Sculptor Gon Shinji WORLD

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美についての雑感

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近代日本の木彫の材

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 近代日本の木彫刻の材料は、ヒノキ檜、ケヤキ欅、クス樟、カツラ桂といったものがほとんどだろうと思います。

 そのなかで、桧はとても高価で、また運刀の技術も要求されます。平櫛田中や澤田政廣といった大家は別ですがなかなか使えるものではありません。

 桂は北海道から大径の材が産します。材質はしっとりとせずにパサパサしていて素木シラキの作品には向きません。鎌倉彫の木地は桂です。漆塗が前提で図柄も定型なので、材の柔らかさもあり速い仕事が出来るからだと思います。1mもの材から引いた板には節もなく器など工芸品向きです。
彫刻家は彫ったときの手の当たりがよくないので好きな方は少ないように思います。樹脂分で刀が切れやむのも気持ちがよくありません。

 欅は関東以北の樹です。江戸城の建築材、あるいは日光東照宮の登り龍の赤欅の柱や、透かし彫りの牡丹の塀などを思いだして下さい。
 東京西部地域の多摩に住み出した頃、不思議に思ったことがありました。小平に舟材の問屋がある。こんなに内陸部になぜ?と。多摩は欅の産出する地域であったのだ。広い武蔵野台地で住むには防風林が必要でそれが大百姓家の欅であったり貧農家の樫であったりしたのです。
 それに舟というと海で使うものと簡単に思っていたのですが、多摩川を舟が運搬船として活躍した時代もあったのだから川舟も欅で作っていたのかもしれないと気がつきました。青梅に河辺という駅があるが江戸城の壁土を運び出した場所だと聴きました。川越も江戸と舟運で繋がっていたということです
。今ではすっかり想像のせかいです。欅は江戸の木だと言った方が良いのかもしれません。若い頃何度か伐って放置したままの樹を彫刻材としていただきました。しかし欅となるとほとんどの方が、なんやかやと理屈をつけて手離そうとしませんでした。それらの木は時が経ってもそのまま放置され最後は朽ちて土となりました。それほどに、関東では金目の樹だったんだろうと思いました。

 さて樟の木です。天然の防虫剤、樟脳はこの樹からとります。緑葉をくしゃくしゃと揉んでみてください。やさしい芳香がします。輸入材に押されるまでは家具材などにも使われたようですが、今は彫刻材料としての役割しかなさそうです。主に九州、台湾からそして北限が伊豆半島だと言われていましたが、東京で街路樹としてうえられたクスノキの最近の伸びかたをみると、地球温暖化の所為かなと思われます。平均気温上昇の故に本来なら、樟の文化が欅の文化と交代する時代が来るのかもしれませんが、グローバルで時間(季節)までも越してしまう経済的な流通世界では気がつかれない話のようではあります。
 彫刻材としてのクスの特徴は、木目が弱く縦横の性質が極端には違わない。塑像のような造形から入るにはうってつけな素材だといえます。例えば腕を身体の前にのばした形をつくるとします。針葉樹ことに目の粗い松などでこれをつくると、鑿を打つ力でも年輪に沿って腕が折れ落ちてしまいます。ましてや腕よりもっと細いものを立ち樹の横方向につくるろうとすると結構大変ですし、輸送の段階になると益々大変だろうと思います。
 ところがクスだと同じ造形が簡単につくれるのです。揮発性の樹脂分も運刀を楽にしてくれます。また彫刻にしか使われぬので価格も貧乏彫刻家でも手が出せるくらいに抑えられています。
美術大学の教材として使われる所以です。
 この樹からはカンフル強心剤も採られるようで、彫っていると気持ちが良い。私の連れ合いは呼吸系の障害に時にはみまわれたこともあり、わずかに香をたしなめるにとどめています。
 クスを彫るとこの匂いに寄ってくる虫たち、いや 人がいます。新聞の勧誘の方とかセールスで歩いている方など、話すうちに解かります。九州出身のかたたちでした。
 鹿児島・熊本・佐賀・長崎では県木でもあります。鹿児島蒲生の大樟や太宰府天満宮の高い樟など知ってはいても未だ見ぬ君なのです。

