福島原発 3号機は一定の安定状態産経新聞 3月19日(土)16時49分配信 枝野幸男官房長官は19日の記者会見で、東電福島第1原発の3号機について「注水により一定の安定した状態になっている」との見方を示した。
また、他にも
真打ちが横浜から出港しました
等々、燃料棒が収納されているプールへの注水については明るい兆しが見えていますが、炉心はどうなっているんでしょう。
炉の情報が数日前からなくなりました。
どなたかたか最新の情報を知りませんか?
検索したのですが、見つかりません。
嫌な感じです。
情報の出し方に違和感を感じます。
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震災・原発
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原発の状況を簡単ですがまとめます。
端的に言って、冷やせません。
ただ、それだけです。
一部にチェルノブイリと違うので安心的な報道が見かけられましたが、危険度は徐々に高まっており、50歩100歩のような状況になりつつあります。(最近は見かけない)
確かにチェルノブイリは原子力稼働中の事故ですので文字通り爆散しました。
一方、福島原発は稼働を停止しています。
その点で福島はチェルノブイリと比較において、破局に向かうプロセスが違いますが、関係者の必死の作業にも関わらず同じ結果に向けて着実に歩んでいるとも感じます。
結局、福島原発は熱暴走によって爆発(水素爆発、水蒸気爆発等)しようとしているように思えます。
場合によると炉心が溶融するだけで爆散しないかもしれませんが、結局、外気と放射物質が触れるわけです。
その意味する所は放射能物質の拡散。
爆散したチェルノブイリとスタートにおいて違いますが結果は同じと感じます。
帰無仮説に従うのなら、『放射能物質が外気に触れない』です。
その意味で放射能漏れが確認されている現在において、帰無仮説は棄却されています。
後は程度差問題。(検定の世界では、どの程度という仮説は無限にある為、立てられません。ですので最悪ケースを想定して対策を取る場合、0を想定して対策を立てます。)
福島第一原発の周辺の放射能レベルと隣接諸地域の放射能レベルに大きな乖離感がありますが、その原因は風向きに依る可能性が極めて高いと私は推測しています。
従って、風向き次第で放射能レベルが跳ね上がる、危険な状態と私は考えています。
チェルノブイリの事後対策を参考にするような報道が目立ち始めました。
一刻の猶予もないような気がします。
気紛れな風向きが変わらない内に避難を開始すべきです。
再三再四主張していますが、原発に関連する被災地域、及び隣接地域からの一刻も早い避難準備をお願いしたいです。
無秩序な避難は二次災害を引き起こします。
個々の自治体が個別対応をしていますが、今こそ、政府(政治)主導で避難の準備をお願いします。
大阪の橋下府知事の提言こそを参考にして欲しいです。
その一方で現在の放射能レベルを根拠に冷静な対応を求める政府情報。
未来予想図を提示せず、現在は大丈夫だから安心しろと言う愚かな報道は、止めにしませんか?
