国家公務員に「期間業務職員」=「日雇い」の不安定雇用を是正―政府検討7月3日2時55分配信 時事通信 各府省の事務補助などに「日雇い」で従事し、不安定な雇用形態が問題となっていた非常勤国家公務員について、政府が検討している処遇改善案が2日、明らかになった。1日ごとに更新を繰り返す現行の雇用形態を廃止し、今年10月から原則1年間が任期の「期間業務職員」を新設することが柱。併せて、退職手当や共済組合といった処遇面も、一定の勤務時間を超えていれば、常勤職員に準じ加入を認める方向だ。
総務省によると、2009年7月時点で各府省に在籍する日雇い状態の職員は、2万4683人。府省で事務の補助をしたり、ハローワークで窓口業務に従事したりしている。定員削減を進める各府省では貴重な戦力となっており、実際には常勤に近い形で数年間勤務する例も多い。一方、退職手当などの扱いが各府省で異なるといった課題もあった これが、公務員人件費、2割削減の実体だろう。
同時に政府が行なおうとしている国家公務員削減も数字のマジックであり、実質的に地方に、国家公務員を転属させる事で、数字の付け替えを行おうとしている。
ほぼ、同じ仕事で、方や終身雇用、平均給与750万円。
此方、非常勤の半数が時給約900円未満。(800円未満が22.1%)
官製ワーキングプアとも呼ばれているが、この不公平感を如何にすべきであろうか?
地方によっては、その半数が非常勤であるようだが(町村の平均が47%非常勤)
同一労働、同一賃金にしない限り、この不公平感は無くならないだろう。
地方における臨時職員は50万人以上いるとも推計されており、それに対し常勤の地方公務員は300万人。
内、警察や、消防等の業務に非常勤雇用は考えられなく。
教師も若干名いるとは思うが、その数は少ないだろう。
よって、上記状況を鑑みると、そのほとんどは事務系だろうから、ある職種に限れば、相当、その比率は高いと思われる。
数字を全体で捉えると20%弱だが、局所で捉えると、公務員の非常勤はかなりの数に上ると思われる。
そして、非常勤と常勤に明らかな能力差があれば、平等ではないが、公平な処遇とも言えるが、彼らに明らかな差があるかどうか・・・
数字は恐ろしい。
そして、その不公平感。
地方&国家公務員の待遇を巡る現代貴族を鑑みるとhttp://blogs.yahoo.co.jp/k99999five9/25274361.html、非常勤と常勤の差を感じてしまい、彼らの怨嗟の声が聞こえてくるようだ。
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以下、書籍の書評をそのまま転載しています。
独身手当―公務員のトンデモ給与明細 [著]若林亜紀[掲載]週刊朝日2010年4月16日
■出世困難手当あり 呆れた“既得権益”
文庫史上最悪のムカつき本。地方&国家公務員の待遇を巡る現代貴族のお話である。
結婚祝い金を貰えない人に出る「独身手当」、脱落すると貰える「出世困難手当」、国家公務員には「在勤地内旅行手当」というのがあり、霞が関から吉祥寺に行くのが“旅行”だったとは驚き。他に障害者や日雇い労働者に接する職員に出る「窓口手当」(心的ストレスが高い/厚生労働省)や「用地交渉手当」(地方自治体)など、チリツモ貯金ならぬ、チリツモ手当状態。近年も公務員改革と称して国家公務員の基本給は下げたものの、霞が関勤務だと本給の他に「地域手当」(06年より)と「本府省手当」(09年より)が付いて給料大幅アップというのだから恒例の焼け太りだ。
勤務していた特殊法人の実態を告発してライターに転じた著者によれば、日本は「働く人の7人に1人は税金から給料」を貰い、「民間就業者1人あたりが54万円を負担」している。先日、河村たかし名古屋市長の議員数と報酬の両半減案は否決された。国家公務員の幹部人事を一元管理する内閣人事局も創設されるが、税金で食べている人達の権利はもはや既得権益。きっとな〜んも変わんない。この国はステキだ。
転載 終わり
書評にあるよな実体が公務員の総てとは思わないが、一部、そのような優遇処置があるのは事実なんだろう。 ところで日本はご存じ、毎年、40兆円も新規国債を発行する赤字体質である。
公務員人件費は、日本のGDPの一部だから、単純な削減は、日本のGDP低下に通じるとの意見もあるが、上記のような使い方は、定額給付のようなモノで、むしろ全勤労世帯にカネを配った方が、公平でありマシだとも思ってしまう。
確かに定額給付金はある程度の経済効果が期待できる政策ではあるが、その経済効果は限定的であり、配布を止めた途端、その効果が切れる陽炎のような経済対策だ。
定額給付金とその後世の評価に思いをはせる http://blogs.yahoo.co.jp/k99999five9/11512404.html
でも記事にしているが、定額給付は、その実施のタイミングが重要であって、恒久対策にすると、それを期待して産業セクター(公共投資の副作用と同じ)が形成される為、おいそれと削減出来きなくなる政策でもある。
(子ども手当も同じ)
このジレンマに日本は苦しんでいるのだが・・・・
安易な削減は影響が大きいので反対だが、この不公平感を放置して良いのかには、正直、疑問が残る仕儀ではある。
さて、どうしたもんか?
