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「ありがとうございましたー」
客が出ていく。いつもと同じこととの繰り返し。 高校二年生の夏も、俺はこうして毎日バイトにいそしんでいた。世間では二度と来ない夏を想い、高校生たちが青春に汗を流す季節であるというのに。そんな甘酸っぱい青春など、俺の人生には何処にも見当たらなかった。 俺がこうしてバイトに精を出さなきゃならなくなったのも、全ては親父の所為だった。 俺の親父は最低の奴だった。お袋を殴る蹴るは当たり前。いつも酒を飲んで、毎日パチンコに行っていた。それでいて働こうとは全くしない。 俺はいつも、泣きながらお袋を殴る親父に向かって行った。しかし所詮、こちらは子供。大抵はそのまま殴り返されて、逆にお袋に庇われ守られていた。それが、無性に悲しかった。 そんな親父が闇金融から金を借りていたのがわかったのは、当の本人が蒸発した後だった。 その時には俺も高校生になっていて、バイトも新聞配達からコンビニへと切り替えていた。 俺は貧しいながらも勉強を頑張ったし、それで奨学金をもらうこともできた。こうしてバイトをすれば、それは生活費として使えるはずだった。 「いらっしゃいませー」 しかし、現実は非情だった。 借金があると分かったその日から、お袋はパートを一つ増やした。俺もバイトのシフトを増やした。二人して、今まで以上に精一杯働くようになった。 しかしそうやって血へどを出すほどに頑張って稼いだ金も、借金取り達が根こそぎ持っていく。手元に残るのは、ほんのわずかな生活費のみ。餓死するほどでもなく、さりとて贅沢もほとんどできないさじ加減が憎らしい。 おまけに、その金も何とか利子を相殺するくらいにしかならない。借金自体は、一向に消えてくれる気配はなかった。 お袋はそれでもいつか何とかなるなんて言ってるが……俺はそんな、奇跡が起こるとは思っていない。助けてくれる神様なんてもの、この世界には存在しないのだから。現実は、希望だけじゃ何もならない。 だから俺は非科学的な物、目に見えないものを信じない。いや、信じられない。神だとか悪魔だとか幽霊だとか。愛とか友情とかも、同じくらい疑わしい。 俺は現実を生きる。現実に奇跡みたいな話は、無い。 ……朝から晩まで。ただ無心に客の相手をしていれば、その日のバイトは終わる。本当は深夜のバイトの方がいいのだが、一応はこれでも高校生。さすがにやらせてはくれなかった。 「お疲れさまでしたー」 深夜のスタッフと店長に形だけのあいさつをして、さっさと家へと向かう。 帰りがけに店長がビニール袋を渡してくれた。いつものように、中には賞味期限ぎりぎりの弁当がいくつか詰め込まれている。俺はただ静かに、頭を下げた。 本当は一人のバイトを特別扱いするなんてことは許されないのだろう。しかし、俺の事情を知っている店長は何かと面倒を見てくれていた。くれるという物を、断る理由は無い。 ……昔は、帰り道にこの弁当を見ながら涙を流していたと思う。他人の同情で生かされている俺は、どれだけむなしい存在なのだろうか、と。その頃はよく、空を見上げて涙をこらえていたことを覚えている。 俺はふと、あの頃を思い出して空を見上げてみた。今日も空は星どころか月も見えない、どんよりとした曇に覆われている。思えば、思い出す空の色はいつも黒かった。あの雲は、いつまでも俺の頭の上にあるのかもしれない。 俺が涙を流さなくなったのはいつの日だったのか。もう、他人の同情で生きることに抵抗はない。俺が必要としているのは、夢でも希望でも愛でも、プライドでもない。ただ、今日を生き抜くための弁当のみ。 ――今の俺は、途方もない絶望感に包まれていた。 「オイ」 帰り道、俺はいつも小さな公園の前を通る。 今は夏休みだし、昼間には多くの子どもたちが遊び回っているのだろう。しかしすっかり暗くなったその公園に、もう子どもたちはいなかった。 「オイ! そこのお前、うまそうな匂いをさせてる奴!」 その人気のない、暗く寂しい公園の入口に、俺と同い年くらいの少女が立っていた。妙な気迫をまとって仁王立ちし、俺の事を睨んでくる。 「その袋、弁当が入ってんな。……けっこうな量。悪いが、一つくれねぇか? 俺、腹減ってるんだ」 少女の見た目は、どう見ても家出少女だった。服装はTシャツにGパン。それらは所々に穴が開いていた。確かに服として着られるだろうが、機能的ではないように思える。ある意味、裸よりも扇情的かもしれない。ただ少女の雰囲気からして、それを狙っているわけではないようだった。 その少女の髪は伸び放題だった。綺麗に伸ばしているのではない。所々が不揃いで、ぼさぼさだった。