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昨日、信州上田市塩田平の信濃デッサン館へ日帰り。
前日に調布画廊の重岡さんからお誘いの電話家ありでかける事にした。
10時すぎに国道16号で待ち、私の運転で高速道を片道二百キロ
入間IC-(圏央道)-鶴ヶ島JCT-(関越道)-藤岡JCT-(長野道)-横川SA-上田菅平IC
休日ですっかり混んでいてのろのろ運転。横川SAも一杯で駐車帯以外に駐車せねばならぬほどだったがこのさきからはほぼ解消された。
私は出身が信州ですが、千曲川筋は東京からのJRの路線も異なり、ほとんど行き来が無い。
この地方へは、中学の時に遠い親戚の法事に父親と小諸に、もう1度は義父の育った長門町へ。叔父叔母に会いに諏訪から和田峠を越えて。ピンポイントでこの2回来ただけだった。
信州出身者の学生寮に2年間いた時には、上田高校や丸子実業、屋代高校といった連中ともつきあいがあり、どんなところだろうかと興味津々でしたが。
画廊主と、そこで展示中の作家のご婦人の御2人といっしょですから間違わないようにと、わたしとしては珍しく、前日から下調べをしました。
地図で上田周辺を眺めていると位置関係の記憶の間違いに気がついた。上田市は松本市よりだいぶ北にあり、安曇野市の北の緯度だ。記憶では上田は松本より南に位置し、それにともない長門は上田とほぼ同緯度だとばかり思いこんでいた。従って長門から東に行けば上田になると、、、、
しかし、上田より丸子を経て南に下るという長門町の実際の位置に、、、ショックを覚えた。
丸子が長門の北にあるのは知っていたので上田と丸子、長門が三角形を形成していると勝手に思っていた。(実際は直線上にある)
まるで地図の無い時代の人のような、、、
本題にもどる
ICから下りてバイオパス経由で千曲川を渡る。その先の道の駅で固ダイコンや茸を手にいれてから、
三方を山に囲まれた塩田の盆地?へ。
前山寺から塩田平の眺め 前山寺という大きな寺院の横だと何度か来られた事のある重岡さんの手引きで辿り着いたのが開始の15分前で、御見事と、、
大きな寺で樹齢700年とたしかかいてあったと?
立派なケヤキが
此処の門前にも出店が クリタケ リコボウ(イクチ)紫シメジ? ちょっと高いぞ
今日は
武蔵野美術大学長甲田さんはこの塩田の出で上田高校出身
デッサン館の館長は戦没画学生の絵を集めた無言館をつくった事で世に知られている
漥島誠一郎さん
水上勉との関係でも知られていますが
もうお一人の二紀会委員米津福一さんは上田在住でいらっしゃる
地元を離れた方と、住みついたままの方、全く他所から来て新たな事をやられている方
そこらへんの話しがおもしろかった
メモってないから、、
ただ特筆すべきことがあった
甲田さんが小学生のとき、一週間すべてを写生だけで授業をするというのがあったと。
上田の米津さんも一日中写生をするという授業日がありこれが待ち遠しかったと。
なんという革新的(確信的)な授業だろうか。
現今は美術の時間はどんどん減らし、その少ない美術授業は、絵を描くカリキュラムもほとんどなく(XX週間のポスターをのぞけばゼロの学校も)半製品の組み立てキットでお茶を濁す現状からすると別次元の話しだ。創造性のある子はいらないらしいわが国の今を変えないと。
お客さんが多い。現役学長肩書きの威力は、、以前から信州は肩書きに弱いし、、。立身出世が、、。(ヒガミ?)
隣りの建物は
このご夫妻の展示館
B
ブロンズ彫刻ですが 鋳物の状態がすばらしいのでイタリアの鋳造所の仕事だと思います
このあと北多摩の東大和市からこの3月に帰省移住された青木允ご夫妻のアトリエへ我々3名の他2名で。
展覧会の案内をもらっていました。奥さんは銀座でのグループ展は失礼してしまいましたが、、。
この
帽子の方がご本人
西国立まで辿り着いたのは10時近くでした
400km強の運転でしたが、行楽のようなものだからほとんど疲れず眠くもならずで快適でした。
同乗者のご意見は?ですが。
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