クラシックな日々

真善美愛を追い求める、クラシカルな話題の徒然草です★

C.H.スポルジョン

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詩篇50:15

詩篇50篇15節は、クリスチャンになって以降の僕の人生を支えてくれた聖書の言葉です。
かつて、敬愛するドクターが医療伝道のためにバングラデッシュに出発されるおりに贈ってくださった聖句です。
スポルジョンのメッッセージとともに英文でご紹介いたします。


Saturday, July 31, 2010
Faith's Check Book, Daily Entry
C. H. Spurgeon
July 31
An Appeal; Deliverance

And call upon me in the day of trouble: I will deliver thee, and thou shalt glorify me. (Psalm 50:15)

This is a promise indeed!

Here is an urgent occasion―"the day of trouble." It is dark at noon on such a day, and every hour seems blacker than the one which came before it. Then is this promise in season: it is written for the cloudy day.

Here is condescending advice, "Call upon me." We ought not to need the exhortation: it should be our constant habit all the day and every day. What a mercy to have liberty to call upon God! What wisdom to make good use of it! How foolish to go running about to men! The Lord invites us to lay our case before Him, and surely we will not hesitate to do so.

Here is reassuring encouragement: "I will deliver thee." Whatever the trouble may be, the Lord makes no exceptions but promises full, sure, happy deliverance. He will Himself work out our deliverance by His own hand. We believe it, and the Lord honors faith.

Here is an ultimate result: "Thou shalt glorify me." Ah, that we will do most abundantly. When He has delivered us we will loudly praise Him; and as He is sure to do it, let us begin to glorify Him at once.

 二女が大学に提出した留学計画書に、「発展途上国での貧困や紛争、差別などの様々な国際問題に興味を持っており、将来は国際協力の仕事に就き問題の解決に貢献したい。」というような言葉がありました。たいへんに立派な志であり、彼女にとってはそれが天職となるかもしれません。親としては、喜んで全面的にバックアップして行きたい、と考えております。
 しかし、僕は二女が、このような志と同時に、「真の平和」は神の介入なしには実現しない、という歴史観を持つ必要があると考えております。おそらく、彼女自身もすでに教会の礼拝で繰り返し聴いていることですので、よく理解していることと思いますが。
 長年にわたってアジアの最貧国で結核治療の推進のために働かれたクリスチャン医師である先輩が、ある時、「これまで様々な努力をして、それなりの成果をあげてきたが、アジアの国々の現状を考えると結局、キリストの再臨が来るまでは、真の問題の解決が無いと思います。」を語られた言葉が忘れられません。
 問題解決のために、政治、経済、科学、医学、教育、国際関係学等の力を最大限に善用し活用することが大切なのは言うまでもありませんし、僕自身は福祉の現場で今後も努力して行きたいと考えておりますが、一方では、神の力によって、人間の罪の問題が解決されなければ、真の平和は訪れないということも真実であると考えております。そして、その責任を担うのは、メッセージを託されている教会でありキリスト者であると思っております。 

 彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、
 国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。(イザヤ書2章4節より)

 このようなしあわせな時が訪れていたなら、と思う。現在のところ、国々は軍備拡張に追われている。人間の目的は、おびただしい数の人間を殺すことによって達成されるかのように、兵器の開発にやっきになっている。ところが、平和は、いつか世界中に行きわたる。しかも徹底して平和となるので、破壊の道具はほかの形に打ち直され、より良い目的のために使用されることになる。
 どうしたら、このようになるのか。貿易、文明、国際紛争の調停によってだろうか。そうではない。過去の経験は私たちに、あまりにも貧弱な手段に依存することを禁じている。平和はただ、平和の神によって樹立される。彼は御霊によって人々を教え、恵みによって彼らの心を一新し、至高の力によって彼らを支配される。その時、彼らは傷つけたり殺し合ったりすることをやめる。
     
      C.H.スポルジョン著「主の約束は朝ごとに」(いのちのことば社)12月15日より 

健全な心

 「健全な心」を目指す人こそ、「美しい世界」を作り得るのだと思います☆

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 どうか、私の心が、
 あなたのおきてのうちに
 健全なものとなりますように
 それは、私が恥を見ることのないためです。
 (詩篇119:80)

 神のことばに寄り添って歩いている人たちは、そうすることによって恥を見ることがあり得ないという確信が、この霊感を受けた祈りにはある。
 祈りは心を健全にする上で益がある。
 健全な信条は良いもので、それについての健全な判断は、いっそう良い。
 しかし、真理にたいする健全な心は最良である。
 私たちは真理を愛し、真理を感じ、真理に従うべきである。
 そうでないと、真の意味で神のおきてのうちに健全であることはできない。
 今の悪い時代に健全な人が多くいるだろうか。
 私たちも、ぜひその仲間に加わりたいものである。

  C.H.スポルジョン「主の約束は朝ごとに」(いのちのことば社)6月19日より

「真の祈り」

 最近、妻の祈りの姿勢と僕が私淑しているスポルジョンのメッセージから「真の祈り」の意味を教えられております。

 祈りは、私たちに自らの無価値を教える。
 それは、高慢な私たちにとり、非常に有益な教訓である。
 もし神が、私たちの祈りなしに、恵みを与えたもうとすれば、
 私たちは、決して自らの貧しさを知らないであろう。
 真の祈りは、欠乏の目録であり、必要のカタログである。
 それは、神の富を求めるものだが、また人間の空虚さをも告白するものである。
 クリスチャンの最も健全な状態は、常に自己を空しくして、
 主の供給により頼むことである。
 常に自己を貧しくし、
 イエスにあって富むことである。

             C.H.スポルジョン「朝ごとに」(いのちのことば社)10月11日より

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