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きゆうさんのコメントに触発されて、宗教音楽にについて、少し考えてみました。 クラシック音楽における「宗教音楽」と言えば九分九厘「キリスト教音楽」のこと、という前提で考えました。 キリスト教音楽の基となる新約聖書自体が、「伝道」と「教育」を同時に意図して書かれています。 「未信者の救い」と「信者の成長」が、重要課題となっている、と言い換えてもよいかと思います。 僕は、シャルパンティエの《テ・デウム》やバッハの《クリスマス・オラトリオ》、ヘンデルの《メサイア》などが目的とするところも、「福音の宣教」と「信徒への奨励」である、と考えております。 したがって、しかるべき「キリスト教音楽」には普遍妥当性と個別専門性が同居しているものであると思います。 僕の教会の友人は、バッハの《マタイ受難曲》を聴いたことが、クリスチャンとなるきっかけであったと話してくださいました。 僕自身は、シャルパンティエの《テ・デウム》やバッハの《クリスマス・オラトリオ》、ヘンデルの《メサイア》を聴いて、繰り返しクリスチャンとして生きる力を与えられております。
ヒルティ様、こんにちは。なるほど、やはりクリスチャンの方のほうがより深く理解した上で音楽も楽しめる、音楽に励まされるということになりそうですね。僕はありのままに「美しいのものは美しい」と思って聴いていきたいと思います。
2007/11/7(水) 午後 4:42
きゆうさん、その2に書きましたが、必ずしもそうでもないと思っております。僕もきゆうさんと同様に、ありのままに「美しいのものは美しい」と思って聴いていきたいと思います。
2007/11/7(水) 午後 10:19
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ヒルティ様、こんにちは。なるほど、やはりクリスチャンの方のほうがより深く理解した上で音楽も楽しめる、音楽に励まされるということになりそうですね。僕はありのままに「美しいのものは美しい」と思って聴いていきたいと思います。
2007/11/7(水) 午後 4:42
きゆうさん、その2に書きましたが、必ずしもそうでもないと思っております。僕もきゆうさんと同様に、ありのままに「美しいのものは美しい」と思って聴いていきたいと思います。
2007/11/7(水) 午後 10:19