倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

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「あら、お友達?!」
「あー、初めまして。俺、遍槙小町って言います。よろしく」

 数日後のある日。俺は小町を自分の家に連れて来ていた。
 時刻は夕方。お袋が夏風邪で倒れたため、いつもより早くバイトを切り上げて小町に弁当を渡したら、小町の質問攻めにあい。仕方なしに俺が事情を説明すると、何故か小町を家へと案内することになった。
 何でこうなったのか、俺にもいまいちよくわからない。

「こちらこそ、よろしく。この子がお友達を……しかも女の子を連れてくるなんて……! 待ってて、今お菓子用意するから……ゴホッゴホッ!」

 馬鹿、寝ておけよ、お袋。まだ熱あるんだろ。

 俺はそう言って、布団から起き上がろうとするお袋を布団の中へと押し戻した。その際、額にも手を当ててみる。やっぱりまだ熱が残っているようだった。

「そうだぜ、病人は寝とかなきゃな。今日はいつもお世話になってるから、飯を作ってやりに来ただけだ」

 小町が俺の行動を見ながら言う。最初そう言ってきたときは何の冗談だと思ったのだが……どうやら嘘でも冗談でもなく、本当に見舞いに来たらしい。……ただ弁当をくれただけの相手、しかもその本人じゃないというのに、見舞いに来るとは。律儀な奴だ。

「あらあら、それは! そう、枯れた子だから心配してたけど、こんな可愛い彼女がいたなんて。しかももう母さんに紹介してくれるなんて……うれしいわ」

 違うよ、お袋。コイツは恋人なんかじゃない。

「ああ、コイツと恋人にされるとちょっと困るな」

 俺と小町は、同時にそれを否定した。

「そうなの? でもねぇ……わたし、あなたみたいな娘が出来たら嬉しいんだけど」

 待ってくれお袋。俺にも選ぶ権利がある。

「それは俺のセリフだ。まぁいいさ、とにかく飯作っちゃおう」

 ああ、エプロンはそこにある。

「分かった」

 俺は小町を台所へと案内し、適当に使い方何かを説明する。一通り使い方を覚えた小町は、そのまま冷蔵庫や食材置き場をあさり、いくつかの材料を取り出してきた。

「……この材料だと、肉じゃがかカレー、シチューってとこか。どれがいい?」

 夏場にシチューってのも嫌だな。個人的には、カレーがいい。
「オーケー、んじゃ肉じゃが作るわ」

 ……俺はカレーがいいって言ったんだが。

「俺が肉じゃがを食いたいからだ。お前に聞いたって、別にそれを作るとは言ってないぞ」

 小町はまるでいたずら小僧のような顔を俺に向けてきた。それが妙に様になっていて、俺はムカつくどころかむしろ呆れてしまう。
 そうかよ。まぁいいや、腹が減ってるんだ、早く作ってくれよ。

「任せとけ。俺はこう見えて、料理には自信があるんだぜ?」

 そう言ったコイツの肉じゃがは、確かにうまかった。



「あー、スイマセン、風呂までいただいちゃって」
「いいのよ。それより、女の子があんな格好してちゃダメよ? おなか冷やしちゃうわ」

 飯を食った後、小町はうちの風呂に入っていた。お袋が半ば強引に泊まっていくように勧めたからだ。何でも、俺の恋人じゃなくても、こういう娘がいる生活を一回だけでもしてみたかったんだとか。
 そう言われた小町は、『ん……そういうことなら、まぁ。お世話になります』なんて言って、大人しくなっていた。まさしく、借りてきた猫状態である。

「おい、じろじろ見るなよ」

 風呂上がりの小町は、お袋の寝巻を着ていた。少しサイズが大きいらしいが、そのぶかぶかなところがまたなんともいえない雰囲気を出している。
 そうでなくても、風呂上がりの濡れた髪だとか、赤くなった頬だとか、ぐっと来るものがある。それで何も思わない男はいないだろう。もちろん、俺もそんな男の一人である。……欲求だけは、人並みにある。

「……エロ小僧」
「あらあら、男の子はがっついちゃだめよ」

 小町は呆れて。お袋は窘めるように、俺の顔を覗き込んできた。……男一人だと、こういうときどうしようもない。
 俺は反論をあきらめ、頭を冷やす意味も込めて、風呂に入ることにした。


 俺がカラスの行水を済ませると、小町はお袋に髪を梳かされているところだった。お袋には寝ろと言っておいたが、どうしても小町といたかったらしい。お袋は妙なところで我儘だから……俺も、それ以上は何も言わなかった。
 お袋が髪に櫛を通すたび、小町の濡れた毛の一本一本がまっすぐに伸びる。カラスの濡れ羽色に輝くその髪は、いつものぼさぼさ頭と異なり、まるで何処かのお姫様のような印象を小町に与えていた。