現在は過去です。
未来の想定をお願いします。
その未来が不確かなのはわかります。
が、私が求める対策とは、
『その不確かな未来の最悪ケースを想定して準備したので、国民の皆さん、ご安心下さいと言う』対策です。
そのような対策こそを渇望しています。
人類史上最大の人災と批判される前に一刻も早い決断を関係者にはお願いします。
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実は私は今週末新潟にスキーに行こうと思っていました。
家族と友達を乗せて7人で一泊旅行! 組織的なスキーは2年ぶりで、夕食のお店の予約などして楽しみにしていました(宿はまだ取っていないのですが)が、昨日あたりから友人が「スキーどうします…?」 との問い合わせが来ました〜 自分としては普通の経済活動をするのが「がんばれ日本」に繋がると思うのですが(節約しながらも遊ぶときはしっかりと!) 今回はガソリンの件やスキー場の営業も流動的だったりとちょっと問題が出てきています。(カミサンも中止にしよう…と) みなさんはどう思いますか? やっぱり遊びは不謹慎ですかね…ちょっと買占めや渋滞、停電で殺伐とした都心から離れて客観的に様子を見たい気もするんですが… おそらく上記のような会話が日本中のいたる所で行なわれていると思う。
このコメントに対し概ね、スキーに行っても不謹慎でないとの回答が寄せられていた。
日常を楽しむ事が出来る人は大いに日常を楽しんで欲しいと思う。
日常を過ごせる地域の方々が非日常を行なう事で、被災していない地域でも非日常が現出しようとしている。
それは、ある種の喜劇だ。
被災地の非日常はある面、仕方ない面と思う。
日常を維持する為の機能が失われているからだ。
そこは我慢するしかないし、そう言うモノとも思う。
一方で日常を維持できる地域が非日常を行なうとしている。
人間心理として理解出来るが、そこに一つの喜劇を見てしまう。
一方で失われたハズの私の日常は未だ失われず継続している。
ある面で既に非日常なのだが、無理に日常化したがっている方々がいるようで、その影響を受けている。
そこに悲劇という名の喜劇、バカバカしさを発見し、自分も含めて笑ってしまう。
私は月曜、東電の無計画停電に対し怒りを表明したが、あれは停電という事象でなく、停電にいたる状況と、それによって引き起こされるであろう混乱に対し、あまりに東電の準備が足りない事によっていた。
電気がなく、我々の日常が失われることは地震発生直後に理解していた事だ。
それは別に構わない。自然災害である以上、是非もなしだ。
が、地震発生直後から指摘されていた電力不足に対し、東電が停電を発表したのは前日の21時過ぎ、しかも、停電該当箇所の具体的な記述はなく、当日の通勤状況も含む詳細がわかったのが、早朝の4時過ぎ。
予定の計画停電実施の数時間前という醜態だ。
そして、何より疑問なのが首都機能維持を優先に東京に対して電力供給を優先的に供給すると言明したにも関わらず、その首都機能を維持すべき人員輸送を行なわない矛盾。
あまりのバカバカしさに呆れているが、、、、その、まさに、喜劇の舞台俳優の一員に自分がいる。
端役だが、私も関係者だ。
そして、私を含む東日本の住民が参加している喜劇とは福島原発というシナリオ。
その巨大な群像劇の中に自分もいる。
その喜劇の中での私の役割は、いつ放射能が飛来するかわからない中、仕事場に通うという私の日常の維持だ。
これはなんの日常なんだろう。
良くわからない日常である。
本来なら失われたハズの日常が私の目の前にある。
その日常は確かに日本経済の一端を担っているが、無理に維持すべき日常何だろうか?
警察、消防等の、人々の日常を守る仕事ならば、『逃げない』と同じ決断が出来るが、疑問を感じてしまい気持が萎える。
前記事、『逃げません』で無秩序な避難が日本に与える影響を懸念したが、正直、停電が繰り返される状況下での会社出社に何の意味があるのかわからないし、何より原発の事を考えると憂鬱でもある。
が、一方で、現在、政府東電が発表している数値は健康に何ら問題のないレベル。
故に会社は明日も操業するのだろう。
確かに現在の政府発表の放射能レベルは問題のないレベルである。
レベルであるが、風向きで何時、変化するかもしれない状況を指して安全とは言い切れないだろうし、
何より、現状の対策が上手く行くとも思えない。
(海水を使っている以上、配管が詰まる)
自衛隊もあまりの放射能レベルにヘリコプターからの散水手段を放棄したようだが、そんな状況下で炉心が冷やされているとも思えず、徐々に破綻が近付いていると感じてしまう。
テレビ等を眺めていて不思議に思うのだが、現状の放射能、事象の説明に終始するだけで、1〜6号機の原発の使用済み燃料棒の熱暴走が始まった時(再臨界ではない)の未来予想図を説明するメディアが一切ない。
何か専門家も含め何かを怖がっているとも感じる。
一体、事態は、どう推移するのだろう?
誰も声を上げない事で事態は益々、深刻化していっている。
メディアは戦前、戦後もかわらないようだ。
声を出す事を恐れているとしか思えない。
確かに無用な混乱を避けるの意味において必要な配慮ではあるが、決断を先送りして済む話なんだろうか?
