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starさんからいただいたコメントから、言葉をうけとる術について考えてみましたが、下記の言葉は、その答の一つになると思います。 もしも、われわれが人間の事柄を同情をもって見る事ができないなら、 世間との接触はわれわれの内的人間を必ず害する。 これが、修道院生活を正統化する理由である。 もっとも、それはただ相対的な是認を意味するにすぎない。 ほかにもそれを逃れる道があるからである。 われわれは、つねに、実際的な教訓に対して素直に心を開き、 だれからでもそれを感謝の念をもって受け入れなければならない。 これに反して、一般的な人生観に関しては、 われわれは、やはり絶えず、 思索と経験によって、それを自分の内部で深め、かつ純化するように努めねばならないが、 この点については、どんな人からの影響にも、つねに心を開くというのではいけない。 そればかりか、またもしわれわれが時代精神全体と相容れず対立するとしたらば、 われわれの人格を犠牲にしてまで、それに従うほどの値打ちのあるものはめったにない。 むしろ逆に、個人が時代精神に以前と違った方向を与えたという事実は、 これまでも少なくないのである。 「眠られぬ夜のために」第一部6月7日より(岩波文庫) |
カール・ヒルティ
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かつて、ある人に「瞬間湯沸器」と評されたことがあります。 もう30年も前の事ですが、50歳を過ぎた今でも、残念ながら、この湯沸器の性能は衰えていません!? カール・ヒルティによれば、例え義憤であるにしても怒りをあらわにした抵抗は上策ではない、ということになります。 僕にとって、反省とともに、繰り返し味読すべき言葉です。 なんの恩寵にもあずからない罪人の心の奥がどんなであるかを、実生活において精密に観察しなさい。 そうすれば、あなたは、もはや憎しみを感じることなく、すべての人に深い同情を覚えるであろう。 なにかにつけて怒ることがある限り、まだ自分を支配しているのではない。 どのような悪に対しても、静かな抵抗が最もよく勝利をおさめるものである。 「眠られぬ夜のために」第一部9月21日より(岩波文庫) |
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starさんから、カール・ヒルティが善についてどのように語っているのか、という趣旨のご質問がありましたので、まず「眠られぬ夜のために」第一部の中から、回答になりそうな言葉を、探してみたいと思います。
神の国において先ず学ばなければならないことは、 すべての善は、信仰によってわれわれの内に生じるということである。 そうでなければ、善は成長する力を持たない。 「眠られぬ夜のために」第一部8月30日より(岩波文庫) キリスト教的世界観の本当の、確固とした基礎は、 この世の悪と各個人の内なる悪とは「法理上(デ・ジュレ)」すでに征服されており、 したがって大切なことは、この勝利を「事実上(デ・ファクト)」それぞれの場合にも有効ならしめ、 かつ推し進めてゆくことである。 これがすなわち、キリストを通じてただ一度だけ行われた、いわゆる「救済」の秘義であって、 これを信奉するすべての人にとって、疑うことも、否定することもできない真理である。 もしそうでなかったら、善の勝利について絶望することも確かにありえるだろう。 「眠られぬ夜のために」第一部4月19日より(岩波文庫) 実践的に言えば、人生の主要事は、つねに自分の義務を行い、 これに反する心の傾向や異論をあまり気にすまいと、断固たる決意を抱くことである。 なおその次に、これを実行しうるためには、 神を信じ、神とつねに結ばれていなければならないという信念が加われば、 事はすでに成ったのであり、心は堅固になり、真直ぐな道が開けてくる。 だが、この二つの条件がそなわっていない限り、 宗教や道徳についてどんなに仰々しく語っても、それは単なる饒舌にすぎない。 「眠られぬ夜のために」第一部4月28日より(岩波文庫) キリスト教界は、完全な人びとの社会ではなく、 弱い人びとの社会、おのれの弱さを知って、しかもこの道によって前進し、 正しい生活に入ろうという善き意志をそなえた人びとの社会である。 「眠られぬ夜のために」第一部6月5日より(岩波文庫) |
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善に対して「勤勉な者」でありたいと思います。 善に対する怠慢は、きわめて大きな欠点である。 おそらく、あらゆる欠点の中で最も大きいものかもしれない。 というのは、そこになんら善い面が見あたらないからである。 それにもかかわらず自分についても他人についても、この欠点をあまり重く見ようとしない者が多い。 というのも、この欠点は全く消極的なものであって、普通ひとに気づかれにくいからである。 「眠られぬ夜のために」第一部4月10日より(岩波文庫) |
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この「幸福論」は、全三巻からの抜粋版ですが、とても良い編集だと思います。 幸福の第一の、不可欠の条件は、倫理的世界秩序に対する確固たる信仰である。 カール・ヒルティ著(斎藤栄治編)「幸福論」 白水社 65頁より |






