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「ぜひとも幸福を得ようとするならば、何よりもまず暗黒の力が決定的に、かつ永久に打破されねばならない。」 |
カール・ヒルティ
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まず自分自身から、自分の気分や性癖から自由になることから初めて、つぎには、自らすすんで神と、地上における神の大業とに仕えるべきであろう。 |
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カール・ヒルティは著名な法学者であり政治家、実務家でありましたが、同時に聖書の正統的な理解を保持した人物でした。 僕は、キリスト者になって32年になりますが、チャールズ・ハッドン・スポルジョンの説教集とカール・ヒルティの箴言に養われて来ました。 今夜も、ヒルティの言葉から、大切なことがらを教えられました。 キリスト教は、およそ人間というものは、その教養のいかんを問わず、自分自身の内部からそのような崇高な力を展開することは出来ないものだと考え、むしろこの力は、ある事実に対する信仰の結果として外部から直接与えられることを約束している。
救いは、歴史的であって、哲学的ではなく(思惟過程でなく)、ほかの歴史的事実と同じように、ただ一度きり起こった、取り消すことのできない、人間の意見から独立した純然たる事実に基づくのである。 つまり、救いは、この事実の承認であり、信仰であり、これを求めて手をさしのべる人には必ず与えられるある物、しかも万人にひとしく、教養のある人にも無教養者にも、賢者にも愚人にも、相当徳のある人にも粗野な罪びとにも、一様に与えられるある物なのである。 岩波文庫判「幸福論」第一部 106頁より |
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カール・ヒルティは、今から117年前に、その名著「幸福論」第一部冒頭の「仕事について」の結語として、下記のように記しています。 また今日の社会の状態を見ると、ふたたびある社会改革が起こって、現在働いている人々が支配階級になるだろう、と期待して誤りないように思われる。これは丁度、かつて19世紀の初めの社会革命で、勤勉な市民がなまけ者の貴族や僧侶をしのいで上に立ったのと同じである。
しかしこの市民たちも、彼らの先行者と同じように、ただ利札を切って、つまり他人の労働で暮らそうとするなまけ者になってしまえば、結局滅びるよりほかはないであろう。 未来は働く人のものであり、社会の主人はいかなる時代にも常に勤労である。 岩波文庫版「幸福論」第一部 30頁より 僕は、人間にとって大切なのは、フーテンの寅さんが頻繁に口にする「地道な暮らしよ〜!」という平凡かつ偉大な生き方だと思います。
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最近、ある方から「ヒルティはカント派である」という趣旨のヒルティの信仰をネガティヴな文脈で語る御意見を伺いました。 |