今日は計画停電の関係で会社は休業だった。
明日はまた、出社。
健康被害を憂慮しながらも、出社する喜劇。
あまりの愚かさに目眩を覚えるが、他の同僚が出社するなか自分だけが出社しないという選択を出来ない自分がいる。
自己責任だが喜劇を意識せずにはいられない。
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専門家でない素人プロガーは混乱を助長しない為にも、発信を控えるベキとの意見もあり、書こうかどうか、躊躇しましたが書かせて頂きます。
なぜなら、素人である私でも自明の理である事実を東電が公表しないからです。
海水を利用した冷却を行なっている以上、その危険性を東電は公表し、政府はその危険度に見合う準備を行なうベキと主張したいです。
そして、気持ちは非常に有難いのですが、安全な地域へ逃げて下さい的な記事に対し、私は今の所、逃げる気がありません。
理由はイロイロありますが、私達を受けいられる地域の整備もなく数千万モノの人達が無秩序に避難したら日本はどうなるでしょうか?
東日本のような混乱が輪を掛けて他の地域に広がります。
そのような混乱を助長したいとも思いませんし、多少は覚悟しています。
ですので、早期の判断。
非常の判断をお願いしたいのですが、政府が判断しません。
(避難させるための準備をお願いしたい。)
なぜ?こうまで政府判断が遅れたか?
多くのプロガーが民主党の責任を追及しますが、おそらく他の政党でも同じ結果だっと思います。
菅首相が東電社員を叱責したそうですが、実際、かなり露骨に東電は情報を隠蔽していました。
後日、後発記事(可能なら)を書くかもしれませんが正直、品がありません。
私は菅首相の事を評価していませんが、それ以上に東電の幹部社員の事を許せません。
口蹄疫と同じで彼等、政治家が専門家でない以上、判断する為の情報がなければ、民主党いえど判断出来ないと思います。
そして、その情報の根幹とは、どの程度危険なのか?
そのどの程度を東電の説明を聞いていて、何かわかりましたでしょうか?
私はわかりません。
理由は明白で、
現時点の情報しか説明せず、想定される将来の状況説明を彼等はしないからです。
弁護士出身の枝野官房長官は、その辺の事情を察知して、盛んに東電によると枕詞に説明を行ないます。
言外に東電の説明がない以上、説明出来ない言っているわけです。
これは、これで糾弾されるべき事項ですが、政治家が専門家でない以上、専門家の意見に従うのは至極当然の事ととも思えます。
その一方で、東電はひたすら情報の隠蔽を行なっています。
副社長や広報担当の歯切れの悪い説明に多くの人達が不信を持った事と思いますが・・・
過去、何度も彼等は情報の隠蔽を行なって事件になっていますが、結局、変われなかったようです。
彼等の隠蔽体質により、現場の命懸けの作業が無にされ貴重な時間が失われ行く。。。。
同じ技術屋として、原発事故に対処している仲間達の想いを慮ると悔しい気持ちで一杯です。
場合によると上手く行くかもしれない現在のオペレーションですが、果たして上手くいくかもしれないで、そのまま推移を見守るような類の話なんでしょうか?