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本田「批判に感謝したい」…足りなかったのは“個の力”6月30日 10時56分配信(スポニチアネックス)
【W杯決勝トーナメント1回戦 日本0―0(PK3―5)パラグアイ】「個々が物足りなかった」。チームの結束力を武器に戦った4度の激戦、肌で感じたのは選手1人1人の実力不足だった。カメルーン戦での決勝ゴールと、デンマーク戦での劇的FKで本田自身の評価は急上昇。だが「オレもまだまだ物足りない」と慢心はない。「1人1人がすべての技術を向上させる必要がある。若い選手は海外に出るべきだ」。4年後のブラジル大会でさらに上を目指すため、自分も含めチーム全体のレベルアップが必要だと痛感している。
前半40分、松井からの横パスに左足を振り抜いたがボールはゴール左へ外れた。延長前半9分、左サイドから狙った低い弾道のFKはGKに止められた。120分間の激闘の末、ゴールを割ることはできなかった。「オレの中では予選(1次リーグ)敗退でも16強でも一緒。負けたら意味がない」。 「たくさんの人が批判してくれたことに感謝している」とも言い切った。「批判する人がいなかったら、ここまで来られたか分からない」。 大会前のチーム状態が良くなかったことを認めた上で、厳しい環境、評価がチームを生まれ変わらせたと感じている。
今大会を通じ、本田はただ1人目標を「優勝」と言い続けてきた。「オレが日本人かパラグアイ人じゃなかったら、きょうの試合は見てないし、知っている選手は1人もピッチにいない」。そんな状況を自分のプレーで変えたい――。去り際に発した最後の“本田節”には、4年後へと続く大いなる野望が込められていた。 『批判を感謝したい』、この心意気こそが、本田である。
ビックマウス本田の勝利
にも記載したが、過去、何度か本田はマスコミにより、厳しい批判にさらされた経験がある。
その度に、その批判を糧に立ちあがってきた経験、自身が選手として人間として成長出来た実感が、上記『批判を感謝したい』と言わせた原因だろう。
批判に弱い人々が多くいる中、その批判に耐え、かつ、彼の言動からは、その批判を咀嚼し、自身の足りない所を見つめ直すチャンスと捉えるなど、その器の違いを我々に見せつけてくれている。
人は批判にさらされた時に、その人の器が試されるが、本田の場合、批判にさらされる度に、その器を磨く原動力に変えて来たようだ。
一サッカー選手としてでなく、人間本田に拍手喝采をを送りたい。
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レ・ブルー、サッカーフランス代表とサムライブルー、日本代表はまさに好対照な軌跡を南W杯で見せる事になった。
個々の選手の能力はサムライブルーよりレ・ブルーの方が圧倒していたのは間違いない。
が、その結果は真逆。
原因は明白である。
フランス代表は他国と戦う前に内なるモノと戦い、内紛を抱えていたのに対し、日本には内紛がなく、個の力を組織の力に昇華出来、有利に戦える事が出来たからだ。
このレ・ブルーの惨めな敗退は、サッカー大国、フランスの権威を大きく傷つけた。
サッカーというより、フランスの名誉を傷つけたと言えるだろう。
つまり、フランス人は、個々の能力は高いかもしれないが、互いに協力出来ない人種であると、内外に公表してしまったのである。
フランス代表がフランスの勝利という大義の前に、個人の感情を優先した事実を彼らフランス人はどう思っているのだろう。
早速、フランス政府(大統領が直接、フランス代表の主将と原因について話し合うなど前代未聞。つまりフランス政府は監督だけでなく、自国のサッカー協会も信用していないと公言したに等しい。当然、前者のメンツは丸つぶれだ)が、その原因を調査し始めたのも、故なき事でない。
現状の放置は、他民族国家フランスという国の根幹を壊しかねなく、なぜ?代表がフランスの勝利と言う大義の前に団結出来なかったは非常に興味深い話でもある。
一方、日本だが、さて?
