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イタリア Italy

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1970年代初頭のイタリア、トスカーナ地方。10歳のミルコは映画を愛する少年だったが、銃の暴発で両目の視力を失ってしまう。当時のイタリアでは、盲目の少年は普通の学校教育を受けることが出来なかったため、全寮制の盲学校へ転校させられてしまう。心を閉ざしがちだったミルコはある日、テープレコーダーを見つける。“音”との出会いに新鮮な喜びを感じるミルコ。そして、彼の優れた聴力に気づいた担任の神父が救いの手を差し伸べるのだった...http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD11231/より

2005 イタリア 監督 クリスティアーノ・ボルトーネ
原題 ” Rosso Come il Cielo "(空のように赤い)


ジュリオ神父(担当の教師)が、退学を言い渡され明日故郷のトスカナに戻される予定の主人公ミルコ少年にいう
「ascolta 聴いて!」「君の中にはcosa speziale 特別な何かがあるんだ  君だけのなにかが
人にはない何かがある  この先 それを奪われないようにするのだ」


       日本の子供たちにもそういってやりたいなぁ
       私たちのまわりでも大人たちが子供の可能性をつんでいってしまっている現状が、、


退学をいう校長にジュリオ神父がくいさがる場面
P「この学校が100年以上続いてきたのは、規律があるからなんだ。我々盲人には選択の余地はない
...われわれ盲人に その可能性はない...」」という校長に
J「そういうあなたの30年前は(目が見えて)普通の生活をしていた。勉強や旅をしていたではないか
なぜその可能性をかれらに与えないのか」

それ以上食い下がれずに校長室を退室し落ち込みもどるジュリオが、洗濯物を運ぶコンチェッティーナとすれちがう。
C「Buon giorno Juglio ! 」
[ 彼は応えずにすPれちがい、行き過ぎ、立ち止まって、振り返り声をかける ]
J「教えてほしい  (あなたの)経験から  この学校の意味は  子供のためなのか  
イス作りを教えたり、従順にさせたりして、私たちは得意顔だ。 優秀な紡績工や電話交換手になるからか。 
でも現実には、少年時代のいちばんの美徳をうばっている。 かれらの夢を 」
C「私には学がないし、よくわかりません。でも不満があるなら伝えれば 」
J「しかしそう簡単にはいかない 校長の方針には逆らえない 」
C「だけれども 誰もいわなければ気づかない。 自分の主張は通さばなければ。 いかにだれかを怒らせても 思ったことは口に出さないと 後悔しますからね 」

 

 [時は1970年代イタリアは左系の運動が盛んな時代であった]
  この学校の卒業生で、鉄鋼場の電話交換手をしている若者が 学生や労働者とともに”学校に自由を"とデモをしてミルコたちの試みを支持して、その功あって、音による劇が学芸会が催されることになる

 そして終演後 ジュリオ神父は親たちを前に 挨拶をする
「この子たちは普通です。想像力と普通に生きる権利は誰にでもあるはずです。 」と。

 エンディングの字幕が流れる
「イタリアでは1975年に盲学校は廃止され普通学校へ通えるようになった。」
「ミルコはイタリア映画界屈指の音響編集者となった。」

....................................................................................................................................

 実は、その主人公ミルコがこの映画の音響担当をしています。
 この映画では、正規の学芸会に配役を与えられなかったミルコやその仲間たちが、内緒で音響劇をつくっていく場面がメインでしたが、なるほどそういうわけだったのかと、終演後に気がつきました。