早期の決断を政府にお願いしたいでし、その為の情報を東電は公表すべきです。
東電現場社員の命を賭けた行動に応える事が、ただ漠然にその成否を見守る事とは思えません。
あえて強く主張します。
早期の決断を決断できる関係者にお願いしたいです。
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東電不祥事による信頼への打撃は大きいか小さいか:国民の信頼よりもメーカーが大事
原子力への国民の信頼は、回復するかと言えば、
「否定的に言いざるを得ない」 というのが素直な気持ちです。 最低限、今から10年あっても、回復するかどうか.... 思うに、国民の原子力への信頼の根幹部分は、昔からの長年にわたるPRによって、 「電力自身の自主努力によって、国の決めた安全基準を満たすだけでなく、それより厳しい基準を満たしている」 というところでした。 つまり、 「国の信頼性を超えた電力の信頼性」 というわけです。 それをひび割れさせたのが、「東電の検査捏造」「シュラウド」でした。 しかし、これだけに留まったなら、回復の機会は十分にあったはずです。 回復が望めないくらいに悪化させたのは、「維持基準」を持ち出して国の責任を問い出したことです。 ここで重要なのは、 「電力自身の自主努力によって、国の決めた安全基準を満たすだけでなく、それより厳しい基準を満たしている」という、電力自身が植え付けていた国民のイメージを、国の責任を問うことで、自らそれが虚偽のイメージだったということを、明確にしてしまったことです。 「国の基準が厳しすぎる」と言う事によって。 そしてその意味で以下のHPを、原子力素人の立場で、読んでいただければ、頭に来るものがあると思います。 http://www.gns.ne.jp/eng/g-ken/doukan/agr_122.htm http://www.gns.ne.jp/eng/g-ken/doukan/agr_123.htm 原子力関係者やOBの人々は、全くの素人、しかも広報を信じ込んでいた人の立場に立ってこれを読んでいただきたいのです。
読んだ後、「裏切られていたのか」という思いを噛み締めることでしょう。 立場が違えば思うことも、判断基準も価値判断も違ってくることが実感できます。 では、東電社員で原子力に関わる者達全てにこの隠蔽への責任があるのでしょうか? 答えは否なです。下記の文章をお読みいただきたいです。 (以下引用) http://web.archive.org/web/20030827032604/www.smn.co.jp/JPN/security/art/136.html 今月のテーマ(2002年12月) 東京電力エンジニアのYさんからのメール 我々のところで原子力に携わっている広い意味での技術系の人たちは約1000人くらいでしょうか。世界でも通用するようなトップエンジニアはそのうちの五分の一くらいです。ひとつの電力会社がこれほど多くの原子炉を抱えているのは世界でも例がありません。 大変に残念なことですが、8月29日に不正が発覚しました。そのとき、じつはホッとしました。犯罪者の心理と同じです。情報化された狭い社会で、いつまでも隠しとおせる問題ではないことは十分に承知しておりました。 このような不正については、最初、ごく一部の関係者しか知りませんでした。しかし90年代になり、うわさとして耳に入るようになりました。社長と副社長が知っていたかどうかは定かでありませんが、原子力発電所の技術系の人たち、それから原子力部門の技術系の人たち、当然ですが原子力部門の責任者たちが、みな承知していたことは申すまでもありません。 マスコミ関係者や世間をごまかすことはできても、あなたのような経歴の人たちまでごまかせるとは思っていませんでした。あなたの問題提起がいちばん的確でした。 原子力発電に課せられた最大の課題は経済性です。火力発電より優位くらいでは話にならず、火力よりはるかに優位でなければなりませんでした。設備利用率を上げるためにはああするしかなかったのです。 1F-2のシュラウドに最大1.8mのSCC、2F-3では1.4mのSCCでした。アメリカで使われている維持基準を当てはめてもそのままでは運転できませんでした。損傷が大きかったため、心配になり、修理しなければならないと判断し、それで公表しました。取扱いをめぐり、内部ではもめました。それらの修理法はアメリカで行われていたものと同じです。 隠したものの中には、損傷が大きかったものや、格納容器気密試験不正のように、エンジニアの感覚でも軽微と言えないものも含まれており、国の基準がきびしいからというのは、説明になっていませんでした。 いちばんの混乱要因は一度に数多く発生したことでした。