チームの内紛と言うか、監督の統率力不足でガタガタしていたのは、つい最近の話だ。
最初からチームが一つでなったのは明白であり、こちらも単純な事情でない事は確かである。
ただ、日本の勝利を優先できる中心選手が何人かいて、監督の急な方針転換に対し、チーム内でレギュラー、サブに関係なく話し合った事が強い団結心を産んだ原因のようである。
『雨降って地固まる』
デンマーク戦で遠藤がシュートを決めた際、サブの方にいの一番に駆け寄ったが、この想いこそが日本を急速に成長させ強くしていると思う。
正直、監督の能力でなく協力出来た選手達によってもたらされた予選突破、勝利と思えなくもない。
監督の明らかな功績としては、サブとして我の強い川口を入れ、チームの和の維持に全力で当らせた事と、コンディション不良の選手のレギュラー剥奪、そして自らの理想、パスサッカーを諦め、現実路線にシフトした事だ。
これはこれで立派なのだが、時間が掛かり過ぎた気がしないでもない。
特に自らが理想とするパスサッカー、俊輔を中心とするサッカーも魅力的だったので捨てきれなかったんだろう。
岡田監督と俊輔の不幸は、俊輔がケガをしてコンディションが低下してしまった事と、パスを受けて決めてくれる優秀なFW(ないモノ強請りだが。。。)が日本にいなかった事に尽きるだろう。
もしくは、日本人の蹴り出すパスだけでは相手DF陣を崩し切れなかったと言い換えても良いかもしれない。
さて、結果的にチームとして団結し、予選突破を果たした日本だが、この示唆をどう日本の財産として残して行くかだが、
個々の能力があっても、内部でいがみ合ったら、その力は大きく減退し、他国と戦って勝てないのはレ・ブルーの例を見るまでもないだろう。
ところで、サッカー日本代表は団結できたが、日本は。。。
日本の繁栄(勝利)の前に、個々の利益を追及していません?私達。
最近、列車やエレベータから降りる際、乗降客が同時に乗り降りするようになったが、まぁ、これも立派な個々の利益追求の結果だろう。
自己の利益の為にちょっとズルをする、我を通すと、その国の社会システムは、そのズルを前提により複雑になるが、アメリカ化へ向けて日本は失踪中だ。(笑)
まぁ、アメリカはアメリカで楽しいだろうとは思うが・・・
先進国で唯一、人口が増える人口大国。
羨ましい限りだ。
人口が増える分、イロイロ悩みもあるだろうが、まぁ、いいっか。
いいんじゃないって肯定するとしよう。
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2010年初頭、日本代表は中村俊輔のチームでした。
岡田監督は当初、ショートパスを繰り出す事で、相手を崩す攻撃的なサッカーを志向していました。
所謂、『集合離散』、数的優位に立つ事でパスの受け手を増やし、同時にボールを奪われても、その地域で数的優位であった状況を利用し、囲い込んでボールを奪い返す事を旨とする。
元になったのはラクビーの考え方のようですが、
そんな『日本版パスサッカー』を志向していました。
そして、その中心にいたのは中村俊輔選手です。
ただ、攻撃サッカーを志向はしましたが致命的な欠点を日本代表は抱えていました。
点を決める人がいないという事実。
絶対的なFWの存在が日本にいなかった事で、ポゼッション(ボールは保持できる)はするが、点が入らないと言う非常に根源的な悩みを抱える事になりました。
結局、岡田JAPANは解決できず、攻撃的サッカーを志向するが故に、守備に問題を抱えた事で、何とも中途半端なチームになってしまっていたのが2010年の初頭の日本代表でもありました。
攻撃のタクトを揮う俊輔は、右サイドに坐していますが、中央に寄って行く癖がある為、右サイドががら空きになりやすく、現在のサイド攻撃を主体とするサッカーシーンにおいて非常に都合の悪い、穴の大きな選手です。
