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工房の後輩からの案内状が届き出かけた。
八高線東福生駅から川越直通で45分?
小江戸めぐりバス\190で現場へ
が、いちおう何をしているかを見たからいいか。
美術館エントランスの樟の木
欅の小(中)品
本人の解説に、水と光を意識しているとありました。
私の批評は当人に直接に云ってからでないと・・
帰りは徒歩でJR川越駅へ向かいます。
黒塗りの土蔵造りの店が続く当りは観光客で賑わっていました。
この医院の前にはこれも。
今回街をあるいてみて、彼の作るこの不思議な黒御影石の彫刻群は、この街から出てきたのかなとふとおもいました。
さて、今回わざわざ歩いた理由は、こちらです
”こまんたれBOO!”さんの1月1日の記事『創業天保14年 川越 まちかん』をご覧下されば包丁などの写真がふんだんにのせられています。
ちょうど料理人の方が包丁の研ぎをたのんだところに出くわしました。
店主が研ぎの説明をしています。ピカピカに光らせているここは、タンガロイで潰していくんだとか・・
彫刻刀もありましたので、束の中にどのくらい埋まっているのかきいた。では鋼は3cmくらいは入っていますかといったら 4cmはありますとのこと。そのうち一本試してみるか、今は鑿仕事だけですが、細かいものに移行したら。
このような店が維持出来ている川越の街には、商家のプライドが漂っていました。
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2年前に登録してはあったもののうごかしていなかったFBですがブログ仲間がそちらに記事を出しているということで、訪問しようと始めました。
ブログと違うのは実名でアップしていること。(私はブログも作家名、準実名でやっているのですが)
ずいぶん音信をさぼっている作家とも再度交遊をはじめられました。
ダブルで記事を書くほどの余裕もないのですが・・
ということで、此の記事は、フェイルブックに流した記事をWってアップしました。
(初の試み。いろいろしてみます)
実名登録世界で、主として知り合いの美術作家が読む訳ですが・・
『シンプルな形展 美はどこからくるのか』というタイトルで、森美術館が七月頭まで開催している。 ブランクーシとアルプ。あとはコンピューターアートを使った作家がナマモノとして出現させた形(おそらく。未だ見てないのに断定していいのかな)。
私は彫刻家でして、現出させる作品を決定する際には、私がこれだ、ここだ、というカタチ、が、を、決めることで、それが作品の誕生になる。
今、日々、作品を出現させている。恐れ多くも。
ふと思う。ブランクーシやモジリアーニのやり残したことをやっているような・・と。
ミケランジェロが死の直前まで試行錯誤していた、ロンダニー二のピエタの世界が、私ら彫刻にかかわったものの、感動で涙を催す、世界・ゴウの。
運慶はその地獄・極楽まではいかなかったようにも思うけれど。(15.6cよりもちょっと時代が前なんで熟していなかったか)
前世紀末、フォルマを追求しようとした時代があったけれども、世界大戦に翻弄されて初期的な段階、提起するところにとどまって、深化できなかったように思う。
何をカタチ化するのか。絶対的なカタチが、球体とか?球体にも微妙にいろいろあり得る。(地球だって引力によってゆがみがあるはずだし、そんなに簡単ではないと思う)
なんでもありだけれど、そんなに単純ではない よ。
彫刻は表面処理(カッコをつけること)で成立はしない。中がからっぽのものは・・
その物体が占める空間、バリアー、エリアーデ流に云えば聖なる空間、それがすべてだと思う。
森美の形展は行きたくないが、書いちゃったから行くしかないのだろうか。
日本に彫刻言語があったことあるのだろうか。
素敵な世界なんだけれど。
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野菜がない時は、裏で摘んでくる
この季節だと菜の花や三つ葉、せりや蕗、大根葉のおろぬき等
大根の花
菜の花 311原発事故の後、菜の花が放射性物質を吸収するというブログをよく見かけた。チェルノブイリ事故の後始末の話から始まっていたのだけれど。
その後、菜の花だから特殊だから良く吸収するというわけではなく、
成長の早さや発芽力がありどこででも成長させられるから、
他の物よりも吸収するのだということに落ち着いたようだ。
蕾を摘む時にふと考える。
原発周辺に住む人たちは、野菜を食する度に、放射性物質を取り込んでいるのだろうかと心配しながらも、生きていく為には諦めたり開き直ったりせねばならないのかなと、やりきれない。 私のところではそんなことを思わないで、春の恩恵を享受しているのに。
牡丹も咲いています。
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午前中は自転車(ジャガーだぞ〜)で徳洲会病院へ。
帰りに玉川上水を眺め
滑走路下公園のベンチで昼食
米軍の滑走路下なのに日本タンポポのようでした
上空を米空軍横田基地から、輸送機が訓練飛行で飛び立つ。
(パイロットが飛行時間のノルマをこなすためタッチ&ゴーで上空を回る) 午後は古木の桜を鑿で形つくる。
夕方になり、ヴァイスの金属に軽く触れてしまい、
零コンマ数ミリの傷をつけて研ぐことになってしまう。
上から 二寸二分の耳上がり 一寸の丸 一寸二分の丸(この丸の方が深い) 砥石は、左・内曇り、上&中・会津砥、右・正本山合砥
下の細いのは裏とぎ用で、白・会津 黒・黒名倉。
その下辺面を使って、黒は内曇りに、白は本山の表面を均す。
それが新しい面出しとなり、その時にでるトクソが、仕上げをかける時には有効な働きをする。
砥石面と金属の間に入って、仕上げ砥のよりいっそうの効果がでる。
古墳時代の翡翠に穴をあける技術がある。
丸竹を錐のように使う。石英の粉を石と竹の間に入れて錐揉みする。
(その技術はシベリヤから入ってきたらしいのですが。)
トクソの粒子も同じような役割だろうと思います。
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隙間が空いたり縮んだりとガタついて
あまり支障なく使えるんですが、この隙間に指を挟むことでもあると・・
血豆ができる前になおそう。
柄の一番端を左手で持ち、鉄丸管のすぐ下(上画像の右端)を金槌でコンコンと叩く。
すると、ばらばらに外せます。
ホゾ穴の壁二カ所にやや厚めの和紙を沿わせて、再度組み立てました。
(組み終わってから写真撮り忘たと・・)
この鑿はタタキノミです。私は重めの角形の玄翁を使いますので、鉄製のカツラも潰れてこんなになっています。
玄翁のウシゴロシの柄も少し弛みだしているけれど、短くしたくないから使えるうちはこのままで。
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