|
二女が大学に提出した留学計画書に、「発展途上国での貧困や紛争、差別などの様々な国際問題に興味を持っており、将来は国際協力の仕事に就き問題の解決に貢献したい。」というような言葉がありました。たいへんに立派な志であり、彼女にとってはそれが天職となるかもしれません。親としては、喜んで全面的にバックアップして行きたい、と考えております。 しかし、僕は二女が、このような志と同時に、「真の平和」は神の介入なしには実現しない、という歴史観を持つ必要があると考えております。おそらく、彼女自身もすでに教会の礼拝で繰り返し聴いていることですので、よく理解していることと思いますが。 長年にわたってアジアの最貧国で結核治療の推進のために働かれたクリスチャン医師である先輩が、ある時、「これまで様々な努力をして、それなりの成果をあげてきたが、アジアの国々の現状を考えると結局、キリストの再臨が来るまでは、真の問題の解決が無いと思います。」を語られた言葉が忘れられません。 問題解決のために、政治、経済、科学、医学、教育、国際関係学等の力を最大限に善用し活用することが大切なのは言うまでもありませんし、僕自身は福祉の現場で今後も努力して行きたいと考えておりますが、一方では、神の力によって、人間の罪の問題が解決されなければ、真の平和は訪れないということも真実であると考えております。そして、その責任を担うのは、メッセージを託されている教会でありキリスト者であると思っております。 彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、
国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。(イザヤ書2章4節より) このようなしあわせな時が訪れていたなら、と思う。現在のところ、国々は軍備拡張に追われている。人間の目的は、おびただしい数の人間を殺すことによって達成されるかのように、兵器の開発にやっきになっている。ところが、平和は、いつか世界中に行きわたる。しかも徹底して平和となるので、破壊の道具はほかの形に打ち直され、より良い目的のために使用されることになる。 どうしたら、このようになるのか。貿易、文明、国際紛争の調停によってだろうか。そうではない。過去の経験は私たちに、あまりにも貧弱な手段に依存することを禁じている。平和はただ、平和の神によって樹立される。彼は御霊によって人々を教え、恵みによって彼らの心を一新し、至高の力によって彼らを支配される。その時、彼らは傷つけたり殺し合ったりすることをやめる。 C.H.スポルジョン著「主の約束は朝ごとに」(いのちのことば社)12月15日より |
C.H.スポルジョン
[ リスト ]


