Sculptor Gon Shinji WORLD

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今借りているのは6冊
『渡来の古代史』上田正昭
『森と神と』
『精霊の王』中沢新一
『石にやどるもの 甲斐の国石神と石仏』中沢厚
『古代から来た未来人 折口信夫』中沢新一
他の読みかけが『日本の文脈』内田樹・中沢新一『日本辺境論』内田樹『海を渡った白山信仰』前田速夫

 しばらく安曇野に関わるので、渡来系の人たちについての本を、(帰化人という呼び名を使う古代史観を上田氏は猛烈に批判。国家の成立も定かでない時代に帰化はありない。この言い方が出てくるのは大宝律令以後、670以降のつかいかたで王化思想なんだと。日本版中華思想である。中国からの渡来者にはこういわずに新羅百済高句麗からのものに使われた朝鮮蕃国視であると)

 そして「森のギフト・木の力」シンポジウムを立ち上げるために中沢新一氏の著作を。
彼の『アースダイバー』はとてもおもしろく読ませてもらった。後は311の『日本の大転換』他は未読なので、まとめ読みを。

 検索していたらかれが解説を書いている中沢厚著があったのでそれもかりた。
 (佐渡から)安曇野、諏訪、甲斐、相模というルートは江戸初期の弾誓や木喰の流れと重なる。道祖神もこの地域に多い。それに岡本太郎が絶賛した諏訪の万治の石仏も私の中では定席を確保出来ていないし、、。

 中沢厚さんというのは新一さんのお父上でした。序が網野義彦さん。すごい親族だ。ご本人は民間人でいらっしたが。
 このなかに驚きのものがあった。丸石神という道祖神の一種。ただの丸い石が祠に納められていたりしてこの盆地には700箇所もあるという。義母の実家が旧北巨摩郡長坂で、その姉が塩山市牧丘に嫁ついでおり何度も行っているし、諏訪の教場へ週一通った時には日野春駅から長坂まで何度も歩いたが、この丸い石は記全く記憶にないのだ。写真で見る限りだが、不思議なものである。つるっとした石が三宝、台石の上にのせてあるだけ、きれいだけれど、、不思議な風景だ。
今年どこかへ見にでかけられるだろうか。課題がまた増えた。

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所蔵の写真に 大きな石に首だけのせたのがあった、万治の石仏とつながるのだろうか?



古代からきた未来人 折口信夫 は昨晩一気に完読。ちくまプリマー新書700円
入門書として最適だと思う。あとがきを見たらNHK放映のテキスト用だったものを編集部のかたが、折口信夫のことを若い人にぜひとも知ってもらいたいとの誘いで、新書となったとあった。
若い頃、柳田国男は何冊か読み知ってはいたが、一刀両断?というか言いくるめ方が何かしっくりこずに離れてしまった。折口はそのころの私の言語中枢では難解で神懸かりなところが理解出来ずに最初の何ペジメかで撤退という状態でこれまで近づいたことがなかったが、最近齧った神楽舞についてや、若宮おん祭りについての研究を見て時間ができたら少し覗いてみようかと思い出した。
そしてタイムリーな入門書と出会った。簡単にかかれていて読みやすい。 おすすめです。



信州地名の由来を歩く (ベスト新書) [新書]谷川彰英著

失われた弥勒の手 安曇野伝説 [単行本]菊池 恩恵 (著)松本 猛 (著)講談社

海を渡った白山信仰 [単行本]前田 速夫 (著) 現代書館

まず新書からよんだ。谷川さんは筑波大で教えていた松本出身の民俗学者。
この中に、 安曇野にはエゴという海藻から作った食品があるが梓川右岸の松本の人は全く知らないという。北九州ではオキュウトといった名で食されているのにと。