顔は、悪くない。むしろ、見ようによっては美人とも言えただろう。 美人だが、誰にも見向きもされない。そんな不思議な少女だった。 「オイ、聞いてんのか!?」 その少女が俺を睨みつける。その飢えた瞳は、彼女に限界が近いことを雄弁に物語っていた。 突然現れた家出少女らしき人物に、弁当をたかられる。そんな奇妙な事態に、俺は頭を抱えた。 ふざけるな、と言いたかった。 俺が働いて、店長の同情を引いて手に入れた弁当をよこせと言うのか、と。冗談じゃない。働かざる者食うべからず。何もしていない者に優しく微笑みかけるほど、この世界は甘くない。 「……なぁ、頼む」 そう考えてその少女から離れようとした俺の耳に、真剣な声が届く。もう一度少女の顔を見てみると、先ほどと同じ強気の瞳がそこにあった。 俺には、その少女が何故そんな瞳をしているのかが分からなかった。俺が何もせずにここから立ち去ったら、この少女は行き倒れるだろう。誰か心優しい人間が通りかかればいいが、そうしなければこの少女の命も危うくなるはずだ。 だと言うのに、彼女の目には悲壮感が無い。おまけに、現状唯一自分を助けてくれるだろう俺に対して、頭を下げようともしない。ただ、決して未来を諦めないという強い意志がその瞳には宿っていた。 その瞳に俺は気押され、思わず目をそらす。その瞳は、今の俺には眩しすぎた。 『別に少女が飢えたところで、俺には何の関係もない。何も考えずに無視すればいい。そうすれば、弁当は全部俺とお袋の物になる』 そう、俺の頭が考える。自分が手に入れた物は、自分の物。他人の事を気にする必要はない。自分が生き残るために出来ることをすればいい。そう、俺の経験が訴える。 しかし。 ――しかし気がつけば、俺の右手はその少女に向かって弁当を差し出していた。 「おお! 何だ、お前結構いい奴だな! 俺の名前は遍槙小町 (べんてんこまち )。お前は?」 俺から弁当をしっかりと受け取った少女、いや小町は、満面の笑みで俺に名前を尋ねてくる。しかし、俺にそれに答える余裕はなかった。 自分の行動が理解できず、思わず自分の右手を見つめる。そこには確かに、自分で弁当を取り出した感触が残っていた。……何で俺は、弁当を差し出したのだろうか。 「……まぁ、名前なんてどうでもいいよな。とにかくなんだ、ありがとな!」 自分の右手を見ながら固まっている俺を、質問に答える気が無いと思ったのか。小町は俺にそう言ってニカッと笑ってから、遠慮なく弁当を食べ始めた。そのあまりの勢いの良さに、俺が止める暇もない。気がついた時には、もう小町はその弁当のほとんどを貪っていた。 その姿は、まるで餌をもらった野良猫のようで。――俺は釈然としないものを感じながらも、何となく、心の奥底が温かくなった気がした。 「お! 今日も弁当くれるのか!?」 翌日の帰り道。俺は色々と迷った挙句、結局昨日と同じ時間、同じ場所で、同じように小町に弁当を差し出していた。理由なんて、俺にもわからない。ただ、何となくそうしたかった。 小町はやっぱり昨日と同じように笑顔で受け取る。小町が近づくと、ふわりといい香りが鼻をくすぐった。 ふと、疑問が浮かぶ。 小町は今日も昨日と同じ、所々が破れた服装だった。破れ方も昨日と変わっていないようだから、小町は昨日と同じ服を着ているのは間違いないだろう。だったら何故、この連日の猛暑の中、この家なき子が臭わない……どころかいい香りがするのだろう。不思議でしょうがない。 一応、風呂には入っているのだろうか? 「ああ? 風呂入る金なんてねぇよ。そこら辺の川で十分だろう?」 そのあたりを聞いてみると、何ともワイルドな答えが返ってきた。何だ、コイツは。野性児か。見てくれだけはいい分、かなり不思議な存在である。 俺の知る『女の子』というイメージを……常識を覆してしまいそうな奴だった。 「俺はな、呪いを解くために旅をしてるんだよ」 小町に弁当を渡した後、何となく俺はその場に留まっていた。さっさと帰ってもいいのだが、俺と全く違い世界を生きているらしい小町に興味がわいたのだ。せっかくなので、いろいろと質問してみることにした。 何故ここにいるのか? 何故、家に帰らないのか? その答えが、先ほどの言葉だった。 「俺の先祖サマが、自分の子供に厄介な呪いを残してくれやがってな。それを解かなきゃならないんだよ。もう、何代も同じことをやってる割には、未だに解けてないんだがな」 小町は、忌々しげに空を睨んでいた。そのご先祖様とやらを想像しているのだろう。 呪い? 呪いとは、丑の刻参りとか、人を不幸にするとか、そういうことか? 「ああ、大まかにはそんな感じで間違ってない。実際には幸運を授けたりも同じ『呪』だがな」 そんな物はない。 「は?」 