倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

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「お、お袋さん。無事みたいだな」

 俺のお袋は案外早く見つかった。
 ビルの最上階、一番奥。立派な調度品に包まれた、いわゆるボスの部屋に、寝間着姿のお袋はいた。中に入れば、手前には長椅子。お袋はその上で、青い顔をして座っていた。

「……何だ、お前達は」

 部屋の奥。ひと際大きな机の向こうに座っていたのは、先ほどまでのチンピラとは一線を画した雰囲気を持った男。
 顔に大きな傷がある。綺麗に寝かしつけられた黒い髪、理知的な瞳。それは、己の腕でのし上がってきた人間特有の、凄味を感じさせる男だった。

「コイツのダチだ。悪いが、お袋さんは返してもらうぜ」

 男がすごいプレッシャーをかけてくる中、平然と話しかける小町。俺やお袋が顔を真っ青にして何も言えないのに、何故この少女は大丈夫なのだろうか。

「無理な相談だな。この女は我々が『買った』。あの男から、借金の形にな。我々の所有物だ。知っているか? 他人の所有物を勝手に持っていったら、窃盗なんだぞ?」
「あーあー、俺はバカだから、そんな難しいこと言われてもわかんねぇよ」

 小町は、興味ないとでもいうように、手を振っていた。その様子はいっそすがすがしい。

「ただ、俺のアニキが言ってたんだがな。元々、夫が作った借金を妻が払わなきゃならん道理はねぇんだろ? んなら、テメェの行いは道理に外れるよな」

 そうだったのか? 借金取りからは親父の借金を払うのは俺らの義務、と言われていたが……。違かったのか?

「はっ。どこの誰だか知らんが、余計なことを。確かに、そういう話もある。法律上はな。だが、あの男が確かに我々から金を借りて、返さないのだ。なら当然、我々は利益を回収する権利があるだろう?」
「だから、難しいことはわからねぇって言ってんだろ。アニキがそう言った、ならそういうことなんだろう。アイツは金持ちのボンボンで、誰からも好かれて、友達も多いし、美人の奥さんまでもらって人生順風満帆なムカつく奴だが――」

そこで小町は言葉を区切りった。言葉の端に怒りが込められているのがよくわかる。きっと、自分と比べているのだろう。

「――それでも、嘘はつかねぇし、何より甘ちゃんだからな。俺のためにとか言って、弁護士になっちまうような奴だ。だから、アイツが言ってる方を信じるさ、俺は」

 小町は何の迷いもなく、そう言いきった。

「……やれやれ。実力行使というのはスマートじゃなくて嫌いなんだがな」

 男が懐から銃を取り出す。それは先ほど下でチンピラが取り出した物よりも大きく、素人目にも高い威力を持っているだろうということが分かった。

「見たところそこそこの上玉だし、売れば金になるんだが……バックが面倒くさそうだ。殺して、飼料にでもさせてもらうぞ」

 そんな凶悪な、明らかに人間を殺すためだけに作られたその武器を向けられても、小町のその顔は別に恐怖しているわけでもない。ただ、若干の寂しさが浮かんでいるだけだった。

「本当にやれやれだ。せっかく、話し合いで円満に終われると思ったんだがな。悪いが、あんたの人生は此処までだ。残りの人生、たっぷり悔やむんだな」

 そう言って、小町は例の合口を鞘から抜き放った。
 涼やかな音色を奏でて鞘から躍り出る合口。銀色に輝くその刀身は、まるで月のように美しかった。

「それはこちらの台詞だ。そのドスで何をしようと? ……まぁ、おのれの無力をかみしめるんだな」

 バン!
 男は小町の事を嘲笑した後、ためらいもなくその銃の引き金を引いた。先ほどのチンピラの銃とは異なる、重い射撃音が部屋に響く。俺は咄嗟にお袋を引き倒し、その上に覆いかぶさった。

「悪いな。当たらないんだよ」

 バン! バババン!
 怯えるお袋を必死に庇いながら、上の様子をうかがう。常人なら、すでに何回も死んでいるだろう暴力の嵐。しかし小町はその暴力の嵐の中で平然と立っていた。
 ……しばらくして、その射撃音が止んだ。どうやら、男の弾が切れたらしい。

「……さて」

 その頃には、部屋は無残な状態になっていた。入った時は見事な調度品が置いてあったこの部屋だが、今はそのほとんどが壊されている。それなのに、小町はかすり傷一つ負わずに、その場に立っていた。

「お前は道を外れすぎた」

 コツ。コツ。
 一歩、また一歩とゆっくり男に近づく小町。男は苦々しげにその様子を見ているだけだった。

「……」
「人と人、物と物、人と物の関わり。それこそが、“縁”。良い“縁”も悪い“縁”も、ひっくるめて世の中を形作っている。……これから、テメェの“縁”を切ってやるよ」
 
 ――コツ。

「舐めるな、小娘えぇ!」

 小町が男の目の前に来た瞬間、男はその背後から日本刀を取り出して小町に切りかかった。剣術なんてものはさっぱり分からないが、その鋭い剣筋は、まるで切れない物なんてこの世界に存在しないと思えるほど、鋭かった。

 パキィン!
 しかしその剣は、決して小町に当たらず。床に当たって、乾いた音を立てて折れた。

「何の因果か弁天の、呪い宿りしこの体。先祖の呪いを収めよと、渡されたのはこの『縁切』」

 小町の言葉が部屋に響く。
 それは澄んだ声で、何処か悲しげで――

「誰が呼んだか、ついたあだ名が『縁切弁天』。今宵その“縁”、断ち斬らせてもらいやす」

 ――何より、俺達を優しく包み込む、優しい月の光のような慈しみがあった。


 シュパ!

 小町が合口――『縁切』を男に向かって振るう。それは確かに男に触れたはずなのに、何も切らずに通り過ぎた。……いや、違うか。
 小町は、“縁”を切った。

 ……カチン
 耳が痛くなるほどの静寂の中、小町が合口を鞘にしまう音だけが響く。

「……テメェの良“縁”、確かに断ち切った。もうテメェに幸運は訪れねぇよ。残りの人生、破滅の道を行くんだな」

 そう言って小町は合口をしまい、俺らのもとに歩いてくる。その足取りはゆっくりと、しかし迷いのない歩みだった。

「……一体、何を……」

 男は呆けていた。自分の体を触り、何も傷を負っていない事を確認している。

 プルルルル!プルルルル!
 その時、男の机の上の電話がけたたましく鳴り響いた。ディスプレイに表示された名前を見た男は驚き、小町に注意しながらも、恐る恐るその電話を取る。

「はい、はい、私で……そんな! 待って下さい、その話は……な! わ、私がいなくなったら、この組は!」

 男の顔がみるみる青くなっていく。その首筋に、死神の刃があてられたようだった。

「……行こうぜ」

 小町はそんな男を一瞥すると、俺らに外に出るように促し、そのままさっさと部屋から出ていった。お袋も、その後に続く。
 最後に残った俺は、改めて男を見た。
 その男は必死だった。さっきまでの威厳なんてどこにもない。ただ、細いわらをつかもうと必死にもがく、悲しい男の顔だった。今まで彼が築きあげてきた全ての物が、音を立てて崩れていく。
 俺はその姿に、転落していく者の影を見た。


(六へ続く)
 
 
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