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カッチー 鵲かささぎ リムジンバスをスヒョンで降り、出会えた。17年前に出会って以来だ。
ムクドリと鳩の間くらいの大きさ
飛ぶ姿が、飛翼と長い尾羽をのばし、青と白のコントラストが鮮やかでがとても美しい
市の鳥に指定されていると聞いたような気がするが?人を怖がらずにあちこちで見かける
鴨 オ-リ も愛されています
車道側のウインドウはどんなだったのだろうかな
下は散歩中にみかけた別の店
美術館見学の後、奥様も合流し夕食もごちそうになりました
鴨の焼き肉とマッコリをご馳走になりました。
マシッソヨ美味しかった
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ついにイスラム世界から見放されてしまった ようだ
連合赤軍という時代があった。今のいいかたならテロリスト集団。当時の言い方ならば、先進的な学生が武力闘争に先鋭化していった運動。一国的なナショナリズムが(自己中だと)否定され世界同時革命などと夢想された。
よど号ハイジャック、岡本コウゾウ(漢字表記を?)の乱射などにより第三世界(当時のいいかた)からは敵国呼ばわりはされず、第9条憲法の戦争放棄条項をもって、どこの世界でも歓迎されていた。
むしろ表立ちはしないものの保守的な白人社会からの人種差別があった。(今もあると思っている)
ビートルズ世代とか、68世代(日本は全共闘世代という狭い言い方をする)の若者たちは国や人種が違えども言葉が通じなくとも同じような感性だという確信があり仲良くなり易かった。(連帯感という当時のいいかたもある)
日本を含めた西欧諸国での、それ以前の社会にたいする抵抗が同時的に起った60年代後半を経て、黒人社会が市民権を得たり、女性が男性特権社会を否定し同権化する方向を獲得したりと新しい社会が始まった。今では当たり前のことなのだが。
日本の政権がアラブで捕虜にされた日本国民(それも日本の国民に向けた 出来うるかぎり正確な報道をしていた貴重希少な報道者)を見捨てた。
ふと思い出した。
海外に出た時に、困ったからといって駆け込んでも何もしてくれないのが日本大使館だと。留学生など当時海外に住んでいた者はみな一応にそういっていた。アメリカドラマを見ると米国市民の身を守る政府機関を羨ましく思う。
日本の政治はこちらを向かないで即ち尻を向け常時XXの方向を向いている。海外職員も政治家や皇室や有力者の海外出張の際の接待が主な仕事だったり・・
自由報道の為の報道者に、危険地帯への海外渡航を止めるようにと三度も警告したと政府は保身発表をしている。危険地帯と、誰がそうしたのか。具体的な報道を規制し、遮断し、一方的なニュースの流れを作り、情報操作で海外との関係を都合よく操作できていく。ブラックボックス化。
この間の選挙結果が、実際的に、戦前の大政翼賛会の時代へところがり始めているように思い、ついついの深夜便です。
お隣へ行ってきたばかりでアドレナリンが止まっていないようだ。
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