結果、右サイドは右サイドバック一人でカバーする事になり、日本のサイドは海外の強豪と戦うようになってから、ボロが目立ち始めます。
結局、11人が同時に存在するサッカーの場合、誰かが無茶をすると、それをカバーする為に、誰かが頑張らねばならず、玉突き的に組織が崩壊する事になりますが、日本はそんな悪循環に陥ってしまいました。
会社組織では良くある話です。
日本の場合、サイドが突破されると、そのケアに中央のDF、トゥーリオ、中沢がサイドに引き出されるのですが、この2人、足が遅くカバーリング能力に問題があります。
そして、DFがサイドに引き出された空間を、スペースを埋める為に、ボランチの二人、遠藤と長谷部がDFラインに吸収される為、攻撃力が劣化すると同時に、守備にも穴があくという、何とも締まらない状況になっていました。
その対応に、日本がとった布陣の変更。
それが阿部のアンカー起用です。
DFも出来る彼の存在により、DFがサイドに引き出されても守備が崩壊せず、遠藤や長谷部も守備ラインに吸収されない事で本来の攻撃力が戻り、攻守両面で日本代表は安定する事になりました。
ただ、問題は、阿部を起用する事で前線の選手が一枚減ってしまい。
パスの受け手がいなくなってしまった事でしょう。
そこで、岡田監督はパスの受け手がいなくなった俊輔をハズすという賭けを行う事にします。
理想の放棄、パスサッカーの心臓をハズしたのです。
前線の三枚(長谷部もドリブラーの為、実質4枚)は個で打開できるドリブラーを並べ、攻撃のタクトは遠藤が行なう事になりました。
岡田ジャパンは元々、遠藤と俊輔のダブル司令塔を採用していましたから、その一方をハズしたわけですね。
で、結果はご存じの通りです。
俊輔自体は良い選手と思います。
が、組織に合いませんでした。
同時に自身の不調も重なり、どうにもならなくなってしまいました。
この人、W杯の度に体調崩していますが、何とも運がないですね。
ドイツの際も、俊輔が体調を崩し満足に動けないなか、中田英寿が本来、不得手なボランチの位置で、俊輔の不調を埋めるべく孤軍奮闘をしていましたが、それを想い出してしまいます。
中田の頑張りに対し、当時の俊輔はどう思っていたのでしょう。
現代のサッカーシーンでは俊輔のようなタイプは絶滅危惧種です。
パスの出し手はプレッシャーから逃れるように、翼君の位置からサイドへ、さらに追い出されるように後方へ下がって来ています。
その動きに対応できなかった選手と言うか、拘りが強いのが俊輔なんでしょう。
現在、俊輔と同様な立場にいる外国の選手は、ボランチの位置に下がって来ています。
現日本代表では、遠藤の位置ですね。
前線は一人で局面を打開できる可能性(総合能力の強い選手)をもった選手を並べるのが、今のトレンドです。
将来、場合によると、ボランチの位置も、現在の守備戦術の進化によりプレッシャーがキツクなりだしている為、DFに司令塔的な役割を求め始めるようになるかもしれませんが。。。
最終的にはGKになるのかもしれませんね。
翼君のGK。
う〜ん。
守備はFWから、攻撃はGKから。
攻撃のみを、守備のみだけをすれば良かった時代は過去のモノです。
もし、専属が許されるのなら、相当なスペシャリストでないと、今のサッカーではレギュラーになれそうもありません。
ポリバレント、万能選手。
目まぐるしく攻守の入れ替わるサッカーでは、あらゆるポジションの能力が求められるます。
時代により求めらる能力、ポジションが違いますが、何とも忙しい時代になりました。
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