Sculptor Gon Shinji WORLD

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 木彫刻をはじめた頃に読み、どこかに潜り込んだままだった本を漸く探し出し読んでいる。
 当時は初心者だったので「?」の言葉も多かったが今ではすべてが養分になる。
 おそらく絶版状態で、書店でみかけたことがない。
 アマゾンで古本が¥230~¥2202で購入は出来る。
 こまんたれBOOさんのプロフィール写真の「土田刃物店」の先代土田一郎さんのことが69頁に書かれている。
 「・・そこで道具についての生き生きとした会話や・・情報の交換などの、唯一の場は目立屋の店先ということになる。目立てのヤスリのテンポが、そうした会話と不思議によくあっている。私の知っている土田一郎さんも、東京のある繁華街の片すみに、九尺間口の店を構える目立て職である。・・若いに似ず大工道具についてたいへん詳しい。綿sもずいぶん教えてもらった。・・大工道具の名品のコレクションもたいしたものだ。・・大工道具の博物館を、いつか自力で建てたいと執念を燃やしている。是非かなえてやりたいものだ。」
 半分ほど読んだ時点ですが、ほかには千代鶴貞秀、西岡常一の両名だけだから著者の村松氏が相当入れ込んでいることがみえる。
 三軒茶屋のこの店に出掛けてみようと思っているが実現していない。

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村松 貞次郎『大工道具の歴史』(岩波新書 ; 1973 , 青版 867)
第一章 道具再見
第二章 ノコギリ(鋸)
第三章 カンナ(鉋)
第四章 オノ(斧)・チョウナ(釿)・ノミ(鑿)・ツチ(槌)・キリ(錐)
第五章 ブンマワシ(規)・マガリカネ(矩)・ミズハカリ(準縄)
第六章 スミツボ(墨壺)
第七章 トイシ(砥石)
第八章 大工道具の産地

[ 専門的でない おもしろいところを一部だけ抜粋 ]
 知人で兵庫県三木市でカンナ鍛冶をしておられる千代鶴貞秀さんから、ある日突然、古いカンナが一挺送られてきた。頭もつぶれ、チビて、やっと台から頭の先が出るほどに研ぎへってはいるが、刃はピカピカと光っていた。台も古びて薄くなってはいるがしっかりと調整されていて、よほど腕のいい大工の愛用品だったことがしのばれる。
 添えられた手紙によると、好きな釣りに淡路島に渡った。そこで二十三年も前に自分が鍛った(うった)カンナに対面した。永い間頭を叩かれ、研がれ研がれて寸づまりになってなお御用をつとめているのをみて、なんともいじらしく不憫だったので、新しく鍛ったものととり替えていただいてきた。お手もとに置かせてくれ、ということだった。
 大工道具はきびしい宿命をもつ。とくに刃物はよく切れ、よく使えるものほど早く消耗する。たえず最高の条件に研がれるからだ。研げばへる。道具は消耗品だということをかねがねあわれに思っていたが、この送られてきたカンナは、それを切ないほど感じさせてくれた。亡びるものの美しさがあった。
 道具が失われていく。その失われるということのなかに、こうした優れた、よい品ほど早く消耗して姿を消すことも忘れてはならないだろう。

 栗の葉を半分にしたような形の鋸が奈良平安初期の時代から江戸までずっとつかわれ、横挽で今日のような直線の歯線をもったノコギリは江戸末期か明治になったころからだとか、縦引きのノコギリ大鋸オガが15cにやってくるまでは、ノミで木を割りチョウナで削りヤリガンナでしあげをして材をつくっていた。今日のような形の台ガンナもその頃に出現した。というようなことも書かれています。
 砥石の項目は最後ですので今日明日にも読めそう。たのしみです。

 大工道具も電動の時代ですから復刻版は期待できそうにないですね。
 市立図書館で借りた以下の本がとても面白かったので紹介します。

  肌色」の憂鬱 近代日本の人種体験 眞嶋亜有 著 中公叢書 2014/7/10 初版発行 
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  明治以降、「西洋化」を追求、日露戦争後に「一等国」の地位を獲得し、唯一の「非西洋」
 として列強に参入した近代日本。だが、待ち受けていたのは、昂揚する黄禍論、パリ講和会議
 における人種平等案挿入の失敗、アメリカの排日移民法制定など、西洋からの人種的排除で
 あった。本書は、近代日本が人種的差異をいかに捉えられてきたのか、タブー視されてきた
 その心性の系譜を、洋行エリートたちの人種体験を通して考察する。
目次