 そこを除くと他の場面はもっと作りようがあったんではとも思いましたから、MY 評価は83点

 私は八王子盲学校の中学生とおつき合いしたことがあり、実際にはもっとシビアで生き生きしているのではないかなとも思い、少し辛い点数になりました


 盲学校の美術教諭から木彫をやらせたいからお手伝いにきてくれないかと要請があり何回か西八王子まででかけました。 対象の生徒は、5、6、7人だったと思います。
 鑿を持たせて、、みなが何を作ったか? つるつるすべすべにさせたがっていたことはしっかりと覚えてはいます。
 廊下ですれちがった女子生徒三人の本当に澄んだ歌声が忘れられません。こんな音は他で聴いたことが無い。目を使えない分、聴覚がじつに豊かになるのだと知りました。
 また全く見えない子、明るさなど少しでも見える子、重複した障害を持つ子と、障害の種類や程度の違いの多いことも知りました。

 家でやっていたこども美術クラブに耳が聞こえぬ子が通ってきていました。いわゆる健常な子にとっても、いっしょに学ぶ必要も経験させてもらいました。



 先日見た精神病棟を廃止したことを語る映画『人生、ここにあり! Si Puo Fare(やれば出来る) 』 』といい、この『ミルコの光 Rosso Come il Cielo (空のように赤い)』といい、日本の現状と比べて雲泥の差があります。
 ジュリアやコンチェッタらの対応を見て、
 私らの日和見、強いものにへりくだる、世間の風潮にながされる日本人の対応を反省せねば、永遠に原発の恐怖からも逃れられないと少し暗い気持になりました。

 私は思ったことを口に出すぞ〜。世間から またまた避けられそうですが どんどんいおうじゃないか。



 

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イタリアの宝石 モニカ・ベルッチ(1964~)のファンです。
若い頃には、ソフィア・ローレンやクラウディア・カルディナーレが好きでしたから、私の好みは一貫しているようです。もっとも最近は、キャメロン・ディアスやキーラ・ナイトレイも 好んで観ますからずいぶんと幅がひろがってはいます。

以前にみたトルナトーレ監督『マレーナ』(2000年制作)は彼女の代表作。
2次大戦に翻弄される超美人の人生を10代の少年の眼をとおして描いた名作。
第1画像は村の男たちの視線を独り占めするマレーナ(35.6の彼女の美しさが輝く)
第2画像は夫が戦死したあとナチ将校のや米軍と関係を持った彼女が、村の女たちから殴打や髪を切る暴行を加えられた場面

逆境にも毅然と立ち向かうどうどうとした美しさに打たれます。
そして、いま読んでいる短編ジョバンニ・ヴェルガ(1840~1922)の『ルーパ』(1880) から、『マレーナ』を連想しました。因にルーパとはイタリアーノで雌狼のこと、娼婦や官能的な女の意味も。

編訳者の武谷なおみさんがあとがきで書いています。
 「エトナ火山を背景に太古の自然そのものが主役であるようなこの作品は、ギリシャ神話の穀物の女神デメテルがシチリアで冥府の入り口に立つ姿を彷彿させる。麦畑の焼け焦げるような太陽のもと、獣性と聖性が渾然一体となったルーパの美しさは、社会から疎外された女の孤独とみなす解釈など吹き飛ばしてしまう。、、官能的なシチリアの凄みを味わうにはこの短編は不可欠なのだ」と。

以下は本文から
 「背が高く、やせてはいたが、胸だけは固く豊かに引きしまり褐色の髪の女にふさわしかったーだけどもう若くはなかったーいつもマラリアにかかっているように青白く、その青ざめた顔のうえに、びっくりするほど大きな二つの目、そして濡れた真っ赤な唇が、あなたを食いつくす。、、」
「、、ルーパのあの射すくめるような目で見られると肉体も魂も奪われてしまった、、」(娘婿のナンニ)
「、、ルーパは、彼が青ざめた顔で目を血走らせ、太陽にきらめく斧を片手に近づいてくるのを見ても、一歩も後ろにひかず、目もふせず、両手いっぱい真っ赤なケシの花束を握りしめて、彼に会うまで歩きつづけた。あの黒い目で男をむさぼり食いながら。、、」


このイメージからは、モニカ・ベルッチよりもソフィア・ローレンのほうが近いかもしれない。
モニカ・ベルッチは超美人なのにもう少しおとなしく穏やかだ。だからかあまりいい役に恵まれていない。

