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カール・ヒルティは著名な法学者であり政治家、実務家でありましたが、同時に聖書の正統的な理解を保持した人物でした。 僕は、キリスト者になって32年になりますが、チャールズ・ハッドン・スポルジョンの説教集とカール・ヒルティの箴言に養われて来ました。 今夜も、ヒルティの言葉から、大切なことがらを教えられました。 キリスト教は、およそ人間というものは、その教養のいかんを問わず、自分自身の内部からそのような崇高な力を展開することは出来ないものだと考え、むしろこの力は、ある事実に対する信仰の結果として外部から直接与えられることを約束している。
救いは、歴史的であって、哲学的ではなく(思惟過程でなく)、ほかの歴史的事実と同じように、ただ一度きり起こった、取り消すことのできない、人間の意見から独立した純然たる事実に基づくのである。 つまり、救いは、この事実の承認であり、信仰であり、これを求めて手をさしのべる人には必ず与えられるある物、しかも万人にひとしく、教養のある人にも無教養者にも、賢者にも愚人にも、相当徳のある人にも粗野な罪びとにも、一様に与えられるある物なのである。 岩波文庫判「幸福論」第一部 106頁より |
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2008年10月14日
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