Sculptor Gon Shinji WORLD

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木曽谷

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御岳山のこと

 御岳山の姿を拝してきました。
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 家に戻り[信毎web]の動画ニュースを検索したら、長野県警の発表で心肺停止の方が31名にのぼるといっている。
 長野県で山の遭難事故のニュースが時々流れるのは毎年の事ですが、これだけの人数の方が遭難にあわれ、また、被害者の落ち度がないということも含め、たいへんな惨事に成っています。
 
 今朝起きて真っ先に、降灰がどうかを指先で調べましたが、少しもなかったようです。とりあえずは野菜に被害はありません。
 

 御岳山は山岳宗教の霊山のひとつで、江戸時代半ばを過ぎた頃に、春日井出身の覚明(霊神)と秩父出身の普覚(霊神)が相次いで礼拝登山のルートを開き、それ以降、御岳講として盛んになり、夏場には先達の先導する白装束の信者たちの登拝集団をよくみかけます。
 この宗教(講集団)は、各地の教会ごとにまとまって活動し、中央で一本にまとめる教団もありませんし、教祖もいません。神道と仏教が混ざったような、いわゆる山岳仏教です。お山が神様ですか。蔵王権現や不動明王ほか様々な神がいる多神教。中興の祖である覚明、普覚両者も霊神として神の末席にいます。
 
 木曽福島町の方たちの講社もあり、何人かの商店主も加入されています。
 私が30の頃この百間滝教会から明、普覚両霊神の像を依頼され樟で等身大二体納めています。その時にこの教会の礼大祭に参列させてもらい神の降りる様子や滝での水行などみさせてもらいました。同じ時期に阪大の宗教民族学 青木保教室の調査もはいっていました。
       (青木保著『御岳巡礼―現代の神と人』筑摩書房、1985(のち講談社講談社学術文庫] 1994年)

 私は東西どの宗派にも属していませんが無宗教だといいきるほど無縁でもない。他力本願ではなくて自力が、創作家としては本来かとおもっていますが。
 
 御岳山とはこういったご縁があり、今回の噴火に際しても一目でも拝してこようと出かけました。



 国道19号線名交差点から40分、木曽郡広域の文化会館やカントリーゴルフ場、東海tv、大同製鉄、ノリタケ、名古屋銀行 等々の木曽駒高原別荘地を通りぬけて大原部落に入ります。

 正沢川をわたり庚申塔を過ぎると噴煙がみえました。
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ここは御岳の東側で、噴煙は南に向かっている。
木曽谷の東側は中央アルプス 駒ヶ岳です。

紅葉が始まっている
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道中で拾った画像です
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これは毒でしょう
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はぜうるし これにもかぶれます
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別荘地にあったので栽培ものでしょうか
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これは森の中の自生ものセリ科?
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別荘地 植栽
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ようやく森の中に入り込めました 
誰もいない 熊や猿もいないでしょう? 蛇はいました
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水素イオンとフィットンチットの世界をおとどけします
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 昼食時にネットニュースで噴火を知りました。
 先日、開田で、釣りのベテランが御岳は噴火するかなあといっていたと、同行したものが話しました。
 なにか兆候があったのだろうか。
 福島から開田への山中が震源の地震もありましたが・・

 信越放送SBCのニュースを検索したら一名亡くなられたそうです。ご冥福をおいのりします。

 御岳山は一度だけ上りました。登山は二十歳が最後だと公言していましたが、御岳は30過ぎ?だった。
 田野原という8合目までバスで行けるし、そこからも険しい登りではないので、登山という感覚がありませんでした。白馬や槍、甲斐駒や千丈へ単独行をした二十才の登山の装備とは比べ物にならない軽装だったからかもしれません。あるいは礼拝登山の気持ちもあったのかもしれません。

 小休止の活火山だと思っていたので、あぁ噴火したのか と軽く思っていましたが、良い天候が続き多くの方が山に入られていて災難に遭われたと知りました。重体重傷の方々が早く回復されますように祈ります。




 秋はつづく
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ヨウシュゴボウ(毒)果肉は大丈夫だと書いてあるものもあったが


樹林帯に面した田には、獣避けを赤く点滅させていました
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投稿翌日です 再チェックしてみて 
ヨウシュゴボウの毒性に関して >果肉が食べ・・ の記事はだけでは危険かなと以下を追加します