そう思っていたのだがはまり役?があった。彼女の美貌が映えます。主役ではありませんが、、
『魔法使いの弟子』 (2010)の魔女
『ブラザーズ・グリム』 (2005)の鏡の女王。 深い森の塔の上に住むのは、ラプンッツェルと同じです。
どちらの魔女もこれで完成だという時に、魔法陣が崩れて魔女が崩壊するのです。
だれかモニカ・ベルッチに魔女が主役の映画をつくってくれないかな。

この一月程の間に見たおすすめのイタリア映画 全部が満点です!!!
『ライフ・イズ・ビューティフル』(La vita è bella)外国部門なのにアカデミー主演男優賞
 ナチのユダヤ人の収容所送りを、子供もみれるようにつくれている作品。
 ピノキオの監督が、主人公。奥さんも妻の役で。
『ボローニャの夕暮れ』(Il papà di Giovanna)2008年
 殺人を侵した精神に障害をもつ娘と父親母親がつきあっていく話。逃げずに正面から。
『息子の部屋』(La stanza del figlio)は2001年。カンヌのパルムドール賞
 幸せにくらす4人家族に訪れた息子の死。これも監督自らが主役です。

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 イタリアの監獄制度に、昼間は社会生活をしながら夜は収監されに監獄に泊りに戻るというのがあると聞いて非常にビックリしたことがあります。(2008年法務省の横やりで東大京大東京芸大での講演が中止となったアントニオ・ネグリ氏の例)勿論、死刑制度は廃止されている。マフィアのテロなど怖い話しも多いのに死刑執行がないのは何故なのか、、、
 チェルノブイリ事故の際に青果市場を閉鎖したり妊婦幼児への牛乳の摂取を禁止したり出来たのはなぜだろうか。保守政権下なのに。


最近見た映画にヒントがありました。

『人生、ここにあり! Si Puo Fareやれば出来る 』   Si Puo Fare ぼくにできるかな?
http://jinsei-koko.com/シネスイッチ銀座http://www.cineswitch.com/上映中

'78年イタリアで施行された通称“バザリア法“により、精神病院の全廃が進められていた時代の実話を元にした映画
精神病患者たちがいる施設へ(左遷され)送り込まれた組合の活動家(オルガナイザー)のネッロと、施設に収用されている彼らとの活動の話。入院中心閉鎖型からオープンな地域生活型に、歴史的な大転換を成功させたイタリア精神保健の取り組みを描く。

映画の中に羨ましい場面がありました。
薬漬け(ようはやる気をなくさせる)の旧来の精神科の医療を拒否し、薬を減らしても大丈夫という医者と共に、新しく仕事場を立ち上げて、仲間も増やして、パリの地下鉄延長にかかわる工事現場の仕事もできる。さあこれからと言う時に、事件が起き、仕事の納期の違約金のこともあり、ネッロはこれまでだと、事業は挫折しそうになる。
暴力沙汰を起こした仲間は旧来の治療にもどされるというその時に、
以前の担当医、彼らに否定されていたその彼が、ネッロに言った言葉は、
「君らの方法には良い効果が見られた続けて欲しい。」
これにはビックリしました。自分の立場に固執せずに、間違いを認める。これならば、良い方向に社会が進んでいく。本当はこうでなくては。

福島事故に対する国家や自治体や企業の担当者の対応、マスコミと御用学者たちの対応を経験してきたわれらには、なんとも新鮮です。

ネッロも彼の妻も、その医師も仲間の医師も、画像の彼女も、過去に精神に傷を持つ協同組合員の患者たち彼らたちも、それぞれが一人の人間として、真摯に物を考えて判断、行動しています。