 次の著書の松本猛さんは、岩崎ちひろのお孫さんで松川館の美術館長をしておられた。この書はその松川村の重文金銅弥勒菩薩半跏像の失われた手を軸にして書かれた小説。5世紀から6世紀前半のことなので史実が少なく確定出来ぬので小説形式にしたとのこと。
江戸時代に出土した1世紀?漢委奴国王の金印で有名な志賀島の宮司安曇氏や八女の古墳を訪ねたり、調査に対馬に渡り、(対馬にはこの時代の像が百体以上もあるといわれている」を読んで猛烈に行きたくなりました)、ソウルの新国立美術館から百済の都だった全州の扶余まででかける。(ソウルの新築美術館へもいきたいなあ)

 安曇族は海人で志賀島や対馬を拠点としていた。527年に筑紫の磐井が大和朝廷との1年に続く戦いに敗れた時に安曇族も日本海をまわって信州に移動したのではないのかという。
 今日立ち読みした大和岩雄さんの信濃古代史考ではちがうルートで農地を開く為に朝廷から命ぜられたと書かれていたような気がする。

 白山信仰をおっておられる前田さんの本の中に私には興味深いことがあった。(ちなみにこのかたは新潮社で大和さんは大和書房で出版されていた)
 白山信仰は、ワイ{サンズイに歳}族が中国国境付近の白頭山を信仰していたそれを帰化人の秦氏が伝えたと。また非差別の場所にも言及されている。
 
第四章クグツとオシラ 1安曇磯良の出自
 神功皇后の朝鮮出兵に際し武内宿禰は海に住む磯良を召して竜宮から潮の満干を自在に操る宝珠をとりにやらせる。彼は貝などがど取り付いた醜い顔を恥じ出てこないので海中に舞台を作り楽を奏でると恥をも忘れ身を顧みずして」でてきたと。[室町初期八幡宮御縁起]
 志賀海神社の祭礼にはこの 細男セイノウの舞・面を白布で覆て舞われる
この舞は八幡系の神社を中心に春日若宮のおん祭りや祇園御霊会でも演じられ、宮中にも取り入れられ舞楽舞のもととなった。

「神遊びとは、神事舞踊の意味で、物部の鎮魂に神遊びが這入ったものが神楽である。神楽は海部の系統の神遊びで、海部が石清水を祀る時に詠うたものである。神楽歌譜は、此石清水系統の関するものであったらしい。....
阿知女作法」アチメはアドメ、アズミが訛った.. 阿度部磯良神は八幡系統の神である。だから神楽は大歌とは別系統の新しいものであって、石清水がもとで、宮中に移ったものなのである。..... しずかへずる声」と割り注を加入へた本がある。筑紫志賀島の海人の囀りのやうに詠うということである。....
今の神楽の秘曲に、磯良というものがあって、....これを舞うと変事が起きるという....  石清水の信仰は、奈良朝に既に盛んになっていたが、神楽の宮中へ入ったのは平安期初期のことであった。」折口信夫の『日本文学啓蒙』
 宮中に入ったものと別系統として「ぐぐつ」舞わしをしつつ磯良神と八幡信仰を全国に持ち歩いたものがある。イタコのオシラサマもそれだとも。 

 

長々と引っぱりましたが、
細男セイノウの舞が 奈良春日若宮のおん祭りで舞われるというところが私の興味の箇所です。(安曇は喧伝されていることを知ればそれで〆
 12月16日のこの祭りに初めていったのは師匠が皆をひきつれ日吉館に泊まり、以後も数回通いました。深夜まっ暗闇の中、白装束で白マスクのもの達が体を寄せ合い中が見えない状態でお社から何かを(ご神体でしょうが)運び出す。一の鳥居の外にたてられた皮付き松の柱と緑に吹かれた仮宮まで先導する白装束のものが熾きをおとし沈香の臭いが、、う〜という呻き声のような唱和をしながら、、体をぶつけ合うくらいに寄せ合った一団がすすんでくる。怨霊鎮めのための一日なのです。
 次の日は仮宮の前につくられた土壇のうえでいろいろの舞がまわれます。怨霊を楽しませるのでしょう。
 蘭陵王とか胡姫とか、力士面はあったかな?、、高足なんてのは高下駄を履いてぐるっと回るだけだったかなあ。 白布を顔にまいた細男は記憶に無い。このところ毎年行きたくてうずうずしてますが機会が持ててない。

