私はキリスト教を、最初はむしろいくらか実際的に、それも軍務から類推して理解していた。 そこで、私が一番興味のある聖徒は、ペテロやパウロではなくて、 カペナウムの町の百卒長(ルカによる福音書7の1−10)や百卒長コルネリオ(使徒行伝10の1−48) であった。 その限りにおいて「救世軍」は、現代の要求を、そしてある程度まであらゆる時代の要求をも、本能的に正しく把握していると、私は信じている。 「眠られぬ夜のために」第一部10月20日より(岩波文庫) 仕事で、救世軍の施設や病院にお世話になり、今は母がそのホスピスにお世話になっております。
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カール・ヒルティ
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たしかに、この世には多くの悲惨がある。 しかし、正しいところに助けを求めるなら、それに対する力強い助けも少なくない。 そして、拒みさえしなければ、悲惨からの完き救いも、最後には与えられる。 「眠られぬ夜のために」第一部10月17日より(岩波文庫) 今朝、母親がホスピスに、入院いたしました。
今夕、母親がイエス・キリストを信じて、洗礼を受けることができました。 僕と母の人生に、深い悲しみと大きな喜びが織り込まれたような、不思議で幸福な一日でした。 |
祈ろうとする時は、 まずわたしたちが持っているものに対する感謝をもって始めなければならない。 そうすると心が祈りにふさわしい気分に導かれる。 つぎに自分の意志を神にゆだね、 最後にその日一日のために信仰と愛をお願いする。 それから初めて、目前の必要事を祈らなければならない。 おのれの意志を神に委ねた時にのみ、 われわれの祈願に神がみ心をよせてくださることを、 十分の確信をもって期待することが許される。 そうでなければ、やはり自力にたよるほかはない。 しかし、自分の意志を神にゆだねて、 神の誤りなき導きに固く信頼しながら、自分勝手に未来を予見しようとせず、 一歩一歩未来の闇の中を進んでゆくならば、 およそこの世で可能な、人生の確固とした、静かな幸福が始まるのである。 「眠られぬ夜のために」第一部10月15日より(岩波文庫) 祈りの祝福を実感する今日この頃に、祈りの在り方を具体的に教示してくれる、記憶すべきカール・ヒルティの言葉です。
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誠実は本来、とりわけ美しい大切な性質である。 それは、実に動物をすら気高いものにし、 彼らをほとんど人間なみの価値と品位にまで高めるほどである。 誠実が全く欠けている場合は、 どんなにすぐれた才智と高い教養のある人間でも、 社会にとって危険な野獣にすぎない。 「眠られぬ夜のために」第一部10月16日より(岩波文庫) 明日は、今日よりも誠実な歩みを心がけたいと願っております。
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神の秩序にしたがって考えれば、人間を支配することの合法性は、 支配者がもはや自分のことはすこしも念頭になく、 もっぱらすべての人のしもべとなることにある。 これ以外の合法性は、ことごとく誤りである。 また、すべての支配者は、これにしたがって批判されねばならない。 「眠られぬ夜のために」第一部10月8日より(岩波文庫)行政に携わる者として、ぜひ、心に刻んでおきたい言葉です。 |






