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nonchiさんに教えていただいた、スーザン・ケイ著《ファントム》(扶桑社ミステリー)上下2巻を本日読了いたしました。とても素晴らしい本を紹介してくださり、ありがとうございました。お薦めのとおりに、次は、ガストン・ルルー著《オペラ座の怪人》を読んでみたいと思っています。
スーザン・ケイが、《オペラ座の怪人》の主人公/エリックの出生からヒロイン/クリスティーヌの死に至るまでを小説にした著作です。
なお、この小説から、その本題である「愛」について深く考えさせられましたが、それは後日にレビューするつもりです。
読了直後なので、僕の心は十分に整理されていませんが、おそらく、僕がクリスチャンであるがゆえに、今、心に強く残っている場面について感想を書きたいと思います。
それは、「神がサッシャを天国に入れてくださるから永遠に別れるわけではない」と思っていたエリックに、マンサール神父が「神はすべての被造物に愛情を寄せておられるのだが、死後の世界を約束しておられるのは人間に対してのみなのだ、ということをエリックに分からせようとする。ー動物には魂がないからーと、神父が厳かに言った。」場面(上巻98,99ページ)です。
もちろん、これは小説なのですから、タラもレバもありませんが、これが実際の場面だったら、キリスト者として僕はどんな助言をエリックに示すことができるだろうか?と考えました。
そして、新約聖書ローマ人への手紙8章18節から24節の使徒パウロの言葉を引用して、「神様は人間も動物も自然も救いたいと考え、実際に救ってくださる。」と話してみたい、と思い至りました。
『今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。
被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。
それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。
被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。
私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。
そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。
私たちは、この望みによって救われているのです。目に見える望みは、望みではありません。だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。』
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いろいろな角度で読むことが出来る本ですね。私は看護師として、人とは違う形で生まれたり、病気のために変化してしまった容貌を持つ患者様に対してどのように接したら良いのか、考えさせられる本にもなりました。
2006/4/9(日) 午後 9:45
nonchiさん、コメントありがとうございます!「五体不満足」の乙武洋匡さんが生まれた時に、お母様が周囲の予想に反して、まず「かわいい」という言葉を言われたのは有名ですが、この本のことを考えている時に、そのエピソードを思い出しました。
2006/4/9(日) 午後 10:02