イメージ 5画像検索で拾いました
長時間寒い中で見ているので皆厚着しています
この日には三月堂の不空羂索観音の裏にいる
執金剛の御開張があるし中興の祖俊乗上人などもみれるかもしれない

三月堂は昨年春に再開されているようだし
日光月光や吉祥天などの塑像は東大寺ミュージアムだそうですがここもまだみれてないし、、、

どなたかツアーコンダクターにやとってくれないだろうか
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市立図書館へ返却にいった
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図書館は、文化の森と名付けられたハケ(多摩川河岸段丘)のいっかくに位置する

この林の坂を降りて図書館へ
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ン十年前の飼い犬初代ぽちぽちとの思い出のつまる雑木林だ
そのころは 図書館もそして金網も道も、人影もなかった。

新刊棚にこんな本があった
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以下は 
私用の覚え書き

ー飛鳥6.7cー

欽明天皇十三年壬申(552?)冬十月条百済聖明王が金銅釈迦仏像.経論を献ず[書紀]
欽明天皇十四年五月条 茅渟海に浮かぶ樟材で仏像二体を[書紀](画工に依頼と記さい)
敏達六年(577)百済国王から律師.禅師.比丘尼.呪禁師.造寺工.造仏工を献ず

百済からの請来仏或は百済系工人の手になるもの
六世紀に遡るような最古級の金銅仏・法隆寺献納宝物中の如来及両脇侍立像(143号)・同菩薩半跏像(158号)・観松院菩薩半跏像(北安曇郡松川村) / [1988 浅井和春「菩薩半跏像 観松院」『國華』1116 ] [
東博1996 ]

法興寺(飛鳥寺安居院本尊?)本尊造仏 推古十三年605四月辛卯朔条など[書紀] 『 鞍作鳥』の名
法隆寺金堂釈迦三尊光背銘『司馬鞍首止利仏師』推古三十一年623?
祖父/司馬達等(継体十六年522?来朝した大唐漢人案部村主司馬達止)・父/百済仏工鞍部多須奈良[扶桑略記第三])[書紀]
鞍部堅貴ケンクイ[書紀雄略七年 手末才伎] 鞍部首名加羅爾[元興寺伽藍縁起並流記資材帳 塔露盤銘]鋳銅
四十八体仏149号 155号 /止利工房?

663 白村江の戦い 百済滅亡
668 新羅半島を統一

漢山口直大口 白雉元年650 千体仏を刻むことを命ぜられた[書紀]
山口大口費 法隆寺金堂四天王広目天像光背銘
薬師徳保 同多聞天像光背銘

造寺司(令外官司) 
造高市大寺(大安寺)司 天武二年673十二月[書紀]
造薬師寺司 大宝元年701六月[続紀]七月各司を寮に、造塔 造丈六の二官を司に准える太政官処分
 
山田寺行動如来像(興福寺国宝館仏頭)天武七年678鋳造開始[上宮聖徳法王帝説 裏書]

[令集解巻四 職員令] 絵師・画部の官称をあたえられて令内官司に編入 


ー奈良8cー

ー造仏像司・造仏司ー
造東大寺司[正倉院文書]
造興福寺仏殿司・造仏所・造仏像司・造奉仏所・造菩薩司・造丈六院・金光明寺造物所・南様仏所・金光明寺造仏司・甲賀寺造仏所・大安寺造仏所
将李魚成 /正倉院伎楽面
仏師将軍万福 /天平五.六年興福寺西金堂諸仏像造(丈六釈迦如来・二十八体 脱活乾漆像)

国中連公麻呂 
造仏司長官・造東大寺司次官  [続紀] 宝亀五年774条卒伝に百済系帰化人であると明記
盧舎那大仏建立の大仏師 [東大寺要録・大仏殿碑文]