序章 近代日本の自己矛盾・西洋の権威化/近きそして遠い他者
第1章 差別化という模倣日清戦争後

      内村鑑三とスコッチテリー/「シナ人との同化」/モンゴロイド/和装と洋装のはざまで
第2章 一等国の栄光とその不安日露戦争後
             語られぬみじめさ/自己嫌悪視/「東洋人」の境界/所属感の欠如
第3章 華麗なる有色人種という現実
            「平等」の裏側/排日移民法/自尊心のありか
第4章「要するに力」日独伊三国同盟とその前後
              現実主義と精神主義/「黒い眼と青い眼」/乖離し、乖離しえないもの
第5章 敗戦と愛憎の念

             ふたりの写真ー昭和天皇とマッカーサー/崇拝と落胆/埋めきれぬ空虚
第6章 永遠の差異遠藤周作と戦後

             神々と神と/皮膚のかなしみ/血の隔たり/一流の二流性
終章 近代日本の光と影

著者紹介  

眞嶋亜有[マジマアユ]
ハーバード大学ライシャワー日本研究所アソシエイト、ICUアジア文化研究所研究員、国際日本文化研究センター共同研究員。1976(昭和51)年東京都生まれ。2004年国際基督教大学大学院比較文化研究科博士課程修了。学術博士。日本学術振興会特別研究員、ハーバード大学ライシャワー日本研究所ポストドクトラル・フェロー、法政大学、国際基督教大学講師などを経て現在に至る。専門は近現代日本社会・文化史、比較文化論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


前書にこんなことがかかれています。
 「・・近年、ヒトゲノム研究によって、遺伝子による人種的要素がわずか「0.01%」に過ぎないと検証された。・・」
        [註:2009竹沢泰子編「人種の表象と社会的リアリティ」岩波2009p223]

[本文p308より]
  「・・日本がどれだけ西洋を理解出来るのか、という根本的問いは近代日本そのものの命題でもあった。なぜなら明治以来、「西洋化」を選択した近代日本にとって、西洋理解こそが日本理解、すなわち「日本とはなにか」への究極的命題であり、西洋と「一体化」できぬものこそ、日本の本質理解となったからである。     そして人種的差異とは、日本と西洋が「一体化」できぬことを可視的に示した「永遠」の「距離」であり、隔たりであった。人種体験は・・多くの日本人エリートが西洋で遭遇することであったが、そのほとんどは帰国後、語ることはなかった。日本人が「黄色人種」「有色人種」として差別されることは、洋行した日本人にとって、語られぬ洋行経験の影だったからである。・・」

以上、抜粋してみました。



 人種問題を、差別される側のものが発言するのは、とかく感情が入り込みやすい。怒りや悲しみに流される危険があると思いますが、この著者は、当時のエリート層それぞれの体験や回想録、あるいは知人の語り等の多数の資料からの構成で、本書を執筆している為、客観的でもあって、納得出来る内容となっています

 資料の多さは、例えば第一章の51頁分に、97項目の脚注をつけて出典をしめしています。
第二章63頁分には151項目を、というようにです。
また何々の書籍の何頁からとか、アーカイブからだと何月何日に閲覧というように出典も定かにしています。


 二十代の私とツレとの半年の欧州滞在中にもはっきりした差別を2、3回うけています。
 他の方にその出来事を話すのですが、日本人の在住者や帰国者から、差別を受けたという話をきいたことがないのを不思議に思っていました。(まあ喋りたくは無いのでしょうが、こちらの話を先にしていてもそれを聞くだけで自分の受けた体験は語りません、、)
 ビートルズ以降の若者たちには、世界が繋がっているんだという幸せな気持ちでいれた時代でしたので、いきなりの人種差別に出会っても、?とは思ったもののそれほど深刻にはなりませんでした。
 しかし、明治以来百年間の日本社会、ことに洋行するようなエリートたちにはこんなに深刻な問題だったんだと気づかせてもらいました。精神論で戦争に突っ走るひとつの原因にもなっていたようです。