ひとつやふたつならば、そのまま公表したでしょう。つぎからつぎへと、ボロボロと発生するにつれ、そのまま公表したのでは、技術の信頼性が問われることになり、世の中にマイナスのイメージを植え付けることになります。2Fで発生したのが意外でした。あなたの指摘どおりです。 チェルノブイリ事故で世界がてんてこ舞いの時期、日本でも世の中が騒がしかった時期、日本の原子力発電所の安全性を語るのはつらいものがありましたが、大きな歯車の一部とて回り続けねばなりませんでした。プルサーマルのときもそうでした。後ろめたさと情けなさの屈辱の毎日でした。 これからか大変です。世間の疑惑の目はいつまでも着いて回ることでしょう。しかし気持は以前より楽です。 Yより 2002.12.19 (引用終わり) このような不正については、最初、ごく一部の関係者しか知りませんでした。しかし90年代になり、うわさとして耳に入るようになりました。社長と副社長が知っていたかどうかは定かでありませんが、原子力発電所の技術系の人たち、それから原子力部門の技術系の人たち、当然ですが原子力部門の責任者たちが、みな承知していたことは申すまでもありません。 というのは、手紙の著者の言いすぎのようだ。 皆知っていたなら、言う奴が必ず出てくる確率が高くなるからで、ここはかなり少数人しか知らなかったと解しても良いと思う。 ここは本当はどうだったのか?知りたいところです。 原子力発電関係の東電社員全員が知っているとは考えにくい。 ただここで、比較的妥当な隠蔽への動機の過程がわかってきます。 1.SUS316Lを使ったシュラウド等の成形加工の欠陥で、シュラウドのひび割れがあちこちの炉に発生した。 2.このまま公表したのでは、自分達のいる東電含め、メーカーなどの技術力が弱いとレッテルをつけられると恐れて、とりあえず隠蔽してしまった。 一つの商品・部品の欠陥がユーザーの隠蔽行為を誘ったと言って差し支えないと思います。 問題は、隠蔽・検査捏造が発覚したとき、東電などが維持基準を言いたてたが、その行為は又、東電にとっては信頼低下を呼ぶものでしかなかったのに、メーカーにとって自ら製造した商品の欠陥を庇ってくれるような格好になっている事です。 とても奇妙で好奇心をそそられる話です。 変な部品を掴まされて、その変な部品の為に隠蔽行為に追いこまれ、隠蔽が発覚すれば電力は、国民の電力への信頼を低下させてでも「最悪のタイミングで維持基準を言い立てて」メーカーを必死にかばっているのです。 電力会社は、国民の信頼より、メーカーのほうが大事なのでしょうか? こう考えますと電力は、国民の原子力への信頼より、原子力メーカーの方を優先していることが考えられます。 これが、国民の信頼を取り戻すことができない理由です。 つまり、 「電力は国民の信頼を大事にするよりも、メーカーとかの、より直接的な利害関係者のほうが大事である」という体質が存続しているからです。 以上、10年前の記事の転載です。
今回の福島原発は、日本史上最悪の人災になるのかもしれません。
東電は国民の命の危険性より、己が保身を優先したと思う様な情報の隠蔽を続けています。
(IT時代ですので隠蔽出来ず数時間、半日遅れで公表していますが、詳細な記述は避けています。)
私は一刻も早い最悪を想定した避難指示を望みます。
私は専門家でありませんが、海水を使った時点で危うい橋を渡っているぐらいの知識は持っています。
冷却水に、不純物を取り除いた純水を使うには、それなりの理由があります。
何が起きるかわからないでなく、ある程度想定出来ます。
おそらく不純物を含んだ海水を使う事で冷却水を回す配管がつまり易い状況になっていると想定します。
原理は至極簡単です。
海水の沸点より高い温度環境で海水を使う以上、不純物が配管の回りに析出する、ただそれだけです。
そして、配管がつまり圧力が高まって海水が循環せず、燃料棒が露出する。
海水を使った時点で原発が廃棄が事の問題でなく。
海水を使った時点で放射能物資が飛散する可能性がとてつもなく高まったと判断するのが妥当だからです。
海水を使ったのは他に選択肢がないからで、その危険性は素人である私が理解できるほど自明であり、現場の原発関係者にとって覚悟のいる非常の手段であると思います。
おそらく死を覚悟して作業していると思います。
私はその勇気ある覚悟に謝意を示すと伴に怒りを覚えます。
なぜなら、
彼等が命懸けで作った貴重な時間を、東電が、その危険性を公表しない事で時間を浪費していると感じるからです。
危機管理とは最悪を想定したモノです。
その意味で最悪を想定した判断を、決断を私は関係者に求めたいです。
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