様/タメシ・ヨウ  造営機構の官営機構と様式的統一性 造形表現

ー奈良時代の木彫像制作者ー
私度僧にまつわる木彫像制作の説話『日本霊異記』 /久野健1957「大仏以後」『美術史二六』
行基の仏像制作 / 井上正1986『古仏ー彫刻のイコロジー』(法蔵館)
神護寺薬師如来立像
奈良 金剛山寺十一面像・兵庫 大龍寺菩薩像・和歌山 円満寺十一面観音像は(官営工房で流通していた様式 乾漆像の造形を借用

ー奈良後期から平安前期ー
唐招提寺旧講堂木彫群
伝薬師如来立像・伝衆宝菩薩像・伝獅子吼菩薩像 (盛唐中唐代彫刻の影響) 
『唐大和上東征伝』鑑真第二回目の計画に彫檀の工人の同行や檀像の持ち込みなどの記載がある
 樹種同定調査・カヤ材  この像など素地仕上げの木彫像の多くがカヤであること
  / [2003 金子等「日本古代における木彫像の樹種と用材観ー八・九世紀を中心に『MUSEUM』583] 付追[ 1998「同ー七・八世紀を..『MUSEUM』555]
『十一面観世音神呪経義疏』檀像に白檀が入手出来ぬ時は柏(カシハ.カエ)の使用を認める記載 [1979鈴木嘉博「柏木像と檀像彫刻」『美術史』107]    (柏ノ白ヲ百二変換)

飛鳥/クス材  木心乾漆像の心木/ヒノキ材
承和六年839開眼の東寺講堂諸尊像の用材はヒノキ材 

和気氏所縁の寺院神願寺伝来の神護寺薬師如来立像


ー平安時代前期ー

延暦八789造東大寺司の廃止(令外官司機構の解体)
大同三年808画工司は漆部司などとあわせて内匠寮に併合再編成(奈良時代始めころ画工司の制により画師の一部は令内官司の機構に編入されている)(他に木工寮も)
延暦十五年796造東寺司 
延暦十六年797造西寺司  
官営工房東大寺との間に工人交流 木心乾漆造技法を受け継ぐ乾漆併用系木彫の東寺諸像

観心寺如意輪観音・広隆寺講堂阿弥陀如来像・神護寺五大虚空蔵菩薩像・安祥寺五智如来像
これらは嵯峨、淳和、仁明、文徳天皇や太上天皇や三后に関わる造仏

承和三年836〜嘉祥四年851造檀林寺司 承和九.十年造大井寺司 斉衡二年855修理東大寺大仏司 等 
 

私のお宝本

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木曽へ一泊でいってきた
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日義で野外美術展をしたのは1993年、
その後99年に一度いっているようなのだが20年ほど放置したままの義父が建てたぽちの家
泊まれるか心配だったが
信州の内陸型乾燥気候が味方してほとんど大丈夫さった。
私のお宝
岩波の奈良六大寺大観全14巻と大和古寺大観全7巻も無傷でいてくた
東京のように湿気もないしゴキブリもいないから、、

とても高価なので二度とこんなものは手に入れられないからとこの金庫のような作りの家に預けて置いて正解だったが必要なときに手元に
なかったから「宝のもちぐされ」(腐ってはいないが)
簡単な調べは手元の普及判で事足りてはいたが、
今回帰京の際に「東大寺1」を持ち帰った。

水道のパッキンの交換や庭木の手入れその他管理に近日中に再度いくのでそれまでに完読?できるか? 持ち帰ったこの巻は東大寺の彫刻でこの国の一番の宝もの三月堂本尊の不空羂索観音も 扱っている。秘仏の執金剛神像も