「……オイ、何見てんだよ」

 少し見とれていた俺を、小町が睨んでくる。ふと自分の行為が恥ずかしくなった俺は、小町から目線を外した。自分の顔が火照っているのがよくわかる。

「あら、顔真っ赤にしちゃって……若いっていいわよね」

 違うよ、お袋。これは風呂でのぼせただけだ。
 お袋の言葉を否定しながら、俺は壁際に座る。そのままテレビを見るふりをしながら、小町達を観察し続けた。

「……」

 小町は髪を梳かされ、気持ち良さそうに目を細めている。まるで、陽だまりで眠る猫のようなその姿は、本当に幸せそうだった。こうしている姿を見ていると、ただの高校生のように見えた。
 だからこそ、俺は不思議に思う。――ただの高校生が、何で旅をするのか、と。

 ……なぁ小町。お前、どうして旅をしてるんだ?

「あん? だから、呪いを解くためだって言っただろ」

 それは分かってるさ。ただ、何でお前が自分で旅してるんだ? 何か問題があるなら、誰かに頼ればいいんじゃないのか? お前が自分で抱えて、自分で何とかしなきゃならないわけじゃないだろう?

「ああ、そういうことか。そんなもん、自分で何とかしたかったからに決まってんだろ。人任せにしたくなかったんだ。……んじゃ逆に聞くが、何でお前はそんなに抱え込んでんだ?」

 ……俺が、何を抱え込んでるって?

「全部だ。さっきお袋さんから聞いたんだけどな。お前、子どもの頃から自分で率先して仕事する奴だったんだって? それ自体はいい事なんだろうが……まるで、何かから逃げてるみたいに見えるってな」

 言われて、俺は思わずお袋を睨んだ。お袋は俺に睨まれて少し悲しそうに目を伏せたが、小町がすぐにその姿を自分の背中に隠した。

「お袋さんを責めんなよ。お袋さんは、本当にお前の事を心配してんのさ。お前、友達の話もしないし、一回も恋をしていないみたいだってな」

 それがどうかしたのか? 友達も恋人も、生きていくには別に必要ないだろ。

「……お前、本気でそれ言ってんのか?」

 小町が驚きながら俺を見てくる。俺としては普通の事を言ったつもりなのに、小町には理解されなかったようだ。
 俺は至って真面目だった。別に友達なんかいらないし、恋愛もしなくていいと思っている。
 だってそうだろう。お袋や俺がこんなに苦労してるのだって、そもそもはお袋と親父の『愛』とやらのせいなのだから。少なくとも、早く“縁”を切っておけば、今の俺らがこんなに苦労することは無かったはずなんだ。
 そんなことになるなら、俺は始めから恋愛だとかはいらないと思う。

「……どうも、本気で言ってるみたいだな。お袋さん。こいつ、かなり重症かもしれないぞ」

 俺が黙して小町、いやその背中にいるお袋を睨んでいると、その気迫が小町に伝わったらしい。小町は何処か呆れたように首を振り、改めて俺の事を睨みつけてきた。

「……なぁ。お前が愛なんていらないっていうのは分かった。なら、何でここにいるんだ?」

 ……なんでって、そりゃ借金があるから――

「そんなもん、放り出して逃げりゃいいだろ。言っちゃなんだが、お前が背負う必要なんてないんじゃないのか? 俺みたいに、家の事は放り出して旅にでも出りゃいい。最初はきついけど、慣れりゃ楽しいもんさ」
「馬鹿言うなよ。お袋を放って行けるわけ……っ!」

 言いかけて、俺は途中で言葉を詰まらせた。そのまま、お袋の方を見て固まる。

「ほらな」

 二の句が継げなくて固まったままの俺に、小町が柔らかく微笑んでくる。それはまるで、親が子を諭しているような表情だった。

「それが答えなんだよ。よかったな、お袋さん。コイツ、ひねくれてるけど曲がってるわけじゃないみたいだぜ?」
「……そう、ね……」

 お袋はいつの間にか、小町の背中で泣いていた。それは俺が愛なんていらないといった時からか、それとも言葉に詰まってからなのかは、俺には分からなかった。ただ、お袋の泣き声だけが静かに、ただしっかりと俺の耳に届く。
 俺は逃げるように、もう寝ると言って自分の部屋へと駆けこんだ。いつもより早く布団にもぐりこみ、目を閉じる。それでも、お袋の鳴き声と小町の頬笑みが頭から離れなかった。
 結局その日、俺は久しぶりに眠れない夜を過ごした。

(三へ続く)
 
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