倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

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「ふぅ……」
 私立倉雁高校、二年C組。夕焼けで赤く染まるその教室の中で、俺はただひたすらにパチン、パチンとホッチキスで紙をとじていた。静かな教室の中で、その音だけが響く。
すでにどれだけの紙をとじただろうか。いい加減に手がだるくなってきた俺は、ホッチキスを置いてため息をついた。

「ちょっと平賀 (ひらが )。まだ終わってないんだから、さっさと手を動かしなさいよ!」
「ああ、分かってるよ、全く……田沼 (たぬま )はうるさいな。ってか源六 (げんろく )はまだ帰って来ないのかよ? あいつ、別のクラスに用があるとか言って全然戻って来ないじゃないか」
「……あんたと違って、松平 (まつだいら )は周りから信頼されてるのよ。たぶん、他にも先生から頼まれた用が出来たんでしょ。ほら、そんな事はいいからさっさと手を動かす!」

 そう言って、俺と向かい合わせで座る女子――田沼次美 (たぬまつぐみ )は俺を急かすように睨みつけた。女子だと言うのにこの気迫。まだ肌寒い季節ではないのに、何故か俺の背筋に冷たいものが走る。この感情は……恐怖。
 せっかくの『夕焼けの教室で、女子と向かい合わせに座っている』というシチュエーションだと言うのに、なんで俺は寒い思いをしなければならないんだろうか。
 俺はちらりと、目の前で俺と同じようにホッチキスを動かす田沼を見る。ただホッチキスで紙をまとめているだけだというのに、そいつがやると何故か様になるから不思議だ。
 田沼は、見た目は美人である。クラス委員長にふさわしい、しっかりとまとめられた三つ編みや大きめの眼鏡が少し野暮ったいイメージを出しているが、他の学年では人気があるし、校外からも告白しに来た奴がいるくらいには、人気がある。
 ――が、俺らクラスメイトを含めて、この学年の男子で彼女と付き合おうと考える奴は極々一部だろう。そう。この見た目に反して、コイツはかなり危険な奴なんだ。
 さっき言った、校外から告白しに来た奴。ちょっとアレな奴だったらしく、告白を断った田沼を殴ろうとしたんだが……逆に、立ちあがれなくさせられた。男性的な意味でも。
 それからというもの、男子連中は若干田沼から距離を置いている。近くにいるのは何故か付きまとわれている俺か、もう一人の学級委員長である俺の親友、松平源六 (まつだいらげんろく )くらいなものだろう。
 二人とも委員長としても人としても真面目で、教師からの信頼もある。だからか、やたらと仕事を押しつけられる連中だった。おまけにそれを嬉々として受け取りやがる。
 ……全く、今日だって源六と寄り道して帰ろうと思ってたのに、いきなり学年全体の『修学旅行のしおり』を作ることになるなんて……俺が手伝わなかったらもっと苦労してたんだぞ? 田沼ももっと俺を崇め奉れよ。

「――平賀、何か変なこと考えてる?」

 頭の中で田沼が俺に土下座させていたら、何かを感じ取ったのか田沼が俺を睨んできやがった。ヤベ、顔に出てたか? なにはともあれ、話題をごまかさなければ俺の命が危ない。

「いや、その、な。えーっと、その……ふ、二人きりだなって思ってな!」

 二人きりだから何だと言うのだろう。自分で言ったこととはいえ、意味不明である。なんだ、俺は自殺願望でもあるとでも言うのだろうか。
 てっきりその辺を突っ込まれると思ったのだが……何故か、田沼は顔をほのかに赤くして俯いていた。まるで、突然告白されて驚いている女の子のような態度である。

「え、えっと、その、平賀? 私達、まだ、そ、そういう関係じゃないんだから……その、二人きりだからってどうこうなるわけじゃないわよ、ね?」

 ほのかに潤んだ瞳。上気した頬。困惑し、それでいて何か期待するような顔――。

「スイマセンでした――――っ!!」

 その表情を見た俺は瞬時に土下座へと移っていた。もちろん、床の上である。鏡が無いから分からないが、きっと今の俺の顔は真っ青になっていることだろう。正直、生きた心地がしない。

