Sculptor Gon Shinji WORLD

44年間生きた場所から移動中 住居は近場に確保 制作場所はあちこちに分散中

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2015年06月

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昨日高速バスで信州へきた
8時43分。日野バス停について時計をみたら44分。いつもやや遅れてくるから大丈夫だろうと思うもののヒヤリと・・50分頃やって来たので安心。

昨日は雨で家の中の仕事
今日はたまにパラつくが草刈りを。
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義母が残した畑のグミが奇麗に熟している。これは1cmほどの小さいものだが、小学生の頃、鶏小屋の屋根に登り、食べた味を思い出す。相変わらず渋いが甘い。私以外のものには人気がないが。

午後、朴葉をとりに山へ向かう。
この辺りでは柏餅はなくて朴葉巻を作る。葉でしっかり包んだ餡入りの小麦饅頭を蒸したもので、朴葉の殺菌力え幾日も冷蔵庫に入れずとも悪くならずに保存できる優れもの。危なくなったら包んだままの状態で再度蒸せば良いのだ。
今日は炊きたてご飯に塩をふり葉につつんだものをいただく。香りが移り美味しい。この季節の味わいです。万葉時代から続く・・
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中京圏の別荘地の高原をいき数本見つけましたが手の届く高さはここだけでした。地元では周りに一本植えている家が多い。私のところのはまだ〜小さい。

あちこちに生えている蕗も収穫
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醤油で煮るようです

こちらは初収穫 美人ですね〜 ちょっと齧ったらおいしい〜
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明日は松本の一人暮らしの90才叔母のところで梅をもぐ手伝いに。

シンプルな形展

 六本木ヒルサイド 森美術館へ
 今世 日本列島のバベルの塔のような、と思ってしまう。新国立美術館の空間も大型輸送船の区画された空間や巨大倉庫とあまり変わらない風に感じられるし、ミッドタウンのサンントリー美術館も狭く、(工芸展示が持ち味だからいいか)、六本木に行くことが少ない。

 この「シンプルな形展」もブエランクーシやアルプといった教科書的なものかなと思いパスするつもりだったが信頼出来る友人作家がFBに書いたものをみてでかけることに。
 
 形でつくる者としては 見て正解だった。
 最初の展示は、紀元前二万年頃の打製石器。28.4 X7.8 X 0.9cmの月桂樹の形。フランスロワール地方、ソリュートレ文化という時代区分。火打石とあったが棒の先に縛り付ければ槍にもなりそうな先鋭な形。
 続いては磨製石器状の(自然)石を手の内でひっくり返し続ける一分間ビデオ画像「大きな石と手」。人と道具の歴史を象徴的にと分かり易い説明文。
 次は ル・コルビジュやブラッサイの小石や木片の収集品。鳥、風、地中海の女性(像)等とネーミングされたものもある。
 ミシシッピー文化前6c頃の祭儀用途の磨製した色つやの石器(4x27x5.5cm)面白いサイズ、形、質量にひかれる。
 地中海キクラデス女性頭部像(8.6x5.2x1.6)、いつも地中海の太陽や吹く風をかんじさせてくれる。
 イスラエル前20c頃のカナンタイプのランプ(テラコッタ)。こういった 用の美+宗教性(精神性)で作られたものの形は、無駄が削ぎ落とされている。二月堂練行衆盤はいれかえでみれなかったが、奈良時代の仏具も好きで目に留めている。
 
  イメージ 1 イメージ 2今回の展示写真ではないが
  ブランクーシ         アルプ

 ブランクーシは私にとってはバイブルのようなもの。 横浜美術館蔵の「空間の鳥」の設置空間の天井高さに不満、隣の部屋にしてほしかった。彼の作品バリアーには広すぎるほどの空間が良いのです。

 彼の卵形の造形やアルプの形は日本の立体造形には継承されていないように思う。形の内部から出てくる膨らみのような形。日本の同じような立体造形と比べ何が違うか考える。日本の多くの制作者は、表面でものを考えているのかもしれない。表情といってもいい。(売れている 最近の具象の作品傾向)
21cは画像の時代になり、ますます平面での情報が謳歌しているから、日常世界に優れた立体造形を持たぬ日本では、いっそうこの傾向は進むかもしれない。今のフィギュアー彫刻もその流れにあるようにも思う。

