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叔母宅の桔梗
しっかり腰は曲がっているものの畑仕事もし元気に暮らしている。
昼時、木臼を運んでくれという。友人宅でニスで塗装し透明ガラスをのせテーブルにしていた、私もそうしたいからと。わぁ〜ぉ、これだけ好奇心も衰えていないからまだまだ長生きできるぞ・
日常のことは一人でこなしデイケアは週一。地続きの店子の方などにお礼をしながら不自由はことは頼んでいる。一人なので他者からのプレッシャーへなく、閉じこもりタイプでもない。以前は大変だった生活も住宅街となったことで余裕もできて心配もない。唯一、友だちがどんどんいなくなると嘆いていた。
城山を望む
ウエリントンの頃、上高地に入るのに、徳本峠を越えたが、それとは関連はなさそうだった。
1758宝暦八 - 1818文政元 紀伊が生国の上人で この独特の筆法の石碑や掛け軸が各地に残るそうです。晩年に信州も回遊し長野から小谷白馬大町安曇松本から諏訪へ向かっているようです。
頸部に彫り込まれた穴がある。落ちた頭部を差し込んであったんだろうが、今は骨董屋か。 善光寺・・大勧進・・大僧都・・などとaる
庚申講の石碑もあった。安政や文化の年号碑だった。
このあと北上します。 |
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2015年07月01日
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