全14+7をいつ見終わる?(あえて読むとは言えない)
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  • 第一巻 法起寺、法輪寺、中宮寺
  • 第二巻 当麻寺
  • 第三巻 元興寺極楽坊、元興寺、大安寺、般若寺、十輪院
  • 第四巻 新薬師寺、白毫寺、円成寺
  • 第五巻 秋篠寺、法華寺、海龍王寺、不退寺
  • 第六巻 室生寺
  • 第七巻 海住山寺、岩船寺、浄瑠璃寺

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一般 / 全集・叢書 / 芸術・生活(絵画・彫刻)


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奈良六大寺大觀  補訂版
■構成 全14巻
奈良六大寺大観刊行会 編
奈良六大寺に伝わる文化財は,世界的にも貴重なものである.寺宝のすべてをかつてない厳密精細な調査研究と徹底的な写真撮影をして,後世に残る正確無比な記録をめざした初版の刊行から30年の歳月が流れた.その後各寺では文化財の修理・発掘などがなされ,貴重な新知見も多く得られた.補訂版は最新の学術成果を反映する.

〈 全巻の構成 〉
1 法隆寺 一 (奈良六大寺大観刊行会 編)
定価 36,750円(本体 35,000円 + 税5%)
2 法隆寺 2
品切重版未定
3 法隆寺 三 (奈良六大寺大観刊行会 編)
品切重版未定
4 法隆寺 四 (奈良六大寺大観刊行会 編)
品切重版未定
5 法隆寺 五 (奈良六大寺大観刊行会 編)
品切重版未定
6 薬師寺 全 (奈良六大寺大観刊行会 編)
品切重版未定
7 興福寺 1 (奈良六大寺大観刊行会 編)
品切重版未定
8 興福寺 二 (奈良六大寺大観刊行会 編)
定価 36,750円(本体 35,000円 + 税5%)
9 東大寺 一 (奈良六大寺大観刊行会 編)
品切重版未定
10 東大寺 二 (奈良六大寺大観刊行会 編)
品切重版未定
11 東大寺 3
品切重版未定
12 唐招提寺 1 (奈良六大寺大観刊行会 編)
品切重版未定
13 唐招提寺 二 (奈良六大寺大観刊行会 編)
品切重版未定
14 西大寺 全 (奈良六大寺大観刊行会 編)
品切重版未定


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30年前のそうそうたるメンバー(故人がっc)
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領土問題が危うい場面をつくりだしそうで困った。
安倍政権は好戦的だし、、
こうなったら公明党が鈴を着ける役割か。
原発ゼロを言い出したのが最近だけれども憲法ともども引き下がらないように願う。

改憲をいうが豊かな戦後を謳歌してきたのは現憲法下ですよ。しかも自民党が一番利を蒙っているのに、なぜ改憲?もっと利益をという欲からか。




古本屋で岩波新書「日本社会の歴史」上中下
今更ですが、各冊100円と著者が網野善彦に惹かれて購入。

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「はじめに」でことわり書きが。

日本列島における人間社会の歴史をのべるのであって、「日本国」の歴史でもないし「日本人』の歴史でもない。
これまでの「日本史」は「はじめに日本人ありき」の思い込みから、われわれ現代日本人の歴史像をあいまいなものにし、われわれ地震の自己認識を、非常に不鮮明なものにしてきた。と


列島が大陸とつながっている時代からかきはじめ、やがて島となり、巨大な内陸湖がいわゆる日本海となる。、、
このいわゆるの部分の注があり
*海に「日本」という国名を付したこの名称は、決して適切ではなく、招来、再検討される必要があると考えるが、当面、便宜上この名称を用いる。
とあった。

初版が1997年です。
当時はまだこういうしっかりしたかたがおられた。今はどうだろうか?戦争に突入していった昭和の時代の脳の萎縮を思いだす。ヤバいなあ。

韓国語の東海じゃ半島からみているだけだし、、ロシアじゃなんと云うのか、もともとロシア人は極東にいなかったが、、アイヌ語じゃ?他の先住の呼び方は? 何も知らないなあ。

夢のあるようななにか良い名称がないだろうか。

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