 台湾朝鮮を植民地化し、法制も国内とは差別化し、中国に侵略し、人種「平等」論を提案するという矛盾。自尊心と劣等感、そして優越感、、という矛盾。


 今また、西洋、米国と友好関係をもち、有色人種の中国朝鮮民族をたたくという、明治以来 続く国民感情が渦巻いています。
 一次二次の世界大戦、悲惨な20世紀を経験し、国境をなくしたEUのように、21世紀の知恵を、私たちも絞らねばならないのですが、、、、後ろ向きの日々。

 


 インターネット環境が不調でしばらくネットから離れていた。
 新聞TVからも離れネットニュースも離れ、首都圏に住むものとは思えぬ状態であった。
 家に閉じこもっているのではないから2閣僚の辞任や巨人の敗戦など自然に耳に入る情報もあるし、その気になれば公立図書館で新聞等からチェックは出来る。まあ緊急の必要チェックは目下のところはない。

 という環境だと、溜まった本を読むことに熱を上げている。文庫や新書だと日に一冊。
 以下のこの2冊は、この国の歴史を理解するのに書かせないものであった。

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 まずは筑摩書房の文庫本『増補 靖国史観 ―日本思想を読みなおす』小島毅著 2014.7.10発行 /原判は2007.4筑摩新書  
 大日本史編纂をとおして醸成された水戸学や朱子学。明治政府を作ったものたちの思想的な背景と彼らに主導された世界大戦までの必然的な論理 倫理体系が分かります。
 あとがきを撮影勝手に流します。よんでみてください。
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 次は『古代朝鮮』(故)井上秀雄著 講談社学術文庫2004.10.10発行 /原本は1972日本放送出版協会
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 私の生業は木の彫刻です。
 飛鳥大仏、法隆寺金堂の釈迦三尊、四天王像、夢殿の救済観音、百済観音、広隆寺と中宮寺の半跏思惟像、法輪寺の虚空蔵菩薩からはじまり、薬師寺に代表される白鳳仏、天平の三月堂諸仏や唐招提寺の諸仏、山岳密教の時代の数々の強靭な仏像たち、平等院鳳凰堂とうの阿弥陀浄土の世界そして新興武士の気をうけた運慶や安阿弥快慶の仏像・・・ これらをいつでも思い出しています。

 これらの仏像は、乾漆も含め木造彫刻が多いのですが、飛鳥大仏や法隆寺金堂三尊そして小金銅仏群にはじまり東大寺大仏に集大成された鋳造仏の系譜もありました。
 また天平時代には東大寺戒壇院の四天王や三月堂秘仏の執金剛像とうの塑像(粘土)優品も数多く残っています。
 これらを鋳造にしなかったのはなぜだろうか。土で十分と考えたからでしょうか。当時の鋳造法が、これを雌型におこすという今の方法とちがってはいたのですが、、技術革新してそれを金属にするという必要性はなかったのでしょうが、あの大仏の金属量を思うと残念です。ローマの像と肩を並べるブロンズ優品が残ったのにと。

 仏像の話を始めると脱線してしまいまう。元に戻します。

 日本古代史にかんしての私の興味は、そんなわけで7世紀初頭の推古朝、聖徳太子の時代から鎌倉時代までのことでした。
 東京国立博物館の法隆寺館に通称四十八体献納仏、小金銅仏の世界があります。これに類する小金銅仏は各地にも散らばり保存されています。東京府中の深大寺や福生の青岸院、北安曇松川村の観松院・・。

 私の出身地である北安曇の小金銅仏の半跏思惟像が6cに遡りうる百済からの請来仏であるとの考究を、また安曇の地名は韓半島との交わりに関わりを持つといういくつかの書を知り、韓半島からの文化伝播、渡来民(帰化人)に関する本をよんでいました。
 しかしそれらの視点が日本列島からの、日本の記録を元にしたものが多く、なかなか理解が難しかったのですが、思いきってこの書を読んで目からウロコでした。



以下鄭早苗さんの解説文
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この下の部分を読むと公式な文化の伝播の様子がわかります
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安曇の金銅仏が百済からの請来仏であり、その百済は中国南朝との海を渡っての交流があるということがあちこちの本に数行かは書かれていましたが、この本には百済からのプレゼントにカンボジアの産物まであったというような記述もあり興味深かった。


三冊めは読破半ばですが

宇佐美文理著『中国絵画入門』岩波新書1490 214.6.20発行
[帯から]  
絵画の基本的な要素は、「形」だが、中国絵画の場合、さらに「気」という要素が加わる。気とはなにか?そもそも形とは何か?気と形の関係は?・・・


雲や水を形象化しようと考えたら東洋世界にも目をとばすことになるのだろうか?


