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昨日は、「桜」の写真ということで、《さくら・はやぶさ》の写真を掲載してしまいました。3月17日以降(出雲の掲載以降)に思ったことを書いてみました。
《出雲》3月17日
僕の撮影した、3月17日の朝の《出雲》は、我が家から50mほどの所を通過したのだと思うと感慨深いものがあります。
我が家から50mほどの地下を貨物線が通っており、寝台特急が遅れて通勤時間帯のピークになってしまうような場合、東海道線の本線のダイヤの乱れを避けるために、本線とは別の貨物線を走らされます。東戸塚付近からこの貨物線は本線から離れ、新川崎駅付近で横須賀線に入り、品川へ向かうことがあるからです。この東戸塚から分かれた貨物線が僕の家のすぐ近くを通っています。まさに3月17日の《出雲》は、このルートを通りました。横須賀線を利用していると、新川崎付近でブルートレインと遭遇することがしばしばありました。こういうとき、あくまで通勤電車優先で、特急が待たされていました。寝台特急は、都会のラッシュには邪魔な存在になってしまっています。
以前、東海道線で通勤していた頃、寝台特急が通る時間は、通勤電車の間隔が長くなるため、混雑がひどかったのを思い出します。特急が数分遅れると(この数分というのがクセモノ)最悪の事態となり、横浜・品川間は地獄の通勤でした。そんなとき寝台特急を恨んだのも事実です。
寝台特急が消える・・・
寝台特急が消えるたびに、多くの鉄道ファンが話題にし、写真を撮っています。僕は、寝台特急がなくなると聞いて、写真を撮りに行ったことはありませんでした。《出雲》も偶然撮ったもので、目的は113系でした。
よく利用もし、見かけていた電車である113系がなくなるというので、その最後の姿は残しておきたくて撮りに出かけました。113系のヘッドマークには「ありがとう」の文字がありました。113系電車には、僕も心から「ありがとう」と言えるのです。
ベラスケスさんのブログの「出雲の独り言・・・」は本当にそのとおりだと思います。このブログを読んだとき、涙が出てしまいました。僕はそんな言葉が聞こえてきそうなので、見に行くのがつらいのです。でも、《出雲》の「バカヤロ!こんにゃろめ〜!」を最後に聞くことが出来てよかったと思っています。
僕の寝台列車経験
僕は、寝台列車に3度しか乗ったことがありません。いずれも20代のころで、特急《あさかぜ》に2回、急行《銀河》に1回です。《あさかぜ》は乗りたくて乗ったのですが、《銀河》は新幹線が点検のため午前中運転ストップという日に仕事で大阪に行かなければならなかったのでやむを得ず乗りました。その後、大阪、岡山、広島、福岡と出張の度に寝台列車に乗ろうと思えばいくらでも乗ることが出来たのに、新幹線、飛行機で移動してしまいました。鉄道ファン(まして飛行機嫌い)といいながら、このような状況です。
カシオペア、北斗星、トワイライトエクスプレスのような豪華寝台列車は人気があるようですが、移動手段としての寝台列車というのは、残念ながら今の日本の交通事情からは必要がなくなってしまっています。
写真は、記念すべき僕の初乗車(まだ乗っている)の《あさかぜ》です。1980年秋、小郡駅に到着するところで、父が撮りました。この頃は、もうEF65の1000番台が牽引していたのですね。僕は、500番台のほうが特急らしく好きでした。
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東海道のブルトレはEF65の方が似合いますね。どうもEF66はレ高速貨物なように思います。
2006/4/4(火) 午前 0:29 [ Rボーダー(´・ω・`)つ ]
本当ですね。記事にも書いたようにEF65の500番台が最も美しかったと思います。1000番台は、僕には「貨物列車」と思えてしまいます。ただ、EF66というのは、僕が思いついて、父からJRの知人に提案したものなのです。この僕の提案が通った訳ではないと思いますが、1年後位に実現してしまいました。ブルートレイン人気の復活と思ってのことですが、つまらない提案をしてしまいました。
