士が互いに不信の目を向け信用しない世界である。
その世界の悩みは深く、その不信が原因の複雑な社会システムのせいで、極めて高コストな世界をアメリカは実現してしまった。
誰もが苦しまない世界はないが、その苦しみを思いやりで軽減するよう努力する社会、人を信用出来る社会は非常に社会維持コストが安い。
現在、日本の財政は極めて厳しい状態である。
この状態で、さらに性悪説前提の制度設計をしなくてはならなかったら・・・。
耐震偽装事件に対応して、監査基準、方法はかなり厳しくなった。
結果、各種コストが上がり、あらゆる関係者が損をしている。
このまま進むと、第二、第三の姉歯事件が起き、皆が損するだろう。
問題に対する対症と予防で考えた際、『予防』はもっとも安上がりな対処法である。
その予防の基礎は他者への思いやりであるのは、トヨタ品質トラブルで語った通りである。
http://blogs.yahoo.co.jp/k99999five9/23653981.html
鳩山首相はピヨピヨで構わないと思う。
その八方美人を発揮する事で、思いっきり悩み苦しんでください。
その懊悩の結果の結論をお待ちしています。
非常な決断は鳩山首相でなくても良いです。
小沢氏がいますから。
二人合わせてちょうど良いが私の現時点での結論なのかもしれない。
(コンプラ違反があり本来は辞任した方が御自分の為にも関わらず、あえてと留任した決断により、後世に悪評を残すかもしれませんが、懊悩に耐えて頑張ってください)
ちなみに小沢、鳩山両氏に共通するのは、互いに政治家生命が短そうな事である。
両氏の発言は終わりを意識する類の発言が多くなった。
案外、本人達が一番現状を理解し、その考えに相応しい幕引きを考えているのかもしれない。
そんな気がする。
|