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郵政改革の骨組みが亀井金融大臣案でホボまとまってしまった。
中身は半官半民のまま、非効率事業の温存を進める内容である。 そもそも郵便事業は日本の将来において必要な産業なのであろうか?
正しくは業務の縮小整理が妥当だったと思うが、真逆な方向に郵政改革は舵が切られてしまった。 この判断間違いは、亀井氏の想いとは裏腹に、将来の日本における禍根になると同時に、さらなるココロの破綻の原因になると思う。
氏の理想は氏の政策の不味さで破綻するのだろう。
それでも亀井氏は行動する。
おそらく敬愛する大塩平八郎に感化されるからだからだろう。
ところで、明治初期、郵便が唯一の通信手段であった時代。 国として情報インフラを整備する為に、その事業の国費投入に意味があったと考える。 が、現代において郵便の意義は著しく低下した。
理由は代替の産業、手段が勃興したからである。
電話、携帯、メール、インターネット、FAX・・・通信手段が手紙だけであった時代と比較し多種多様になってきている。
同時に郵便事業自体に民間が参入している。
金融の世界は指摘するまでもないだろう。
その状態で国費投入による非効率事業の温存である。
各地にある世襲制の特定郵便局問題。
非効率な業務形態。 貸出し審査能力も産業を育てる能力がない企業による巨額な金融資産。 トヨタの改善活動を通して、郵便局の実態を見通すと、彼らは典型的な指示待ち人間だと感じてしまう。
(勿論、そうでない人もいると思うが、内部局員が改善を前向きに捉え、評価する記事を私は残念ながら知らない。) ◆郵政公社 効率改善へ導入したトヨタ方式で現場が混乱
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/839811.html ◆郵政公社に“トヨタ流”通じず http://www.nikkeibp.co.jp/archives/237/237307.html 他にもあるが、如何に優れたシステムであっても運用者が未熟では効果がないのである。
改善活動に携わる若松義人氏の言葉だが、
「郵便局を見ても、トヨタ生産方式はうまくいっていないじゃないか」と言う人もいるでしょうが、
形ばかりの手法を導入しても、中で運用する人間が変わっていなければ、まったく効果はありません。 っと評しているが、それは正しい評価だと思う。
実際、郵便局員の不満、混乱の一番の理由は、改善を郵便局の実態に合わせて咀嚼し、組織内で昇華出来ていない事につきる。
不満の多くが言われた通りに行ったが、効率はむしろ下がったという趣旨の内容だ。
改善の本質とは、現場が言われた通りに行うモノでなく、現場が自主的に、その現場に合わせて改善活動を行う為のシステムの構築である。 改善はあくまでもシステムであって、解決策の提示ではない。 その意味で二大政党制と同じだ。
二大政党制はシステムであって、その効果の是非は運用者(政治家、有権者)に任されるのである。 繰り返すが、どんなに優れたシステムでも運用者が未熟では効果をなさないのは自明の理であると考える。
民主主義という優れたシステムが日本で機能していないのも、運用者たる我々が未熟だからだ。
改善活動の肝は、現場のモチベーション、やる気こそがもっとも重要なポイントだが、上記、『言われた通り』で不満を述べている時点で、郵便局の改善活動は失敗している。
ある57歳の郵便局員は以下のように不満を述べる。
「郵便局の仕事は、定型の部品を使う自動車の製造とは異なる」 大いなる勘違いだ。
改善とは各現場で問題点を抽出し、その問題解決を効率よく図るシステムの方法論、もっというなら思考の考え方の提示である。 結局、自ら何かを成す意欲・能力・思考がなくては失敗して当たり前だ。 『言われた通り』的な上意下達思考でなく、自ら問題点を見極め、その問題点にアプローチするシステムこそが改善の意味である。
自動車と郵便でその解決手段、内容が違うのは当たり前だ。 ならば、その業種・業界に合わせ、解決方法を変えてゆけば良い。 だからこそ、改善は製造業だけでなく、世界のあらゆる業種(金融も含む)で受け入れられたのである。
だが、一方でトヨタ改善方式は定型作業(単純作業)の非人間化をこれでもか!、これでもか!と進めるのは事実である。 「トヨタ方式」によって、確かに生産性は向上するだろうが、その方法論は人間をロボット化する方式に他ならない。 人間をロボット化すればするほど、作業効率はあがり、生産性は向上していくだろう。 しかし、人間にとっては、身体精神の大変な消耗を我慢する事になり、人間性は失われていく。 トヨタ改善方式が近年、おかしくなり始めたのは、改善の対象が仲間である身内の社員から、非正規社員、下請け企業に変わって来た事である。
この事で、改善の精神性は貶められ、改善されるモノとするモノという、二極化が進んでしまった。 そして改善によって産みだされた富は社員、会社が一方的に手にする。 非常に不合理な世界だ。 収奪するモノとされるモノ。(搾取) 以前は社員である事で、その果実が分かち合える事が出来たが、今はそれが期待できない。 改善による省人化の達成=改善先の解雇だ。