 イタリア、ロッソの箱根の森の所蔵品が展示されてもいた。目に焼き付けてきた。
 橋本平八の石の木彫模刻もある。今、武蔵美大にも展示されていて、興味深い。
 カプーアとか、、他にもいろいろ


 再度見ようと入口まで戻ると、南條館長が案内している蔡国強氏を見かける。少し遠くからだけれど手を上げると彼も気づいて話す。娘を紹介。89年の多摩川展示のあとで生まれたその子だろうか。彼と会うのは’93?の四谷P3以来。7月中旬から横浜美術館で「帰去来」越後妻有で「鳳来山」。横浜の招待状を送ってくれるという。信州に行くがそのころ戻れるかな? 
 今週、京橋で’89の仲間の個展に寄る。そこでも2めいに遭遇。森美に出かける切っ掛けとなった作家を含め19名(うち2名50代で物故となるも)中の6人がこの日にからんだ。希有で貴重な一日でした。

BANK ART JUNさんの茶会へ

 何時以来かなあ 横浜です。
 東京の西端からなので二時間弱。ルート選びに迷う。横浜線?南武線武蔵小杉乗り換え?この日は新宿から湘南スカイラインをチョイス。
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土曜の官庁街
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神奈川県警本部隣のBANK ARTへ。前夜がオープニングパーティーだったためか人が少ない。

 一階の制作ものを眺める。開発公明氏の仕事に目を惹かれる。二階三階と見ながら行くが雑然としていて印象に残らない。
 ちょこっとした発想で雰囲気を作るようなものが多い。布や紙素材も目立つ。お金がないからここでやっているのかもしれないが(所場代は知らぬが?)それにしても安易すぎる。連年で続ける人もいるようだから方法が似て来ているのかもしれない。

 コンセプトのない仕事 美に対して感受性が薄い仕事 じゃあ何をしているのかと探すもそれとなく雰囲気を醸し出していることしか見えない。それも制作密度のないもの、、 せめて奇麗だなと云えるくらいはみせてもらわぬと。 最近のこと故、ガツンとくるようなパワー暴力性のあるものはまったく見かけぬし、、もっと自己中のものでもあればまだしもささやかな自己満、、

 若い子二人ほどに声をかけ発想に関しての話をしたがすこししか通じなかっただろう。キツいことを言った方が反発があって何かはじまる可能性はあるが、それもレベル(レシーバー)がないと何も生まれずに反発だけが残るから、最近は避けている。

 作ることのプレッシャーも見えない。今の日本、袋小路にはいってしまった文化状況。
 福島の危機状態を目隠ししながら原発再稼働に走る、また、前戦争犯罪を無きこととし新たな出兵を仕掛け安保法制成立に走る政治の状況下、日本列島すべてに蔓延する無力感が、美術をする若い子たちの(感受性は強いのでより反応し)このような弱い発表となっている。
 会場に寂しさが漂うことだけは伝わってきた。
 
 原発を止めクリーンエネルギーに切り替える進路を選択したドイツ、オーストリア、イタリア・・などのEU諸国の前向きな人たちの明るい表情を遠くから眺めながら、(沈みそうな?)この国の若者の不幸に地団駄を踏む思いだ。


 三階、ブログで知り合った(最近はFacebook)作家の contemporary茶会「箱の中の雨」へ。
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 千利休の二畳の茶室「待庵」を踏まえ、今のテクノをジョイントさせて行う茶会。
 躙り口から暗い部屋へ。上に写っているかたと同席します。
 京畳サイズということもあり狭く感じない。人の体温を感じる距離だがそれもすぐに光の幻想が和らげる。

 作法ができぬのでやや緊張しながらも久しぶりに美味しい茶をいただき満足。
 床の間の掛け軸にも変化する光の画像があったけれど私は真ん中席だったのできょろきょろはせず。

