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最近、妻の祈りの姿勢と僕が私淑しているスポルジョンのメッセージから「真の祈り」の意味を教えられております。 祈りは、私たちに自らの無価値を教える。 それは、高慢な私たちにとり、非常に有益な教訓である。 もし神が、私たちの祈りなしに、恵みを与えたもうとすれば、 私たちは、決して自らの貧しさを知らないであろう。 真の祈りは、欠乏の目録であり、必要のカタログである。 それは、神の富を求めるものだが、また人間の空虚さをも告白するものである。 クリスチャンの最も健全な状態は、常に自己を空しくして、 主の供給により頼むことである。 常に自己を貧しくし、 イエスにあって富むことである。 C.H.スポルジョン「朝ごとに」(いのちのことば社)10月11日より |
C.H.スポルジョン
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「もし神が、私たちの祈りなしに、恵みを与えたもうとすれば、私たちは決して自らの貧しさを知らないであろう。」に共感いたします。
2006/10/14(土) 午後 11:08
「真の祈りは、欠乏の目録であり、必要のカタログである。それは、神の富を求めるものだが、また人間の空虚さをも告白するものである。」これが、祈りの真髄ですね。
2006/10/15(日) 午前 6:56