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これから、卒業、進学、就職などで多くの方々が人生の転機に立つわけですが、そのような人びとに贈りたい、カール・ヒルティの言葉です。 神を信ずる人にとっては、すべての憂いがしだいに消えて、そのかわりに、ある確かな信念が生まれる。 すなわち、一切のことが必ず良くなる相違なく、そして何ごとも、たとえば不幸にせよ、人の悪意や怠慢にせよ、ほんとうの禍いをもたらすことはない、という信念がわいてくる。 これこそ、すでに幾世紀もの長い間、無数の悩める人びとに心からの慰めを与えてきた、有名な言葉によって、使徒パウロが言おうとしたことである。 「神を愛する者たちには、万事が益となるにちがいない。 なぜなら、その人たちは、ある一定の計画にしたがって召されたのであるから。」 これをひとたび自分の人生設計のなかに取り入れて、どんなことがあっても絶対にこの信仰をすてない者は、トマス・ア・ケンピスが言うように「その足を平和と安息の地にふみ入れる」のである。 カール・ヒルティ著「幸福論 第三部」岩波文庫 P.101-102より |
カール・ヒルティ
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久しぶりに、カール・ヒルティの言葉を味読いたしました。 なにごとが起ろうと、すべては神のみ手から授けられるものと信じ もはやいろいろと思いわずらうことなく ただ開いた門を通って行くならば その人の人生は、すでに幸福になり始めたのである 「神のかたわらにあること」 すなわち人間の魂に神の霊が「宿る」こと これこそが本当に魂の幸福となるのである カール・ヒルティ「眠られぬ夜のために 第一部」2月13日(岩波文庫)より |
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僕たちにつきまとう「おそれ」の克服について、カール・ヒルティは次のように教えています。 おそれは、つねに、なにか正しくないことのしるしである。 その正しくないものを探し出して徹底的に克服しなさい。 そうすれば、おそれは苦しいものではなく、むしろ正しい生活への道しるべとなる。 われわれは、人間として完成すべき義務を負うている。 そのために必要な力と洞察は、正しく求めさえすれば得られるものである。 カール・ヒルティ「眠られぬ夜のために 第一部」1月25日より(岩波文庫) |
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人として生まれたからには、内的生活を大切にして行きたいものです。 経済が手段でなく目的化して、社会的ダーウィニズムが跋扈している世界に向かって、 何度でも「いのちのことば」の火矢を放ち続けたいものです。 真の内的生活に達する場合、 個々の魂がみずからの内に経験する成長の過程は、普通、次ぎのとおりである。 まず第一に、不満足な世俗的努力から転じて神を、 悪や無関心から転じて善を「仰ぎのぞめ」という段階である。イザヤ書45の22。 つぎには、「まず神の国を求めよ」、 すなわち、何よりも先ず、他の努力の片手間でなく、 あるいはそれと同時でなく、求める段階である。マタイによる福音書6の33。 それに続いて、すべて本当に必要なもの、人を益するものは、 つねに必ず得られるという確信が生じる。ヨハネによる福音書15の7、16の24。 そのようにして、最後に生じるのは、絶えざる内的平和とこの世の克服である。 実際この世には、 どんなに恵まれた運命にあっても、不安と心労しか存しないのだ。ヨハネによる福音書16の33 人生は、絶えざる克服か、もしくは屈服である。 地上においては、いかなる人間にもそれ以外の道はありえない。 カール・ヒルティ「眠られぬ夜のために 第一部」1月17日より(岩波文庫) |
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ケースワーカーの仕事をしていると、自分の過去にとらわれて人生を前向きに生きにくくしてしまっている人びとに出会うことがあります。 そうした人びとにカール・ヒルティは次のように勧めています。 後ろ見ないで、つねに前方を見なさい。 最後には、この世の命を超えてかなたを見なさい。 あとを振り返るのは、何の益にもならない。 ただし、まだ改めうることを改めるためや、過去の失敗を今後用心するためや、 または、人から受けた恩諠に感謝をもって報いるために、そうする場合は、また別である。 カール・ヒルティ「眠られぬ夜のために 第一部」1月14日より(岩波文庫) |






