|
日々の仕事をとおして、最近感じていたことを、今朝この言葉を読んでよく理解することができました。 人間は、エゴイズムが常に自分自身に悪い結果をもたらすものだということを、 理性をもって十分に納得しない限り、たとえ信仰がそれを教えても、 多くの場合、それは生活に実際的な影響を大して与えない弱々しいものにとどまる。 しかし、その深い理解を得た人は、一大進歩をとげる。 カール・ヒルティ「眠られぬ夜のために 第一部」1月12日より(岩波文庫) |
カール・ヒルティ
[ リスト | 詳細 ]
|
神は、僕たちに多くの喜びと楽しみをお与えになりますが、それだけが人生の目的ではありません。 神と人との関係の中で、いかに善い、いかに正しい人格的な交わりを継続していくか、これこそが真に「霊的=スピリチュアル」な、人生の究極の目的だと思います。 あなたが(今おそらくそうであるように) 「どうしたらすばらしい。愉快なことが楽しめるか」と問うかわりに 「今どんな善いこと、正しいことをなし得るか」をたずね、あるいは、 この究極の目的のために、どのように自分の状態をあらためたらよいかを絶えず問うことに、 あなたの全思考力を向けているならば ーーー あなたが住む、この世界について、全く違った、より満足すべき観念が得られるであろう。 そして、およそ「生きる」とはどういうことであるかが、初めて本当にわかるであろう。 カール・ヒルティ「眠られぬ夜のために 第一部」1月4日より(岩波文庫) |
ヨハネによる福音書15の7は、おそらく聖書全体のなかでも最も注目すべき言葉であろう。 この言葉が真実であるならば、人間が地上生活のあいだに脅かされる一切の悪に対して、 つねに助力が用意されているのである。 カール・ヒルティ「眠られぬ夜のために 第一部」1月2日より(岩波文庫) ヨハネによる福音書15章7 節(イエス・キリストの言葉) あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、 何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。 そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。
|
|
2007年、あけましておめでとうございます☆☆☆☆☆☆☆
7という数字は一般的にも「ラッキー7」などといわれ好まれる数字のひとつですが、キリスト教では、神様が7日で天地を創造されたことから7は「完全数」といわれております。 2007年が皆様にとって、素晴らしい年となりますようにお祈り申し上げます。 今年も、聖書とカール・ヒルティの言葉に励まされながら人生を深く考えながら歩み。 クラシック音楽を楽しみながら、皆様と交流させていただきたいと願っております。 今年も宜しくお願いいたします☆☆☆ たえず偉大な思想に生き、ささいなことを顧みないように努めなさい。 これは一般的に言って、人生の多くの苦渋と心配事を最もたやすく乗り越える道である。 最も偉大な、しかも同時に、一般的に最もわかりやすい思想は、 現代では、キリスト教の形をとる神信仰である。 もし、あなたが人生の幸福を心から望むならば、 キリスト教を神学や教会主義と取替えてはならない。 むしろ、あなたは自分でキリスト教を、その源において、 すなわち、福音書のうちに、 とりわけ、キリストみずからの言葉のなかに、求めなさい。 キリストの言葉と比べられるものは、どんな哲学にも見いだすことができない。 カール・ヒルティ「眠られぬ夜のために 第一部」1月1日より(岩波文庫) |
|
現在、教会の壮年会ではイザヤ書を学んでいますが、この書は真の神信仰と不可分の社会的正義を取扱っております。 神は、当時の不正を厳しく糾弾して、正しい裁きを実行すると預言され、実行されました。 僕は、それは現在の不正にも適応されると信じております。 学びのなかで、現在の日本や世界の中での不正にも話がおよびますが、そのようなときに、僕はヒルティの言葉を思い出して、皆さんに伝えることとしています。 「この世とその営み」についての不平や愚痴は、およそこの世で最も無益なものである。 われわれは、次のように言ってもよい。 そのような世間人になりたくないという敬虔な人びとは、 彼らがあるべき、またありうる人間に完全になりさえすれば、 社会的弊害はいくらかでも、おのずから改善されるであろう、と。 しかし、不平やお説教だけでは、弊害はいっこうに改められない。 キリスト教が明らかに意図したのは、 神の庇護と主が常に側近くにいられることとを信じて安らかにその道を行き、 できるだけ多くの善をなし、 また、教えるよりもむしろ実例をもって人を励ますことで自分たちの真理を広めるような、 そういう人びとの集まりであった。 カール・ヒルティ「眠られぬ夜のために 第一部」12月29日より(岩波文庫) |






