明日5日と12日の土曜日は調布画廊へ出かけます。
10時半頃から16時まで。
新作は自信作ですし、全体になかなかいい展示です。(初日しか出れてないので他人の感想が聞けてない。そこで自分で評価しておきます。)
お出かけください!
調布画廊のオーナーの重岡さんは80才になられていますがお元気で、頭の回転、好奇心も相変わらず旺盛で、気持ちがよい。針生一郎さんがなくなられたあと、去年から急激に親しくなりまして今回2回目の個展です。5・5というのがちょっときついけれど、声をかけてもらい、新作で新たな展開も始められそうなので良しとしましょう。
重岡さんは調布市とその周辺地域をカバーするタウン誌を発行されて32年。今月号に私の個展の紹介もしてくれています。
チェンソーは回り続けているのだけれども、音は消えて、いつものように無音の世界がひろがる。
無音の中に、生のざわめきをきき、樹芯に宇宙の風をみる。
やがて、虫のなきごう 鳥のさえずり 葉のかすかなさやめきが始まり、
樹々のふくらみさえもが聞こえてくる。
無音 血のもはや流れぬ世界、
死は穏やかな緩やかな無音の歩み。
ゆっくりとゆったりと朽ちて行く樹の幸福。
人の世の性急は、時を断ち切り、生の連続 再生を阻む
今こそ地上最大の生物 樹木から死と再生をまなぶ時なのだ
. . 樹芯に宇宙の風を見る。 と書いていました。『 Cosmic Wind 』という作品タイトルはすでに決まっていたのだった。
この10月号に、重岡さんの話も採録してありました。
話をされている「TAMAライフ21」という東京都のイベントは、北南西多摩3郡が神奈川県から東京都に移管されて100年を記念した行事で、100億円?という予算が使われました。
バブル期の東京湾岸開発事業で多摩地域がとりのこされるという危惧を払拭?し、バランスを取るためでもありました。(飴を)
都と多摩地域市町村職員から出向したもので事務局を運営し、電通や博報堂が間に入り多摩地域の3美大を活用し、、と。 2、3残ったものもありますが、もったいなかった。
多摩地域には市長村営以外の公共施設が少ない。美術館も最近は市営で少しはありますがビルの一角をかりただけでお茶を濁している情けないものもあるし郷土館だけで美術館が全くない地域も多い。
このイベントにまわす分で都の美術館を作り若い人にも使える空間をつくっていたら、今の不況下を勇気づけられるような活力がいくつも生み出されていたことでしょうのに、、
湯水のごとくばらまかれたお金はどういう風に消えていったのでしょう。
蛇足かもしれませんが、100年記念と銘うたなかった理由を。
移管が決定された当時の多摩地域は、自由民権運動が盛んだった明治10年代を引きずっています。
また反政府軍だった近藤勇や土方才蔵などの新撰組壮士の出身地でもありました。(今でも日野市には土方姓が、、)
ムシロ旗をかかげ移管に反対しておしかけたといいます。
そこを東京市の直轄地にして管理しようということだったようです。
書いていて気づいたことがある。福島、会津がいつまでも冷たく扱われたように、多摩格差というものが東京都の中に厳然として残っているのではないかと、、。
それなのに五日市憲法で反政府運動のあった西多摩地域は自民党が強い。福島も保守地盤か。締め付けられるとより保守化するという 情けない話でおしまい。
お口直しです。
東アジアドラマの お肌の白いお嬢様お姫様方に お似合いの ピンクの衣装をおもいました。