[wikipediaより抜粋]
ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡、学名: Phytolacca americana[1])は、ヤマゴボウ科ヤマゴボウ属多年草。別名、アメリカヤマゴボウ
毒性[編集]
ヨウシュヤマゴボウは有毒植物で、全体にわたってがあり、果実も有毒である。毒性は、根>葉>果実の順であるが、果実中の種子は毒性が高い。果実は、ブルーベリーと間違って誤食する事故もあり、注意が必要である[3]。特に、幼児は影響を受けやすいので、果汁が直接皮膚に触れることも避けるべきである。
毒成分は、アルカロイドであるフィトラッカトキシン(phytolaccatoxin)、サポニンであるフィトラッカサポニン(phytolaccasaponins)、アグリコンであるフィトラッキゲニン(phytolaccigenin)などである。また、根には硝酸カリウムが多く含まれる。
誤食すると、2時間ほど経過後に強い嘔吐下痢が起こり、摂取量が多い場合はさらに中枢神経麻痺から痙攣意識障害が生じ、最悪の場合呼吸障害心臓麻痺によりに至る。幼児の場合、種子を破砕した果汁を誤飲すると、果実数粒分でも重篤な症状を引き起こしうるので、十分な警戒を要する。ヒト以外では、草食動物は、一般に本草の摂食を避ける傾向が強いが、下痢体温低下などをもたらす。また、類では、成鳥が果実を摂食しても種子を破砕しないかぎり影響は少ないが、雛が摂食すると、死亡率の増加や運動失調などが見られる。
この他、根や種子には、植物タンパク質の一種であるポークウィードマイトジェン(PWM: Pokeweed Mitogen)、ポークウィード抗ウイルスタンパク質(PAP: Pokeweed Anti-viral Protein)などが含まれる。これらの物質も毒性をもつが、同時に有用な薬理作用をもつものと期待され、研究が進められている。
アメリカ合衆国では、かつて着色料として、安価なワインなどに用いられたが、毒性があるため現在は使用されていない。また、アフリカ系アメリカ人の間では若い茎と葉を茹でこぼし毒を抜いてからて食用にしていた時期もある(ソウルフードを参照)

 制作の本拠は福生ですが寒くなる前の仕事が詰まっていて一週間ほどで信州へ舞い戻りました。
 短い留守の間に気温は下がり、本格的な秋になっていました。

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稲穂の頭もたれ、
荏胡麻もようやく実のりだしてくれる。
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秋のキャベツ
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茄子たちはまだ頑張っている
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木曽駒ヶ岳も秋色に変わりはじめ
草の実や葉っぱも大忙しだ
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午後3時

風の動きがよくみえる 
この時期の木曽は初めてですべてが新鮮だ
狭い谷間を走る雲の動き、大気の流れに、ひととき身をまかす
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ふた月ほど前には修理中だった旧旅籠の建物が完成していて、お隣のhさんの案内でみさせてもらいました。


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 江戸時代、京都と江戸を結ぶ街道が、東海道53次と中山道69次。
 その69次のうちの木曽谷11宿は北から、 贄川宿(にえかわじゅく). 奈良井宿(ならいじゅく). 藪原宿(やぶはらじゅく). 宮ノ越宿(みやのこしじゅく). 福島宿(ふくしまじゅく). 上松宿(あげまつじゅく). 須原宿(すはらじゅく). 野尻宿(のじりじゅく). 三留野宿(みどのじゅく). 妻籠宿(つまご じゅく). 馬籠宿(まごめじゅく)(英泉や広重の木曽街道六十九次』)

 宮ノ越は、旧日義村現木曽町、木曾義仲旗揚げの地でもあります。

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 寄付された建物を修理して公開をはじめています。
 入り口の木戸は人が一人通れる大きさの潜り戸とともに、家具等の出し入れができる幅広にも開くにもつくられています。
 道を隔てた向かいの家の木戸の幅は、馬の出入りの為に、これよりも広くとられているとの事でした。
 
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 旅籠だった田中家は、明治十六1889の大火で90軒とともに消失し、この大火時に搬出された建具類と隣村から運んだ建築部材で再建
 田中家主屋は、間口三間四尺、奥付き八間の二階建て、二階を三尺張り出した、出梁り造りで、一階の格子と二階の障子戸の対比が美しい伝統的な宿場の建築様式 ・・



二階の障子戸
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二階から見た囲炉裏の上

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二階から見た階段
すべてが木づくりで美しい

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窓外の建物は便所。公共の建物として生まれ変わったので障害者用のトイレも完備されています。

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囲炉裏の上は大きな吹き抜け

二階の暖房もできるし上からの明かりとりにもなっていました
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修理に際して、入り口十畳間をタタキの土間にかえたり
二階へ上るのは勝手の箱階段からだったのを奥の廊下に新しく階段を作り
もとは仕切りのない一室だった二階に、間仕切り、構造補強の壁をいれたりと改装しています。