そんな、非科学的なモノは存在しない。今は科学の世界だ。目に見えない、触れもしないものは、この世には存在しない。 「あー、そういうやつもいるよな。実際、俺も自分の呪いがなかったら、そう思ってるかもしれんし」 だから、呪いなんてものは存在しない。お前のそれは、思い込みとかじゃないのか? 俺がそう指摘してやると、小町は両腕を組んでうんうんと頷いた後、否定した。 「思い込みで済めばいいんだがな。こればっかりは、呪いと言わざるを得ない」 ……すごい自信だな。根拠があるのか。 「そりゃあるさ。ああ、俺にかかってる呪いが何か言ってなかったな」 ああ。 「俺に……というか、俺の一族にかけられた呪い。それはな、『男は良“縁”に、女は悪“縁”に恵まれる』って呪いなんだ」 ……は? 「だからな。俺の一族に男が生まれると、その男はやたらと女に好かれたり、金のめぐりがよかったり、友人に事欠かなかったりと、とてつもなくラッキーな人生を送れるんだ」 ……それはすごいな。 「ああ。それで、俺の一族に生まれたのが女だった場合。つまり俺だな。その場合、悪“縁”に恵まれる……端的に言えば、男運が全く無くなるんだ」 ……それで? どうして呪いだって言いきれるんだ? 偶々男運が悪いだけなんじゃないか? 「バカ、良く俺を見てみろよ」 言われて、俺は小町の足もとから頭のてっぺんまでをよく見てみた。 ぼさぼさの髪の、ボロボロの服を着た家出少女。爛々とした瞳、形の良い唇。全体的に、肉食形の動物……ネコ科の動物を連想させるしなやかさが感じられた。 「な?」 小町は判ったろ? という顔で俺の目を覗き込んできた。 俺は小町の意図を理解できず、小首をかしげてその目線に答える。 「ほんとバカだな、お前。いいか、こんないい女がいるんだぞ? それで寄ってくる男がいないってのがそもそもおかしいだろうが!」 ……それが理由か? 思わず聞き返す。小町の顔は、嘘や冗談を言っている顔ではない。百パーセント交じりっ気なしに、心の底からそう言っている顔だった。 「それ以上の理由があるか?」 そう言って、小町は胸を張る。B。……いや、Cくらいか。 「ほら、こういうエロ小僧ならたまによってくるんだけどな。本当に必要なのは、全然よってこねぇ」 エロ小僧言うな。なら、どんな男によって来てほしいんだ? 「んなもん決まってんだろう、背が高くて、年収がよくて、優しくて、………」 小町は指を折りながら、一つ一つ数えていく。 その後、全十八個もの条件を述べていく小町は、確かに恋に恋する少女の顔をしていた。 (二へ続く) https://novel.blogmura.com/ ←にほんブログ村 小説ブログ
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こんにちは、ひじきです。
訪問ありがとうございます!
お気に入り登録をさせてもらいました。
この話、まだ先は読んでいませんが、これからゆっくりと読みたいと思います。
これだけ読んだだけなのに、もうわくわくが止まりません。
僕はとある高校で文芸部の部長をしています。
ご覧になったかもしれませんが、僕のブログにも、いくつかつまらない文章が載せてあります。
暇になったら、読んでコメントしてやってください。
2010/9/17(金) 午後 7:20 [ ひじき数人 ]
こんばんは、ひじきさん。
初めまして、倉雁 洋です。
文芸部の部長さんですか。私、文芸とは今まで縁遠かったもので……。つたない文章、ありふれた話でしょうけど、良かったら楽しんでいってください。
また、お伺いしますね。
では。
2010/9/17(金) 午後 7:23
才能が、ある。
女性は、エイリアン。
2010/11/19(金) 午後 9:52 [ エマニュエル ]
ナルキッソスさん。
どうも(笑)。
まだまだ初心者な身なれど、少しでも面白いものが残せるよう努力したいと思ってます! ……思ってるんだけどなぁ(苦笑)。
2010/11/19(金) 午後 9:57
初めまして。影人という名義で、友人との共同ブログを運営している者です。なぜかここではムッツリーニですがwww
まだほんの読み始めですが、なかなか惹きつけられました。ラノベ調の軽妙な文体と、二人のやり取りが読みやすいです。お気に入り登録させていただきましたので、時間を見つけてちびちび読んでいこうかと。
2011/1/24(月) 午後 6:59 [ ムッツリ―二 ]
影人さん、初めまして!
お気に入り登録もありがとうございます。
あくまで趣味で書いているレベルのものですが、どうぞお暇なときに、お気軽に読んで行って下さいませ!
2011/1/24(月) 午後 7:56