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Facebookでみかけて、こちらにシェアさせてもらった。
川北秀也さんは昨年『河北秀也 東京藝術大学退任記念 地下鉄10 年を走りぬけて iichikoデザイン30年展』されたかたで、地下鉄路線図もこの方のデザインだそうです。
オリンピックエンブレムの問題がおきてから、サントリーのトートバックなどの、「疑惑がある?」という記事をコメント無しで次々とシェアされて議題を世に問い、問題の判定はそれを見た方各自にまかせる、というスタイルをとられていた。
この記事は別の方が雑誌のインタビュー記事をアップされたものを拝借
かって、あるシンポジウムで、イタリアのデザイナー複数に「デザインといえば何だと考えるか」と聞いたことがあります。すると全員、年代を問わず「生活や暮しである」と答えたのです。日本人なら彩や形と答えたでしょう。日本とは認識が違います。
グッドデザイン賞をご存知でしょうか。あれはもともと、旧通産省の輸出局が管轄していました。僕はこの賞の審査員を十数年もやっていました。そもそもなぜこの賞がうまれたかというと、にほんがとにかく外国製品のまねばかりする時代に「オリジナルな製品には賞を与えて印をつけ、工業製品の輸出を伸ばしましょう」となったからです。それぐらい、かってはメイド・イン・ジャパンといったら全部まねだった。デザインとは何か、日本は今こそ深く考えて変わるべきです。
EU諸国、ことにイタリアは「生活や暮し」各人一人一人を考えることがすべてのことに優先しています。企業のため国の為ではない。それに対して日本は、集団的自衛権にしても個別的自衛権にしてもその議論は、個々の人、具体的な生活でなく、いろいろにとれる抽象的な概念「国」基調にしています。その上この「国」「国民」は、日本列島の住民総てを含んでいない。もう何十年も日本に生まれ生きてきた三世四世の在日の方は排除されている。
なんとかナショナリズムを払拭したい。
これから軍需産業が日本経済を牽引していく気配だ。誰の為の人生、誰の世界かを、上記のようなイタリア世界に学びたい。 |
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