結果、製造派遣に見られるココロの破綻である。 郵便局の非正規率は50%あり、同時に郵便局員の主な仕事は現場作業、つまりは労働集約的な産業であるという現実がある。 おそらく、改善されるモノとするモノという、二極化が元々、最初にあり、さらに郵便局員自体にもモチベーションがないのだろう。
(基礎からして改善を取り組みにくい組織になっている) そして決定的なのが、
モノを届ける。
国債を買う事に、どれだけのノウハウが必要なのかという点である。 確かにノウハウはあるのだが、一部の人に限られるだろう。
(熟練とはマニュアル化されない非定型作業と定義したい。 まぁ、細かな事を言うとあらゆる職種で本当は知識の積み重ねが必要なのだが、その種の評価がされ難い世の中になっている。 届けるという、ある種、想像性も感じない仕事にも本当はあるのだが、その行為の付加価値を回りが認めなくなってきているし、そのサービス(付加価値)自体を求めていないのかも知れない。 結局、多くの顧客は笑顔もいらないからともかく手紙を届けて欲しのだろう。
そういった類の職種は接客業といえど、基本、非熟練作業になってゆく。
マクドのバイトにソムリエ的な気遣いを客が求めないのと同じ論理だ。)
郵便局、従業員30万人の労力のほとんどは、ノウハウの少ない非熟練作業、職種と思われる。
熟練職種とは、ある仕事を通じ知識を獲得し、さらにその知識を土台に次のSTEPを踏める経験年数に準じて加速度的に成長が望める職種だが、 郵便局員のほとんどは、実能力において成長が止まり易い作業かと思う。 第3回 職種によって異なる経験年数の評価(その2)
http://jobs.hi-ho.ne.jp/special/column/no046/index.html 郵便業務のほとんどが、トヨタ改善方式によって生産性が向上するのだが、その実、郵便局員のロボット化だ。 正直、非常に複雑である。 同じ運輸関連のヤマトは、改善によって血を流しつつ必死に業務の効率化、ロボット化を行い本業で儲けている。 だが、下請けで支える膨大な人員はパートを代表とする非正規社員だ。 一方の業種で保護(郵便局員の正社員化)を行い、一方の業種では自己責任で頑張れでだ。
不公平感によるココロの破綻、おそらく民間は郵便局を詰るだろう。
そして頑張ってる民間企業は容赦なく人を稼げる人と稼げない人に峻別している。
これは過度な成果主義によるココロの破綻になるのだろう。
亀井氏の論も一理あるが、民間との不公平感を感じると同時に、今の日本の税収で彼ら郵便局員を支えられる余裕があるのであろうか?と疑問を思わざるおえない。 一方で民間の論理の行きつく先は、非熟練作業者の機械化、非人間化、そして人間の厳しい峻別化につながってしまう。 (まぁ、揺り返しも当然のようにあるのだが、現在の動きは知識集約型産業においてである。労働集約型産業において、その動きは極めて鈍い)
単純に郵便局員を切り捨てるのは正直、抵抗感がある。
なぜなら、彼らは必要だからだ。 が、一方で必要な仕事だからといって非効率な業務の温存を是とする事は出来ない。 なぜなら、日本にその余裕が無くなってきているからだ。 郵便局に民間以上の能力もなく、代替の企業がある以上、正しくは経過処置(郵便局員の数を減らしつつ、穏やかに消滅させる)を見ながら、郵便業に携わる人を減らす事だと思う。
今の状態ではイタミの先送りで、本質的な対応ではないのは間違いない。
そもそも、議論のスタートは民間に代替の能力のある郵政事業を国で行う必要があるかだ。
その議論を忘れ、安易に改革を中途させた事は、後のモラルハザードとココロの破綻に通じるだろう。
この不公平感の蓄積は後の日本におけるモラルハザードの原因になるように思えて仕方ない。
その点で亀井大臣は本質を見誤っている気がする。
この種の論議は、製造派遣禁止とも関係するが、競争とココロの担保を如何にバランスをとるか?だ。
日本が貧乏になっては本末転倒な話だが、日本の政治関係者は安易な道(両極端)を選ぶようである。 労働者の極端な切り捨て(小泉改革)か、保護(亀井、民主党)かでなく、バランスの感じる政策をお願いしたいところだ。
今の方策は、一時の安定は得られるが、最終的には先送りであり、将来の破綻(物質的にも精神的にも)が見えている茨の道だ。
亀井氏の想いとは裏腹に日本人のココロはさらに崩れて行く。
牧歌的でなく互いに憎しみ合う世界。
郵便だけ救い、他の業種は放置。
当然、救われたモノと救われなかったモノの間で醜い争いが発生するだろう。
一方、非効率産業を総て救ったら、日本の産業競争力は世界で太刀打ちできなくなるだろう。
亀井氏は各種モラルハザードを誘発しかねない政策を行おうとしている。
おそらく理解していると思うが、氏はその行動を止めないだろう。
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民主、共産、社民の労働政策について・・・(7/26サンプロにて)
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