「えええええっ!? ちょっと平賀、どうしていきなり土下座してるのよ!?」

 田沼が、俺の行動を本気で理解できないとでも言いたげな顔で声を荒げてくる。何と白々しい。もう分かっているくせに、俺にいちいち説明しろと言うのか。
 少し困ったが、ここで選択肢を間違えると俺も男として死にかねない。俺は大人しく、自分の行動を説明することにした。

「だってあれだろう? 『まだ俺達がそういう関係じゃない』ってのは……『いつか、殺す関係になる』ってことなんだろ? その時に二人っきりになったら俺は殺されるんだろ? なら……とにもかくにも謝るしかないじゃないか!」
「あんた、どんな思考回路してんのよ!? 何で、私があんたを殺さなきゃならないの!? むしろそのぎゃく――って、あ!」
「スイマセンスイマセンスイマセン、謝りますので殺さないでください――――っ!」

 田沼が何か言っていた気もするが、俺はただひたすらに地面に頭をこすりつけて謝っていたため聞こえなかった。さっきの表情を忘れてはいけない。アレは――何かを狙っている、狩人の目だった。

「…… (ひとし )、お前は何をやってるんだ……」
「おお!? 源六、戻ったか! これで一安心だ、さあ、さっさと続きをやろうぜ!」

 源六が戻ってくれば、とりあえずは安心だ。この身長が190 cmを超える男は、実家の道場でかなり鍛えているつわもの。もし俺が田沼に殺されそうになっても何秒かは身代りになってくれるだろう。その間に、俺は逃げる。

「……何か不穏な事を考えているみたいだが……まぁいい。それより、先生がもう今日は遅いからさっさと帰れとおっしゃられた。……例の噂に、過敏になっているらしい」

 意気揚々と席に着いた俺に、源六はその巌のような顔をしかめて待ったをかけてきた。そのまま、田沼の方に向き直る。
 例の噂って言うと……ああ、アレの事か。

「『首刈り人形』の噂ね……」

 俺と同じく思い当たる事があったらしい田沼が、ぽつりと呟く。それを耳にした瞬間、源六の体がびくっと震えたのは俺だけの秘密にしておいてやろう。……源六の奴、これだけの図体、鍛え上げた精神を持っていても、何故か怪談の類が苦手だがらな。ま、小学校来の付き合いの俺くらいしか知らないだろうが。

 そう、件の噂とは、一種の怪談。その名の通り、首を狩る人形の話である。


 噂自体は、良くある話だ。最近T都のほうで、中学生〜大学生ぐらいの女性の首なし死体が多く発見されている。だいたい、月に12件ぐらいだ。そこまではよくニュースでもやっているし、犯人はまだ見つかっていないとかでちょっとした怪事件になっているのだが……いつの頃からか、一つの噂がささやかれるようになった。
 曰く、その殺人事件は『首刈り人形』が首を刈り取っているのだ、と。
 噂の出所は、その殺された被害者と親しかった友人という。
 ある日、その被害者となった女性が夜道に一人で歩いているときに、何処からともなく一人の女が現れた。女性はその怪しい女を訝しんで、あまり近づかないようにして通り過ぎようとしたのだが……ふと、気付いてしまう。その女が、じっと自分の方を見ていることに。そして、その瞳が……何も映さない、ただのガラス玉であったことに。
 瞳だけじゃない。よくよく見れば、その髪や皮膚も、何処となく人工的な感じがする。――そう。その女こそが、『首刈り人形』。
 初めて女性がそれに遭遇した時、その人形はこう言った。
 『――つぎは、あなた』。
 驚きのあまり腰を抜かしてしまった女性には手も触れず、その人形は人間ではありえない動きでその場を後にしていった。――そして。その女性は周囲の友人に相談したが信じてもらえず、数日後に無残な姿で発見された。

 それが、『首刈り人形』の噂。


「――それで、つい最近ついに隣町の高校生のところにその『首刈り人形』が現れたって噂よ。先生達が神経質になるのも無理はないわ。噂の真実は置いておいても、確かに事件がこっちの方に近づいて来てるのは事実なんだし」
「(別に、田沼なら人形でも問題なく撃退できると思うんだけどな……)」
「何か言ったかしら? 平賀君?」
「いいえ! 何も言ってません!」