 

 モノレールからJRへ立川乗り換えなので、IKEAへ行き、帰りにオリオン書房立川北口店へも寄った。
 駅ビルルミネのオリオン書房は時々立ち寄るがこちらはひさしぶりだ。各出版社の文庫が充実していて欲が出る。
 我慢しながらも二冊。大岡信の「詩人・菅原道真ーうつしの美学」と富岡多恵子「湖の南―大津事件異聞どちらも岩波現代新書。パベーゼの新しい岩波文庫本もあったが、市立図書館が購入するのでそれを待つ事にした。


 写真の棚に 欧州の獣人ー仮装する原始の名残 という副題の「WILDER MANN」シャルル・フレジェというフランス人の写真集があった。

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Maskinganna Ura・Tirso Sardinia,ITALY  地中海最大の島イタリアのサルデニア島
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熊や山羊の姿のなって正月の初旬に行う儀式が多いようですが立ち読みでちゃんと目をとおしてないので、、 秋田のなまはげも冬の行事ですが、、

もっと面白いものもあったので家に戻って検索をかけた。

こちらの画像でご覧下さい。

教えた子からトロール人形のスエーデン土産をもらった事はありますが、こんな世界があったのを知りませんでした。
キリスト教が駆逐しきれなかったそれ以前の世界が残っているのでしょう。
 ドルイドとかローマキリスト教の外の世界に、森や山の世界のことを少し知りたいなと思っています。


 二カ所の図書館から何冊も借りてしまい、忙しい。
 まず中沢新一さんの『古代からきた未来人 折口信夫』これは新書判なので一気に読み終えてから『精霊の王』へ。こちらはじっくりと読み込んだ。ここにも折口信夫の「まれびと」石垣島での折口信夫の調査とともに中沢氏の論考があった。

 そして吉増剛造『生涯は夢の中径ナカミチ』をひととおり読み終える。副題に「折口信夫と歩行」とある。
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 この本の発行日は?と巻末を見る。日時だけで発行年がない。初出一覧があり、目次Ⅳ「折口信夫ノート」は「現代詩手帳」'93.94とある。これはサンパウロ大学日本文化研究所での(日本文学研究者を相手の)特別講義で、折口さんの歌の速度に添うようにして、 廻み道を、 折口さんの「ほっ」に耳を沿わせ、「海坂ウナサカ」に目を沿わせて、というような、吉増さんを読むのは初めてですが、とてもエキサイティングな経験でした。返済期限が来たのでいったん返しますが、そのうちにもう一度目に入れます。
 ようやく折口さんの『死者の書』がよめるな。(折口さんといういう吉増さんの口調が移ってしまって、、)

 あと『釋超空ノート』富岡多恵子はまだ途中まで、残りを。彼女も大阪の人。
 中沢新一さんがアースダイバーの大阪版を考えているようですが、いろんな人の折口ノートを見ると大阪という都市に興味が湧いてきます。住吉神社が神功皇后の半島出兵に絡んでいることを安曇族の調べから気にしていたので、渡来人の日本海ルート意外のというよりはこちらが本ルートに近づきたいと、、。


 『生涯は夢の中径』のどこかにこれが書いてあった。
 柳田国男にたいする中上健次の批判
 「常民という農耕的イデオロギーを導きだし支配体制に奉仕し日本の民族の世界を固定化し矮小化していった」とあった(と思う)

 私が何記事か前に書いたこと。当時は深く考えなかったがこういうことだったんだと納得。
>若い頃、柳田国男は何冊か読み知ってはいたが、一刀両断?というか言いくるめ方が何かしっくりこずに離れてしまった。


桜山」というのを作っている。写真とれないので、、
水の部分にダメがでたのでそこも花で埋める作業をして昨日完了。
漆を使う。訂正で彫って部位もほぼ乾いてはいたものの、、塗るのと違い彫るので飛んでくるし触るし、、少ッしだけ かぶれている。レスタミン錠を2回飲んだ。今晩も、
アレルギー反応を押さえ込んでしまえ。


家の前道路と仕事場の雪の移動は終えた。次の雪はいつ来ても大丈夫。


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