 私は今、樹齢30〜50年の細めのクスを何本も頂いているので、そろそろ仕事場まで運び込んで久しぶりにこの香りに包まれようかと、胸ワクワクしています。

 京王線調布駅南口にクスが10本ほどあります。昨年亡くなられた木村威雄映画監督が「こぶのき」と呼ばれ宮沢りえが出演した「夢のまにまに」にも登場させました。工事中の駅地下化が終れば良い空間になることでしょう。
 

暮れに東京MX TVで東京都副知事の猪瀬直樹が仕掛けたシンポジウム関連で、村上隆と対話しているのを流していた。
村上隆はどこのアートフェアでも見かけるといわれるほど、市場調査をし、欧米の日本に対しての価値観をつかみ、アート市場のシビアな金銭流通システムを見ながら、あのシステマチックなアート?を市場に投入した。
蔡国強が身体を張りながら日本からはじめた、世間(美術界及びその基礎たる言術社会)の弱い部分を攻略してきた方法と、一脈通ずるものがある。

さて本題
実際に食べている美術家は美術系大学の教職に滑り込んだ人と
既成価値の美術を追っかけている人、言い換えると日展の世界に足を置く人
が美術家として公式に認定され食べている。
それ以外は、私生児のように認知されることに一縷の期待を持ちながら発表を続ける人たち。

こんな面倒臭いことを描き出してしまったが、瞼がくっつきそうなので
きょうはこの辺で、、、、、、、、、、、、、        

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美術家ですから生と死をつねに考えています。
それが直接に作品と化すわけではありませんが。

作品を世に出すことで他者の世界と関わることになります。
プライベートな世界が生のままで作品となるわけではない。たまたま同時代的、他と我の相似なプライベート世界が共感を呼ぶこともありましょうが、次の作品制作、発表は、うけ?を狙う確信犯となるので、私と公の境界線は成立しています。
ほとんど共感を呼ばずにいつまでも私世界から自己満足風な発表を続ける多くの作家もいますが、ご本人が気がついていないので話題から外します。

死は、人には共通の問題です。
ホルベインの『死の舞踏』にもかかれているように、死神が貧乏人も金持ちも等しく連れ去る。
釈迦の説く生病老死の四苦は人皆な誰にでもある苦しみの原因です。

私は死を直接のテーマにはしません。が、常にどこかで死を思ってはいます。

最初の作品発表は鋳造でした。次はテラコッタ。その後ほとんど木彫一本になりました。
その初めの頃は南洋材の端材を材料としていました。材木会社が捨てる様な端材でも熱帯林の伐採に共犯関係となるような気がして輸入材は止め、国産材の樟の木を使い出しました。樟は好きなのですが、購入する行為自体があまり良い気持ちがしないのです。そのうちに近所で伐られた桜や信州山中のチップ材の集積場の樹を使うようになりました。私には木を彫刻材料の一つとしてとらえるドライな神経の持ち合わせがなかったんだと思います。

木場などの材木屋から購入した材は解体されて綺麗に整えられたお肉のようなもので、生前の姿を思わずに、絵画の白いキャンバスのように使えます。ところが近所で伐られたソメイヨシノを使うようになると、生前の樹の姿、枝葉も根もついた、花をさかせ青葉を茂らせ秋には紅葉した落ち葉を堆積さす姿を思いだし、単なる素材として調理するわけにはいかなくなった。樹液を返り血のようにあびた経験もしました。そして樹の生を受けて再生させる作業としての彫刻に次第に傾いていきます。

赤線の区画整理で頼まれた駅前広場の像は、木彫原型の銅鋳造で大人と幼児をつくりました。赤線を通過した人と外の光をあびなかった子に思いを馳せました。
埼玉の山中での野外展示の際には、私の作品の前に車を止めて3日目に自死した男の人がいたと聞きました。そのときこう思いました。
どんなに頑張って作っても、作品で人の生き死にを左右出来ない。

作品の前で少しでもどこか穏やかなものが動き、少しでも心が澄んで逝ってくれるようなものを作ろう、、
樹の鎮魂をとおして、人の世の魂鎮め。これを思いながら彫刻すると。
今、こうもかんがえます。
美術作品が何らかの答を出してくれる事はない。作品は見る人に問いかけるのです。
これは何か、何の為に何を言っているのか。応えるのは見る人です。