イタリア映画にはこのような誠実な人々が時々登場します。だから好きでよく見ます。決して派手ではありませんが。


立場だけで物を考える、ものをいう。日本は変だと思います。
日本の中心は空白である(皇居は無番地です)というフランスの哲学者の著作がありますが、誰も責任とろうとしない困った国であると思います。
大学の一般教養科目の憲法講義で、日本は立憲君主制の国だといわれて、ビックリしたことがありますが、全ての結論、議論の責任が、空白の場所にいきついて、判断保留となる。そこを避けるのは人として卑怯だと思います。
象徴天皇制の支持者ならば責任を国民の段階でしっかりと議論せねばならぬし、君主制論者ならば頂上まで責任を持ち上げてはならぬはずだし、
いつから逃げる一方の卑怯もんばかりの国になってしまったのだろうか。
こんなことならアメリカの第53州目にしてもらったほうがまだまともな議論ができそうだが、一触即発の状態が続く地を引き受ける訳はないか。




もう1本dvdで
『セントアンナの奇蹟』
二次大戦終戦間近のフィレンツェ近郊の山村を舞台に黒人部隊の話
以下で背景等をご覧下さい
http://www.stanna-kiseki.jp/history/index.html リンクご容赦を

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ミラノの友人 CESARE

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 2週間弱のパリ滞在のあと、リヨン駅からSNSでイタリアへ向う。ローマの鋳造屋さんに連れていくとの師匠の約束は反古になりミラノへ取り残された。

 言葉がまるで出来ないままの異国で、在住の作家Mさんが地下鉄ガンバラ駅近くのペンショ―ネ"
エミー"を紹介してくれた。(最近グーグルマップの立体映像で見つけました。きれいなホテルになっています。建物入り口左の大衆食堂トラットリアはレストランに変っていました。)

 宿が決まり、最初にしたのがミラノ大学に押しかけて日本語学科の学生を紹介してもらうことでした。ミラノにはミラノ大学があるだろう、たぶん日本語を習う学生もいるに違いない。日本のことを教えながらイタリア語も覚えられるだろうと。w大のサークル人類学会で民俗学や社会学系の調査を3カ所の村落、農村や漁村でした経験もあり日本の民俗.民族.文化は教えられると。能天気です。

 イタリアへの旅行は突然のことで、イタリア語は本で1ヶ月読んだだけの付け焼き刃。しかしこちらの希望を話さなければならない。辞書と首っ引きで必死に一晩かけて文章を用意し、大学の場所を地図で探し、でかけます。
 事務所を訪ね事務員のマリアグラツィエさんに、全く通じないイタリア語を読み話す。しばらく聞いてくれていたが、持っていた紙を見せろといわれ、渡す。それを読んで「あぁ」わかったと首をふり電話をしてくれた。
 その結果 xx日にこの人に会いに来いとなった。この人はサンドラ教授。彼女が、日本で親切にされたから私もそうしますと言ってくれ、生徒のcesareチェーザレを紹介してくれた。(ラテン語でカエサル英語だとシーザー)

 彼は私と同じ年。父親は紳士服の仕立て職人。ステッチの入った素敵な服をきた美男、母親もxx小町というような可愛い方でした。その両親に大切に育てられた一人息子はお勉強のできた子です。まわりの人たちも彼を大切にしていました。
(イタリアを羨ましいと思うところは、才能のある人を皆が認め大切に育てていくこと。日本では出る釘は打たれるという嫌な諺がある。嫉妬が渦巻き、足をひっぱる。これでは組織の中に入って出過ぎずにやっていくしかない。日本株式会社。)

 チェーザレは、毎週決まった時間になるとガンバラ駅の方向から、姿勢良く小脇に本をかかえ、いつも同じ歩調でやってきます。ペンショーネの3階の窓から、といっても天井が高いから5階程の高さでしょうか、角を曲がってこちらにやってくるのが見えます。