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 渡しぶきという持ち送りは、火伏に水をという意味でしょう。大工棟梁から施主への贈り物だと説明文にある。


 嘉永元年の宮ノ越村の279軒中の62軒は大工、杣、木挽きであり、隣接の原野にも多く、彼らは7〜8人の「一手合」という集団で、諏訪松本から甲州駿河三河へでかけ、神社仏閣や民家の建築に携わった。



 修理の最中にも覗かせてもらったのですが、こんなに奇麗になっていて驚きました。木材の家は火事に弱いのは欠点ですが、手を入れると新築時よりきれいに生き返る。石油文化の使い捨て新建材とちがい、手を入れさえすれば何百年と持続するんだと再認識しました。


最後の昔の宮ノ越宿です。
今は建物もちがいますし、また更地で歯の抜けた様にもなっています。
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盛りだくさんな一日

松本の自動車登録事務所へ出かける。

まず地元で、ヤマブドウの様子を見に山へ入る。
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大きな葉、樹勢は良いのに実が少ない。
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近くのサルナシも収穫します
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こちらの成りはまあまあでした。
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山葡萄に張り合う樹。こんな実が
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キブシ Stachyurus praecox (キブシ科 キブシ属)キブシは木五倍子である。五倍子はヌルデの虫こぶに含まれているタンニンを染料として利用したものであり、キブシの果実を五倍子の代用として利用した。派手ではないが、春一番に花を咲かせ、茶花として利用される。 植物雑学事典目次 - 岡山理科大学 
この辺りは桂の自生地です。斜面に入るとガラ場でしたが、こんな姿のも。
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ニワトコが地這いで伸びてゆくさまがわかるでしょうか。
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アカザの花の色合いが何とも言えません
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御岳を眺めていきたいと峠まで。
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すぐ下の古道にガマズミがはえていました。
これで果実酒を作る人もいるようですが今日は眺めるだけです。
イメージ 11以下hpより

青森県三戸町  // 昔むかし、青森県の三戸地方では、獲物を求めて一日中歩き回るマタギたちが、山中でガマズミの木の実を見つけると、山の神からの授かり物として大切にし、すりつぶして口にしたのだとか。ガマズミという名は「神ツ実」という「神の実」に由来するとも伝えられています。            マタギたちが山から持ち帰ったガマズミは、畑の端に植えられ、染料に用いたり、農作業の合間に食べたりしたようですが、山ブドウと異なり、実が小さくて扱いづらいことや酸味がきついこと、そしてマタギそのものがいなくなってしまったことなどから、いつしか利用されなくなってしまいました。また、昔から染め物の色素として使っており、「染め」→「染める実」→「ゾメミ」→「ジョミ」と派生して、現在ではジョミと呼ぶようになりました。地元の人からも忘れ去られていたガマズミですが、昔の言い伝えを思い出した人たちがガマズミ果汁を飲み続けたところ、生活習慣病などの症状が軽くなったという事例が多数報告されるようになり、再びガマズミの言い伝えが注目されるようになりました。今では、三戸町を中心とした山間地にガマズミ栽培が広がっています。


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ここでお昼ご飯にします。昨日の貰いものを炊いた 栗おこわのお弁当。イメージ 13
この整地された展望地にはナナカマドが植栽されていました。イメージ 14
猪は何を探していたのだろうか、あちこち掘り返されていました。イメージ 16

古道を少し下り樹林に入ると茸を抜いた穴がある。少しさがしまわると、、
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ホンイクチだそうです。
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四時までに事務手続きを済ませれば良いので、国道19号線を藪原から入る遠回り山越えルートの開拓です。
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松本市奈川へ北東の谷から下る。その左の青いラインは木曽川源流、その左は奈良井川(信濃川源流)太平洋と日本海への分水嶺。もう一本左のラインがJR中央西線と国道19号線の谷筋です。
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道中、栃の樹を見つけ停車してもらいます
イメージ 20上方に茶色の実が見え、近よると、
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樹や笹薮の中のは実が持ち去られていました
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思わず拾い集めた大収穫。こんなにどうするの、晒して栃モチにでもする?
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奈川の集落から下る道は曲がりくねり隧道もS字カーブだったりする。対向車がいなくて良かった。

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この先でR157と合流します。
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左は高山、上高地、右が松本、長野方面。東電ダムが3つ続きます。
途中の道の駅に寄りました。
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イメージ 28イメージ 29

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上の茶色部分が上高地、槍や穂高や、下は乗鞍岳
その谷間を抜けるルートがR157
右の薄茶色が松本平で、左が飛騨高山

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時間があればもっといろいろ立ち寄れたのでしょうが今回はこれだけで町へ入り用をあれこれし、戻りました。






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