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立秋が過ぎて
盛夏のひまわりの勢いが納まり大きな花は熟した種となり、脇芽の花が小振りに咲いている。
今日は月に一回のKクリニックでの絵の指導。
途中でお休みもあったが1995.6年頃からだから随分つづけている。
今日は5+2名でやや少ない。 

私の持ち込んだヒマワリとスタッフが用意した夏野菜をモチーフにする。

猫は3疋いるが、撮影時にはこの子だけが残っていた。
その上の絵は女性で10~12時の間休まずにかき込んでいました。
猫の下はスタッフのクロッキー画

蕾に気がついて描いた方がいる。
蕾を正面に据えると花は裏から、顎がこれまた楽しい。

まだ暑い日が続いても、花の勢いからみると確実に、秋は近づきつつあるようです。

搬入展示終わりました
初日と各金曜日のpm3:30~5:00画廊に詰めます(あとは不定期に)
 

 百数十回の木の彫刻展示の中で、欅が主役になるのは初めてです。
30才前後に欅とチークにかぶれたことが原因ではなくて、樟と共に市場を通さないとこの木が手に入らなかったからてしょうか。樟は木場で何度か手に入れたのに、、。
 ここ多摩では(関東全域では)欅が一番値打の樹で、そこらへんに転がしてあるたいした樹でなくても、持ち主にいらなかったら社会教育講座に使わしてくれといっても、使うからと断られ、結局はそのまま腐らせている、というような経験を何度もした。そんな経験から、私はへそ曲がりだから、樹は欅だけじゃぁねえんだと、あえて避けてきたのかも知れない。
 今回の欅は、旧市役所の建て替え工事の際の伐採木。ユリノキとヒマラヤ杉で椅子状のものをつくり、彼らの育った地、新庁舎へ収めた。発注の期間が竣工式までわずかしかなく、欅をつかうには制作日数が間に合わないので、結果私の手元で生き還えらせることになった。


さて彫刻の見方
私の作品は、これは何かと問う前に、
まず触れて下さい。
美術全般に言えることですが、、、

 これは何か という問いかけを (腕組みしながら) 距離もって対峙してしまうと、作品理解は進まない。何も見えてこない。緊張関係だけ。
 そして各自、答をみつけて、それを自分の整理棚におさめて、引き出しを閉める。整理整頓してしまう。ふくらみのあった疑問は断ち切られ一断面がファイルされる。教養の玉手箱?これ見たわよ、といえる程度で満足することになりかねない。このやり方だと、整理棚はとても不完全で未熟なままのものが多い。(陰の声 そんなに簡単に整理されてたまるか〜〜)
 ではどうすれば良いのか。

 疑問は疑問のまま残す。もう一度この作家に出会うまで疑問のまま脳の隅っこに置いたままにする。整理して忘れてしまわないで、、

 さて彫刻家の場合、机上で頭を使うことにもまして身体を使いながら考えることの方が多い。
 それを追体験できるかもしれない方法が、「まず触れてみて!」 ということだ。
 彫刻家は目で形を決めるのが重要な仕事ですが、その状況下、匂いや手触りが重要な役割をします。
その作家の原体験を経験、「触れる」のはそこに近づく早道なんです。あとは「目で」みること。言葉で見るのではなくて。
 言葉だけでは記号としてみることになり易い。「りんご」といえば「この形」というように。でもひとつひとつ全く違う顔だ。解らなかったら、触ってみれば良い。あとはあなたの身体が動き出します。

 絵画は触れない。ではどうしましょうか。
 一つの方法
 その美術作品のもつバリアー(聖なる空間という理解もありますが)をみつける。絵の前の数mの空気の密度の異なる範囲。そこは時間も空間も他と密度が違う。その空間に入り身体、脳が浄化される。
 ゴッホの絵画はそのことが理解し易くしてくれます。純粋だから。
 ブランクーシの彫刻も展示次第ですがその聖なる空間が広い。
 殷周銅器(住友博古館がことに)も祭器だけあってとても強く感じさせてもらえる。
 三月堂の不空拳索観音はとても偉様であるお堂全体に収まりきれない強さだ。
 
 それらは非常につよいバリアーを持っているのだが、私のはまた質の異なる空間をつくる。見て触れて空間に入り感じてみてもらえればわかります。
 

つづく

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