 田沼がとてもイイ笑顔で俺に微笑みかけてくる。何でこいつはこう、バイオレンスなんだろうか。コイツに惚れる男なんて、俺が知る限り一人しか知らない。なあ――源六?
 俺が意味ありげに源六の顔を見ると、『将軍』とも呼ばれるこの偉大な友人は、目を閉じて静かにたたずんでいた。そのあまりにも堂々とした立ち姿には、例え男であっても惚れてしまいそうな雰囲気がある。例えるならそう、『北斗の拳』のラオウみたいな雰囲気か。
……ま、現実は怪談が怖くて必死に聞かないようにしていただけなんだろうけどな。あ、少しだけ足が震えてる。

「とにかく、遅くなると危ないからさっさと帰れってことだろ? んじゃ、もう帰ろうぜ」

 俺は喜び勇んで机の物を片付ける。ホッチキスや書類は、まとめて教卓の上にでも置いておけばいいよな。出来た物はこっち、と。

「……で? 平賀はそんな怖い噂を聞いて、どうするの?」
「俺? もちろんさっさと帰る」

 男が狙われてるとは聞かないが、危険だと言うならさっさと帰るにこしたことは無い。俺は石橋は叩かないと渡れないんだ。

「そ、そう。いや、あのね? 私、一人で帰るの怖いな〜〜、なんて……」
「そいつは大変だな。頑張れ」
「即答!? 断るにしても、もう少し悩んでくれたっていいじゃない! っていうか、男なら断らないでよ!」
「はっはっは。何をおっしゃる。俺がついていったところで何もできないぞ」

 というか、俺が守られること間違いなし。自慢じゃないが俺は喧嘩なんて高校になってからほとんどしてないんだ。そこら辺の奴より弱いとは言わないが、田沼よりは確実に弱いんだぞ? 適材適所、そう言うのは俺の役割じゃない。

「そう言うわけだから、源六。田沼の事家まで送ってやれよ? 俺はもう帰るから」
「……わかった……」

 まだまだ青い顔をした源六は、それでもしっかりと頷いてくる。さすが、校内男子生徒による抱かれたい (おとこ )ナンバーワン。その辺は全く痺れないし憧れないが心強い。
 田沼も罪づくりだよな。これだけいい男に惚れられてるっていうのに、全く気付かないなんて。やれやれ、恋のキューピット役ってのも大変だぜ。
 俺は自分の机の上を綺麗に片づけると、蒼い顔の源六、呆気にとられたような顔した田沼を置いて教室を後にした。
 後はお若い人だけで……ってやつだな。

(二へ続く)
 
 
 
 
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平賀・源六・田沼の三人の関係がなかなか良かったです♪まさにトライアングルですね♪田沼は平賀が好きで、源六は田沼が好きで、平賀は田沼を恐れているという設定がかなり面白かったです(^^)

なんとなく自分の作品である「たった一人の君に」に似ていたので、感情移入してスラスラ読めました(^^)首刈り人形の怪談の謎も気になりますね♪

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2010/10/22(金) 午前 10:53 クール

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クールさん。
まあ、三人の関係性はそんな感じ……です。
まだそちらの「たった一人の君に」は読んでいないのですが、後でお伺いしますね。

2010/10/22(金) 午後 4:02 倉雁 洋

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源六やばい!かっこいい!

2010/11/20(土) 午後 11:32 [ - ]

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赤猫さん。
源六は人の不幸を背負って立つ男です(笑)。

2010/11/21(日) 午前 6:10 倉雁 洋

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このあいだの15000ヒット記念を機に目を通させていただきました。そのうち強い田沼が弱い平賀に助けられたりしそうですね。これから少しずつ続きを読み進めたいと思います。

2011/3/28(月) 午後 7:38 ジャバラ

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ユータさん。
これはこれは。読んでくださってうれしいです。
お暇なときにでもどうぞー。

2011/3/28(月) 午後 10:23 倉雁 洋

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第1話にて、物語に引き込まれました^^;面白いというよりは
面白そうな展開です。ksk4です^^

2011/6/29(水) 午前 11:12 [ ヤマト ]

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おれんじはーとさん、初めまして。ようこそいらっしゃいましたー。
そう言っていただけると嬉しいです。もうだいぶ執筆がご無沙汰ですが、少しモチベーションが上がりますです。
傑作ありがとうございます!

2011/6/29(水) 午後 7:40 倉雁 洋


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