 部屋に招き入れ、日本から持参した緑茶を入れ、お茶の話題から早速はいります。3人で拙いイタリア語と日本語とたまにドイツ語も交え、もちろん辞書が基軸で、、私の連れ合いは絵で何でも通じさせる事が出来るので、、どうにか先へ進めます。お土産用に木曽の漆器なども持って行ったのでプレゼントしその説明も、、
 彼も教科書を持ってきて見せます。古い!まるでfujiyama geisyaの世界。このころの伊和辞典は白水社野上素一版しかなくちょっと古くて(野上弥生子の息子で大戦中ローマ大使館にいた方のようです)、この辞書に限らないのですが、植物の名前はいくつか間違いもありました。(今は改訂版もある。私は小学館の伊和中辞典を使っています)

 地理歴史から年中行事や風俗風習、日本でイタリアでこうこうと、、3ヶ月ちょっとの短い間でしたが、正確な入り口を教わった。

 毎回レジメをタイプうちして持ってきてくれたり、子供用のテープ、例えばチェネレントラ(シンデレラ、灰かぶり娘。cenereは、灰のこと)などを用意してもくれた。

 ミラネーゼ、ミラノ弁ではこういいます「そうです の〜」のように語尾にnoがつくとか、、ある時はラテン語を朗唱してみせたりと博学ぶりを披露することもありました。
 学生の時に掘りに行ったというアンモナイトや、サハラのローザデゼルトもプレゼントに持ってきてくれた。
 

 彼のクラス(夜間にしか日本語学科はなかった)の仲間は社会人が多く、日本商社に努める女性のコモ湖の別荘まで皆でGITAハイキング遠足?にでかけた。霧雨の降る寒い日でカフェのチョコラータで身体を暖めた。連れが天ぷらを揚げて箸で食べさせた。

 cesareの両親の出身地にも連れていってもらった。その途中に立寄ったチェルトゥーザ ディ パビアという修道院が印象に残っている。
 タンポポをイタリアーノではdente di lione(ライオンの歯、英語ならdandelion)というと教わりながら春のポー川を越えました。親戚の醸造所にもいってヴィーノを土産に貰った。

 ジープを愛用するかなり年上の友人もいた。「彼はサファリにいきますから」とチェーザレ。「おじさんがローマ法王でした」というから「えっ」と驚いて思わず確認を。
 その彼がある休日にローラースケートの大会へ出る息子とアルプス谷間のソンドリオまでいくからと誘ってくれた。
 この谷の急斜面の畑の葡萄からつくるヴィーノはインフェルノ(日本だと地獄谷の様な意味かな)の名前で10年程前から日本国内でも手に入るようになった。これはバローロなどと同じネビオーロ種から醸造されている重めの赤ワイン。


 謙虚でまじめなチェーザレと知り合ったおかげで本当にいろいろのことを知りました。

 例えば彼はタバコを吸わないが、冬ゆっくり本を読む時にパイプを使う。手が温まっていいんだという。季節喫煙。喫煙器具というより暖房器具だね。
 また皆がワインを飲みながらの食事の時に「私はお酒が弱いので」とワインにミネラルウオーターで薄めて飲んでいた。私の連れは全く飲めないから、真似てみる。水にワインをたらして、マッキャートですね、美味しい水になったと言いました。美味しいワインなら割ってもおいしい。濁酒だって自家醸造なら度数も高いし水で割っても美味しかったことでしょう。まずい酒や水は論外ですが。
 どれもこれも目から鱗が.. 理に適っていて保守的固定観念を壊すのにとても良かったなと感謝!


 チェ―ザレは卒業後、日本商社のミラノ支店に長年勤めている。何年語ってから本社詣出で東京へ来る。九段の宿泊したホテルへ会いに行き、神田神保町の古本街で浮世絵を購入したり剣道道具屋に入ったり、夏祭りの季節で神輿も見物できた。靖国の脇にあったアジャンタで食事をした。



