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若林奮 飛葉と振動
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/press/2015r_wakabayashi.pdf
新宿から湘南ライン66分で逗子駅、そこからバス。駅前で路線図をながめているとボランティアがどちらへいかれますかと案内してくれる。250円区間。往路は成田エクスプレス、武蔵小杉で乗り換えで立川まで。行き来に5時間もかかったが収穫大であった。
私の師匠小畠廣志と若林奮はほぼ同期で、60年代には二科展や若手のグループ ”刊” 展でいっしょしていた。しかし作品傾向がことなったためか、師匠から彼の話を聞いた覚えがない。
誰でもそうだと思うが若い頃はことに、批判精神があっても、師匠の世界にそっぷりつかってしまい、なかなかから抜け出せない。そんなことからだろうか、若林作品をじっくり見たことがなかった。
若林がその半世紀余の創作を通じて追求したこと、それは私たち人間と自然との関係を問うことでした。轍を始め、銅や鉛、気、石膏、硫黄などの様々なそざいによって、自然の光、水、大気などの気象や、山や川等の地勢の変化、あるいは植物の生態、犬の呼吸、ハエの飛翔といったおよそ彫刻にしがたい対象を作品に取り込み、・・・。「自分が自然の一部であることを確実に知りたい」とする若林が、人間と自らを取り囲む外界との関係を把握する架空の物差しとして、「振動尺」という彫刻の概念をうみだしたのは1977年頃のこと・・・やがて・・「庭」の制作へと展開・・。「飛葉と振動」は若林が最晩年の彫刻に名付けた言葉です。木の葉が飛来し、光や大気と共に自らも振動する場ーそこは、自然と人間との共生を求め、思索して続けてきた坂がたどり着いた空間であり、庭を想起させます。・・
私は作品を見たり制作したりする時におもっていることがある。そのモノ(作品)のもつ(醸し出す、支配する)周囲の空間、そこの空気の密度に違いがある。そのバリアーが強く広いほど そのモノの本質的な存在のあり方を示している。浄化された空間とうを思う。
美術品でなくとも、ある場所にAというものが存在するのか、その場のありかたはまったくちがったものになる。それはなんだろうかということを考えている。
気とか波動とか感じるようにしていた。 国立近美では見ていたんだろうが「振動尺」見過ごしていた。解説文を読みながら数時間も滞在してきた。
館を出て外展示を見る
木戸を出ると海へ続く路地だった
館山にもあったイヌガヤかな。見上げたが見つからなかった。
しばらく湘南の海を感じてから、帰路につく |

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来春、同じタイトルの展覧会が府中市美術館で開催されるようだ。
この館の外に「地下のデイジー」という作品が設置されているので見に行こうかと思っている。
地中に、鉄板25mmx120枚=3mm埋められ、地上部には3枚分だけでているようだ。写真では地下の実感がわかないから、現物を見に。
2015/11/6(金) 午後 6:30 [ contemporary Eat & Art ]