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BANK ART 3Fからの眺

 象の鼻公園入り口まで歩く。今日はベビーカーと良く出会う。

 烏が、、ランドマーク??  ナマモノ、、  逃げない、、、
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 名を呼ばれてよってきた烏。
 奇麗な羽色、真っ黒な足。この婦人に若鳥なのかと聞くともう4年にはなるという。
 近くにもう一匹いて、あっちは雌でこの春に子を育てていたと。もう一羽の鳩の名を呼んでもいました。
 横浜へは数年に一度だが、次ぎにいった時にもこのカラスを見たいと思う。



 こんなものも眺めながらみなとみらい線馬車道駅へ向かった。
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朝、頸椎メンテ後の最後の診察、というよりも、挨拶に行き、今日で終了となる。
帰り道は玉川上水沿いの遊歩道を40分ほど歩いて帰る。
雨は降ったり止んだりで行き会った方は拝島駅まで3人と犬1匹、その先でも3人。駅へ向かう人。
梅雨時は静かに樹々を眺めるのに最適でした。
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エゴの実とおそらく虫コブ
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アカシデが多い
樹幹も、晴れている時と違う表情。なかなかのもんです。
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梅雨の写真を撮り


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JR八高線からの滴をよけて、
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JR青梅線の金網に咲く ヘクソカズラ も愛でて、戻りました
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早い夕飯を済ませ5〜6回目の漆塗りをする。
少しかぶれているが、酷くなって来ていないから再回。
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木地呂というのを初めて使ってみた。飴色。
瀬〆のほうが透明度が高い仕上がりになりそうにも思うが、
表面密度が粗い欅は木地呂が向いているかもしれない

下写真は3、4回塗りの段階。これから気品がでてきます。
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 漆は水分の蒸発で乾くのではなくてかなりの湿度の中で硬化していく。酸素とであって濃い黒茶色にも変わっていく。
 私はなるたけ木地の味わいを残したいので、塗っては拭き取るという拭きうるし/摺りうるしの方法にしている。高価なのでチョットつらい。 

武蔵美大美術館

 久しぶり武蔵美です。
 日本画の下絵が展示されていて良い展覧会だとの勧めでとTからの誘いだった。
 他者の運転だとあっという間に学園へ
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 日本画を余り見ないので普段はノーコメントでいますが、おそらく戦前の日本画家たちは、市民権(社会に対しての発言権と言った方が良いかもしれないが)が、今よりずっとあったんだろうと絵を見ながら思う。

 会津の作家数人の明治末から戦中にかけてのものがおもしろい。ポスターの黒く塗りつぶされたデッサンは秀逸だった。
 川鍋暁斎の達者な下絵デッサンや土田麦僊の大原女写生等もある。
 村上華岳の秋谿図もよかったが、裸婦画稿と菩薩が入れ替えで720からでなければ見れずに残念だった。
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いま書きながら思う
まわりに子供たちがいた世界だったんだ。今の私たちのまわりには子供たちがいないと。ただでさえ少ない子供たちはみなプライベートな壁の中にいるて、町中て見るのは移動中の子供たちだけだ。いまの社会はやはりこわれているのだろうか。・・遊ぶ子供、正月の囲炉裏にいる男児、子守りの少女等を思い出しながらそんなことを思う。 他人の子の写真は一枚も撮れりゃしない。少数犯罪お恐怖がマスコミをとおして拡大し皆ガードの中で生きている。以前の社会は大人たちの目がいつでも行き届いて守る行動にもうつれたが、いまは通報して下さい・・ 子供たちが不幸な時代だと思う。利権だけ追うような政治だから・・

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 この展示も見る
 エジソンから25年ほど過ぎた百年前の蓄音機でデキシーをかけていた。浅草を想像。
 ウードや月琴.琵琶.シタール.ファドのギターやアフリカのカリンバ親指ピアノなどの楽器展示も。
 ニューミュージックマガジンにいた友人に電話でしらせると、新聞に大きく書かれていてたから知っているよと。デジタル化の約束で寄付したんだと言っていたけれども、どうなったのだろう。
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 光太郎の手.白文鳥、橋本平八の石の模刻、森川杜園の蘭奢待模刻とうも別部屋で展示中。
 7/17・18のシンポジウムが面白そうだが・・

 すべて無料 近かったら何度でも通えるのに、残念。






 

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