2006/4/4(火) 午前 0:54 [ Karl ]
調べてみるとEF66は昭和42年登場とのこと。ということは、Karl君が小六か中一の頃の話ですよね!いったいどんな内容の提案をしたのですか???僕は鉄道のことは素人なので分かりやすく教えてください。
2006/4/4(火) 午前 6:36
hilty君も鉄道ファンの仲間入りでしょうか・・。EF66は、貨物用に開発された機関車で、EF65よりはるかに力のある機関車です。ただ、当初から塗装がブルートレインを牽引を前提にしているのだと僕は勝手に思っていました。というのは、ボディの横のクリーム色のラインが、EF65と同じ位置にあったからです。このラインがブルートレインの窓の下のラインと高さが同じなのです。つづく
2006/4/4(火) 午前 9:42 [ Karl ]
国鉄の民営化が決まった頃(独身だったので1982〜3年頃だったと思います)、父との会話で、ブルートレインをEF66に牽引させれば少しはスピードも速くなるし、少しは人気回復になるのでは、ということを話しました。父はそれを国鉄の知人(父の鉄道ファン仲間だと思います。)に話したとのことでした。つづく
2006/4/4(火) 午前 9:50 [ Karl ]
父の知人が国鉄でどういう立場の方だったのかはわかりませんが、そのときは、「EF66に客車を引かせるのは、力がありすぎてもったいない」というような話だったように覚えています。その後1985年からEF66が牽引することになり、「なあんだ、同じことを考えていたんだ」と思ったというのが本当のところです。父の話したことが影響したのかどうかはわかりません。
2006/4/4(火) 午前 10:00 [ Karl ]
私は高校を卒業して横浜に行くときに、西鹿児島駅から寝台特急「はやぶさ」に初めて乗りました。窮屈な寝台が今でも忘れられません。時間がいくらあっても足りない今は、仮に「がやぶさ」があってもまず、載ることは無いでしょうね。寂しいことです。
2006/4/4(火) 午後 8:47
こんな寝台車っぽい寝台車、初めて見ます♪うれしいな〜♪
2006/4/4(火) 午後 9:31
TBありがとうございます。私の稚拙な文章に涙して下さって、真に感無量の極みです。この記事で、本線から貨物線に経路を変更する事を初めて知りました。本当に知識が深いのですね。無知な私には、ありがたいブログです。
2006/4/4(火) 午後 11:09
天谷甘さん、たびたびの訪問ありがとうございます。先日、紹介した《出雲》と大して変わらないのですが、古い写真であることと、当時の小郡駅の雰囲気がそう思わせるのでしょう。ぜひ、25年以上後の《出雲》と比べてみてください。
2006/4/5(水) 午後 6:46 [ Karl ]
タカピーさん、コメントありがとうございます。寝台列車って「次の日仕事」だと思うと、やはり敬遠してしまいます。寝なくてもいい状況では、なかなかいいものなのですが・・・。でも、最後まで残った寝台特急が《はやぶさ》です。なんとか乗っておきたいものです。
2006/4/5(水) 午後 6:52 [ Karl ]
ベラスケスさん。「出雲の独り言・・・」本当に胸に沁みました。先日紹介した《さくら》を横浜駅で撮ったとき、「写真撮っているだけじゃなく、乗れよ!」と言われているような気がしたものです。その《さくら》も昨年、桜の季節を目前にして消えていったのです。
2006/4/5(水) 午後 7:01 [ Karl ]
Karl君の写真には素人の僕なりに、いつも感動していますが、お父様の写真も素晴らしいですねえ。7の大きな看板と列車の顔との位置取りが、いかにも美しく感じられます。
2006/4/5(水) 午後 8:18
父になり代わりまして、ありがとうございます。左に人が入ってしまっていますが、たぶん時計を入れたかったのだと思います。ほとんど眠れずに小郡に着いたことを思い出します。この後、SL《やまぐち》号に乗りました。
2006/4/5(水) 午後 9:36 [ Karl ]
SL《やまぐち》号の写真があれば、ぜひ見てみたいですねえ!もしあったらメールで送ってください!!!
2006/4/5(水) 午後 9:56