 5年前2006年に、パリ経由でバーゼルのアートフェアへ出かけた。2泊をミラノに、急遽そう決めたものの電話番号を持参していない。番地は覚えているので、市電でうろ覚えの近くまでいき客待ちのタクシー運転手から教わり、暗闇のなかで地図を眺め眺め、辿り着いた。
 しかしかって訪ねた、広場に正面する2階の部屋には、違う人の影が映る。夜遅くてそのビルの大戸は締まり管理人もいない。
 2階のその部屋に小石を投げて聞こうかとよほど思ったが、丁度そのとき帰って来た人がいる。事情を話し大扉の中にはいるも、その若い方もチェザレと面識はなく部屋が解らない。明朝8時?に管理人が来るという。仕方ないのでその日は宿に戻った。ワールドカップの真っ最中でイタリアは勝ち続けていた。

 翌朝管理人から部屋の場所を教わりドアをノック。いました。これから会社へ出るところだという。昼に会い、サルディニア出身家族の店で会食。ボッタルガのパスタ、ヴィーノはカンノナウ、赤いグラッパもしかするとミルトだったかもしれない。当時はこの実を知らなかったので確かめようがなかった。次の日曜の半日を一緒に町歩き。調理器具屋で木製肉叩きハンマーを買う。息子はドーモのフェラ−リの店でじじさんに真っ赤なキャップを土産に。
 (この帽子の後日談。うれしいお気に入りで被っていた帽子をある日突然拒否した。デイケア先で心ないいじめの言葉をうけたのだろうか。可哀想で残念なはなしである。高齢になり再び弱者の世界を迎える準備をせねばならない社会。あるいは他人の足を引っ張る嫉妬社会。)


 ミケランジェロの最期のピエタがスフォルツェスコの休館日で見れなかった。
ミラノにはまた行かねばならない。至上の造形物であることを確認しなければ、、、

先月末の国民投票で原発の再可動はだめだ という投票が成立し、イタリアは脱原発の地になった。

ミケランジェロが、ボッチチェリーが、放射能汚染地帯に入ってだれも見る事ができないなどという事態を考えなくても良いことになったわけで、本当にうれしい。

イタリアでは1990年に原発の稼働が停止されていた。

7/3朝日新聞本誌+BLOBE版G-5面
Backstage「ニュースの裏側」
”イタリア「脱原発」源流に25年前の経験”   という記事


日本から遠い国イタリアの政治は安定しないし未熟だと思っている方は多いと思います

1986年4月26日のチェルノブイリ事故を4/28 に知り、5/2に保健省が野菜販売を差し止め
15日間 青果市場を閉鎖し、さらに10才以下と妊婦には22日間、生乳の摂取を禁止した。

これでイタリアでは甲状腺がんを1000件は防げたろうと保健省の高等研究所の推定。

政府内部でもいろいろの考えはあったでしょうが、、
人を第一に考えるのがイタリアです。
ましてや子供の命が危険に曝されるなんて彼らには耐えられません。
国家経済最優先のどこかの国とは違う。

日本も子供は宝だと、大人たちは皆で大切に育んだもころあったのに、、、
つらい時代です。

福島原発がが垂れ流しのままで、親たちが海外の検査機関を頼り、自主検査してセシウム被曝の証拠が明らかになったのに、政府は微量で影響ないと、、
てめえらの利権を守るためには子たちなどは知らんと、、、いうのか!!
てめえら人間じゃねえ!

菅がいなおり脱原発に舵をとろうとしているのを
なんと
官僚が妨害を辞任する形で壊そうとする
奴ら政治家はあの手この手目的のためなら最終手段まで取るとは、あきれ果てた輩だ。

まず一人一人の子供たちの顔を見てよ。
可愛いと思わない奴は、即刻政治や経済から手を引きなさい。

人生の目的は金じゃない。
人と人の関係が全てじゃないか。

他者との人としての感情、関係に心が行かなかったら、身を引いてもらいたい。




『さようなら原発1000万人アクション〜脱原発持続可能で平和な社会をめざして』
 インターネット署名
http://www.peace-forum.com/no_nukes/syomei/>http://www.peace-forum.com/no_nukes/0620sayonara_genpatu.pdf

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