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小町が泊まった日からさらに数日。いつものようにコンビニから帰ってくると、小町が公園にいなかった。あんな奴だから、フラッといなくなったのかもしれない。何も言っていってくれなかったことに正直怒りを感じたが、それ以上に悲しかった自分に少し驚いた。
胸にぽっかりと空いた、喪失感。 ……まぁ、納得できないところもあるが、それはいい。元々、あいつは自由気ままに旅をしてここに来ただけなんだから。此処に縛られている俺とは違う。むしろあいつに弁当をたかられていただけで、あいつが出ていったのなら、この弁当は俺達の物なのだ。悲しむことではない。反対に、喜ぶべきなのだろう。 そう、誰に言うでもなく一人心でつぶやく。両手に提げた弁当が、妙に重たく感じた。 だが、本当の問題はその後だった。 家に帰ってきた俺は、思わず弁当の入った袋をその場に放り出して唖然とした。 無理やり開けられたドア。鍵は穴をこじ開けられて役に立たなくなっているし、チェーンも何かで切断されていた。その無残な光景に、俺は思わず家の中へと駆け出す。 居間に入った時に見えた物は、荒らされた室内。ガラスは割れ、柱にも傷がつけられている。台所でも皿が何枚も割れていた。 そして何より。 お袋の布団が、もぬけの殻だった。 風邪は治っていたものの、大事を取ってしばらく休んでいたお袋。 いつも青い顔をしていたお袋。そんな体なのに、無理を押して働いていたお袋。 ……そのお袋の姿が、この家の何処にも見当たらなかった。 俺は嫌な想像を振りはらい、家の中を探し回る。もしかしたら、何処かに隠れているだけかもしれない。そう考えて、風呂桶の中まで捜した。それでも、お袋の姿は見つからなかった。 俺はいつの間にか、もう一度お袋の部屋へと戻ってきていた。布団の横に座り、ただ静かに震える。そこでようやく、傍に紙が落ちていることに気づいた。俺は震える手でそれを拾い上げ――そして、絶望する。 『借金の形に、母親をもらっていく』 そこに至って、俺はようやく気付いた。いや――認めざるを得なかった。 この家を荒らしたのは、借金取り。お袋が病気で倒れたという話をどこかから聞き取り、これ以上借金の回収ができないと思った奴らが、お袋を攫ったのだと。 その紙には、警察に連絡しないこと、用が済めばお袋を返すことも書かれていた。しかし、俺にもわかる。お袋が帰ってくるのが、一体いつになるかわからないということが。……お袋が、大変な目にあうということが。 「――クソッ!」 俺は脚の折れたちゃぶ台を殴りつける。右腕が痛んだだが、そんな事はどうでもよかった。 俺の所為だ。俺が、お袋を一人にしていたのが悪かったんだ。風邪が治ったからって、弱いお袋を一人にした、俺の。――俺の、所為だ。 お袋。すまない、俺は、無力だ……。 俺はそのまま、畳に頭をこすりつけて泣いた。立ち上がるどころか、顔を起こす気力すら湧かない。ただ、そのまま涙を流していた。 ……どれくらいの時間が経っただろうか。 「オイ」 唐突に、頭上から声が響いてきた。鈴のように軽く、それでいて響く声。最近、良く聞くようになった声。……そして、良く知っている、力強い気配。 「オイ、何があった?」 ゆっくりと顔を上げた俺の前にいたのは、思った通り小町だった。片膝をつき、俺に高さを合わせるようにして話しかけて来ている。その表情は、怒り。 「何があったって聞いてるんだよ!!」 何も答えない俺に業を煮やした小町が、俺の胸倉をつかんで無理やり体を持ち上げる。その剣幕は、四の五の言わせないだけの迫力があった。 俺は震える唇を動かし、恐る恐る事情を説明した。小町はそれを黙って聞いていたが、俺の説明が終わった後、俺の胸倉から手を離した後、強く俺を睨みつけた。 「それで、お前は何をするつもりなんだ?」 ……… 床に尻もちをついた状態になった俺は、ただ震えて小町の目を見ていた。質問には何も答えない。……答えられない。 「どうする、つもりなんだ!!」 小町の怒声が辺りに響いた。 ……どうすることもできない。俺に、そんな力はない。 そういうことを、俺は小声で呟いた気がする。 「わかった。じゃあ聞き方を変えるぞ。お前はどうしたい?」 小町の表情が、あの日見た表情になる。それは柔らかく、まるで親が子供を諭しているような表情。先ほどまでの怒りは何処にもない。ただ、全てを包む母性に溢れていた。 「お前が助けて欲しいって言うなら、俺が全力で助けてやる」 俺は、小町の目を見る。その目は優しく強い、女性の目だった。 …………… 「聞こえないぞ」 ………けたい 「………もう一度」 助け……たい。 助けたい。 助けて!! 「俺のお袋を、俺を、助けてくれ!!」 俺は顔を伏せ、全力で叫んだ。ああ、今なら神でも何でも祈ってやる。 だから、助けてくれ。 少しくらい、この現実で。 奇跡を見せてくれ。 「分かった。なら、助けてやる。まぁ――」 俺が顔を上げると、小町はいつもの顔で、二カッと笑った。その笑顔はやたらと男くさく、しかし見る人を安心させてくれる笑顔だった。 「――お前がなんて言おうと、お袋さんを助けに行くつもりだったんだがな!」 それでこそ男だ! と、小町は俺の肩をたたく。少し痛かったが、悪い気はしなかった。 「それじゃ、電話借りるぞ」 小町は無事だった電話を使い、何処かへと連絡をかける。数秒後電話がつながると、少し嫌そうな顔をしながらこう言った。 「あー、俺だが。事態はわかってんだろ? アニキ。ちょっと聞きたいんだが。あの馬鹿どもは、どこに行った?」 (四へ続く) にほんブログ村に参加しています。面白ければワンクリックどうぞ。
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